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第六章 積もった金の使い時はいつか
愚痴られまくって微睡んで
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「あぁ~。……疲れた。もう今日は動きたくない。このまま倒れ込んだら三秒で眠れる自信がある」
『ちょっと。女神相手に何その態度。もうちょっとシャキッとしてほらほら! ……まっ! 所々見ていた限りでは良くやったわね。流石ワタシの手駒。いえ。寧ろアナタを選んだワタシが立派よね。流石ワタシよね!』
体感でもう何か月も経ったみたいな濃密な一日を終えた後、俺はすぐに横になりたいという誘惑に必死に抗いながら定期連絡をアンリエッタに入れる。
しかしいきなりこの調子である。なんでこの流れで結局自分がよくやったということになるのかこのお子様女神は。……やっぱ誘惑に負けて寝ても良いかな?
ここはエリゼさんの教会の一室。医療施設の側面もある以上、怪我人や病人が休むスペースもある。最初は皆で都市長さんの館に戻る予定だったのだが、怪我人があまりに多いのでここで一泊することになったのだ。
確かに俺やセプト、エプリにヒース、ここには居ないけどボンボーンさんに事件に巻き込まれた人達と怪我人だらけ。シーメも怪我こそないけど疲労困憊だったし、元気なのは大葉くらいだ。素直に好意に甘えて泊めてもらうことになった。
『いつもなら詳しく状況説明をしてもらうけど、今回はそんな気力もなさそうだし免除してあげるわ。また次回簡潔にまとめておきなさいよね』
「そう言われると今回は割と助かるな。正直しんどい」
アンリエッタがどやぁって顔をしていたので、まあ一応顔を立てて頭を下げておく。
『ふふん! それにしても今回の一件。少しは課題達成に近づいたんじゃない? 成り行きとは言え都市長の息子を助けた訳だし、謝礼もたっぷり貰えるかもよ』
「さあな。助けたって言っても俺一人だったら何も出来なかったと思うし、そこまで大したことにはならないんじゃないか? それに礼と言うならアーメ達三姉妹やエリゼさんこそ受け取るべきだし」
結果的にあんな大事になったけれど、そもそも今回の一件は帰りが遅いヒースを俺が勝手に探しに出て、それに他の皆が付き合ってくれたという感じだしな。
ヒースを探しに行ったのだって、都市長さんに頼まれていたことの延長だと思えばそこまで特別って訳でもない。
既に拠点として館を使わせてもらってるし、セプトを助けるためにエリゼさんを紹介してもらった。おまけに代金まで向こう持ちだしもう先払いでたっぷり貰っている訳で、これ以上請求するのはなんとも。
『まったく。欲がないというか自分のやったことが分かっていないというか。アナタはどう? ワタシの手駒と違って少しは分かっているんじゃない?』
アンリエッタが同意を求めたのは、俺の横に静かに佇んでいたエプリ。そう。ここはエプリとの相部屋だ。本来なら一人一室だったのだが、エプリが護衛として一緒の部屋にすると譲らなかったのだ。
わざわざ別の部屋から毛布を運んでくるのを見て、これを説得するには体力も根気も時間も足りないと即座に諦めた。
そこまで怪我を心配しなくても良いと言ったら、見張っていないとその怪我のままで何かやらかしかねないからと返された。なんか理不尽だ。
「……トキヒサが分かっていないという点については同感ね。私への契約料も、都市長に今回の一件で頼めば普通に払いきれるというのに。律儀にも自分で払うと言って聞かないのだから」
『ほんとそこなのよね。金を儲けるだけならいくらでも効率的な手があるのに、妙な所で頑固なんだから困っちゃうわ。……まあ評価自体はその方が良くなりそうだし、あんまりうるさく言うつもりはないんだけどね』
そんな二人はこちらをチラッと見てから顔を見合わせると、同時に大きくため息を吐く。……おい。そこの二人。俺を見てため息を吐くのは酷いぞ!
それからしばらく何故か俺に対する愚痴が二人の間でヒートアップし、俺は微妙に肩身が狭い思いを味わうことになった。……そして、
『とにかくトキヒサ。ワタシの手駒。アナタはもっと欲張りなさい。その権利があるのにしないのは勿体ないだけよ。……っと、もうそろそろ時間ね。本来ならまだ言い足りないくらいだけど今日はこのくらいにしておいてあげるわ。感謝しなさい!』
「なんでこんなに言われて感謝しなきゃいけないんだよ!? ……ああもう。疲れて喧嘩する気も起きやしない」
『ふふっ! じゃあ次はまた明日の夜……いえ、もうすぐ今日ね。次の定期連絡の時に。それと……お疲れ様。ワタシの手駒。早く怪我を治しなさいな』
それだけ言って、小さな富と契約の女神様が金のツインテを軽く振ったのを最後に通信が途切れる。やっぱあの女神ツンデレだろ。その一言をもっと早く言ってくれれば毎回楽なのにな。
「……ふぅ。今日も遅くまで付き合ってもらって悪かったな。結局俺への愚痴を言い合っただけになった気がするけど」
「そのようね。……と言っても、アナタへの評価に関してはそこそこ共感できるものもあったから、全く実入りのない話という訳でもなかったわ」
「何とも耳が痛い話だよ」
俺は大げさに耳を塞ぐようにしてそのまま床に敷いた毛布に倒れ込む。ベッド? エプリに譲ったに決まっているだろ?
こっちが怪我人だというのなら向こうも怪我人だ。一緒の部屋で寝るならせめてそれくらい譲歩してくれと何とか説得した結果である。……まだ一緒のベッドで寝た方が合理的と言い出さないだけマシだ。
「それにしても、互いに酷い有り様だよな」
俺は寝そべりながらそう話しかける。何せ俺もエプリも身体はあちこち包帯だらけ。魔法だけで無理やり治すのは負担が掛かるので、時間があるなら負担の少ない薬等を併用して少しずつの方が良いというのがエリゼさんの談だ。
実際エプリが言うには間違ってはいないらしい。なので掠り傷程度なら薬を塗って包帯を巻くだけで済ませている。
エプリの方は大きな傷こそないけれど、身体中凶魔化したセプトとの戦いで切り傷だらけ。やっぱり包帯のお世話になっていた。
ちなみに治療の際に素顔を見られるのはマズいのではないかと思ったのだが、そこはソーメが上手くとりなしてくれたようだ。
実は今日のドサクサでエプリの素顔は普通に見られていたらしい。他の姉妹にはバレているけれど、エリゼさんには内緒にしておくとの事。最初の頃に比べて混血だって知っている人が増えてきた気がするな。俺に見られて襲い掛かってきた時が懐かしく感じる。
「そう言えば色々あって言いそびれていたけど……ありがとうな。胸当てのおかげで命拾いしたよ」
「……そう。役に立ったのなら良かったわね」
今日エプリから贈られた革の胸当て。それを着けていなかったら、俺もここまで悠長にしていられなかったかもしれない。よくマンガで胸ポケットに入れていたお守りで弾丸を防ぐという描写があるけど、実際にそれに近いことが起こるとは驚きだ。
エプリはこともなげに返し、それを聞いて自分の事も忘れるなとばかりに、ボジョが袖から自分の触手を出して自己主張する。分かった分かった。忘れてないって! ボジョも助けてくれたんだよな。ありがとうよ。
「……いつも思うけど、トキヒサはもう少し自分の安全を勘定に入れて行動すべきね。今回の件も、アナタが自分から首を突っ込まなければこんな目には合わなくて済んだのに」
「うっ!? ……反省してます。だけど、また同じようなことになったらやっぱり動くと思う」
「……それって反省していると言えるのかしらね」
エプリが呆れ顔で見てくるが、ここまで来るともう性分という奴だ。
今日シーメにも言われたように、俺はちょっと身体が頑丈なだけの一般人だ。そんな俺がこんなことを言えるのも、俺をサポートしてくれている皆が居たからこそだ。その点は決して忘れちゃいけない。
でも、やっぱり俺の知り合いに何かあったりしたらまたこうして動いていると思う。お節介かもしれないし、傍迷惑なだけかもしれないけど、動かなかったことを後悔はしたくない。
そう打ち明けると、エプリは殊更大きくため息を吐いた。最近ため息多いよ。……まあ原因の大半が俺なのだから申し訳ないが。
「……傲慢ね。自分勝手で、夢想家で、ある意味とても欲張りで、目を離すとすぐに問題に巻き込まれるし、護衛としては実にやりにくい雇い主様だわ。……だけど」
エプリはそこで一度言葉を切ると、ほんの僅かに口角を上げて微笑んだ。
「仲間としては……まあそこそこ上々かしらね。少なくとも、自分可愛さにヒトを裏切るような利口な立ち回りは出来ないもの」
「おう!」
こういうのも信頼されている内に入るのかね? まあ悪い気はしないけど。
今日一日色々あったけど、まだ問題は山積みで解決出来ていないことも多々あるけど、それでもこの笑顔で少しは気持ちよく寝られそうだ。
俺はどこか晴れ晴れとした気持ちで毛布に包まり、すぐに微睡みの中に落ちて行った。
「……やはり念のため一緒のベッドで寝た方が良いかしら。その方がより護衛料を請求できそうだし」
「色々台無しになるから止めてっ!?」
すぐに微睡みから引き戻された。頼むから落ち着いて寝かせてっ!?
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