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第三章
閑話 暴走開始
しおりを挟む◇◆◇◆◇◆
「……で? これもアンタの描いたシナリオ通りかい? 運営委員長様」
「さて。何の事だ?」
「とぼけんじゃないよ」
試験も終盤。ちらほらと二つ、あるいは三つ目の課題をクリアしてゴールへと向かい始めるチームが出る中、マーサは悠然と座って状況を見るフェルナンドを問いただしていた。
「課題をクリアしているチームの数が多すぎる。事前に予測された数のざっと三割増しだ」
「ほぉ。良い事ではないか。窮地に立たされた時こそ、邪因子の活性化はより激しくなる。これはデータによって裏付けられた事実だ。偶然それが多く出た。それに何か問題があると?」
「ああ大有りさね。そりゃ極限状態で化ける奴は居る。それが偶々今年は多いって事もあり得るだろうさ。だがね……これを見てもまだそんな事が言えんのかい?」
マーサが取り出して机に広げたのは、試験参加者のリスト。その中で印を付けられた欄をマーサは指し示す。
「印を付けたのはこの試験中、突如として邪因子がめちゃくちゃ急上昇した奴らさ。だがおかしな事に、どいつもこいつもワタシは見覚えがないんだよ。個人面談でさ」
そう。マーサが訝しんだのはそこだった。
一日目の個人面談。マーサが担当していたのは、一定以上の邪因子持ちか探知能力持ちでないと気づけない裏面に回答した者のみ。つまりはマーサが担当したというだけである程度の見込みがある人材という事になる。
しかし、今回邪因子が急上昇した者達の中にそれは誰も居なかった。
「いくら化ける可能性は0じゃないと言っても、それは基本的に元々ある程度の才能がある奴。もしくは才能の引き出し方がギリギリで分かった奴が大半。実際例年化けるのは大抵そういう奴さね」
マーサはそこで煙草を一服すると、ふかした煙を書類にふぅ~と吹きかける。
「だがその印が付いている奴は、前日予測で試験突破率が低いと判断された奴ばかり。率直に言えば能力か性格に難がある奴さ。しかもこいつらは共通して」
「挑戦回数だけが無駄に多い。そう言いたいのだろう?」
フェルナンドの返答に、マーサは静かに頷く。
もう一つの共通点。それは全員が、少なくとも数回以上試験に挑戦しているベテランだという事。
一つ一つなら偶然で片付けられる事柄であっても、ここまで揃うとそれは必然。そしてマーサはこの一件に、どの程度かは不明だが目の前の上司が絡んでいると睨んでいた。
「そうだな。一つ、話をするとしよう」
フェルナンドはそう言って席を立ち、一度マーサに視線を向けるとゆるゆると部屋を出る。あたかも着いて来いと言わんばかりに。
「内緒話ってかい? 良いだろう。ミツバ。数分ほど席を外すよ」
「はいは~い。行ってら~」
マーサは不思議に思いながらも、手をひらひらとさせて画面から目を離さないミツバを置いてフェルナンドを追った。
管理センター。休憩室にて。
「一つ訊ねよう。最近の幹部候補生は質が悪くなったとは思わないかね?」
ゆったりと革張りのソファーに腰かけると、そうフェルナンドは口火を切った。
「質……ねぇ。問題になってる事は間違いないね」
「ああ。幹部候補生の数が少しずつ増えているのに対し、全体の質も幹部への昇進率も低下傾向にある。実際に試験の様子を見てそれが分かった筈だ」
確かにとマーサも内心思う。
筆記テスト、体力テストはまだ良い。学力も邪因子の量も、訓練すれば自然と伸びる。だが問題なのは精神面。今回はそれが特に酷かった。
任務の最中気を抜かないのは当たり前。チェックポイントに向かう最中、何か妨害がある事は予測して当然。なのに幹部候補生の多くが道中の罠に引っかかった。
おまけにそれが罠を見抜けなかったからではなく、罠があるなんて考えもしなかったからという輩が一定数居たのがまた大問題。
実戦なら手痛い被害を受けているというのに、控えめに言って弛んでいる。
罠に引っかかりこそすれすぐに対処したり、多少時間が掛かっても罠を避ける行動をした場合でもそれはそれで評価できた。
だが所詮試験と舐めてかかって文句を言うような奴をどう評価しろというのか。
(ピーター達の班はピーターがきっちり移動しながら確認し、ガーベラが周囲の警戒。ネルは……まああれは油断というより何が来ても突破できるという自信による余裕だったしね)
ピーター達を筆頭に、きちんと対処したチームを思い返して多少なりとも落胆を抑えるマーサ。
「幹部候補生は幹部に準ずる待遇を受ける。食事、娯楽、幹部としての教養を高めるための道具や施設の提供。そして給与もだ。だというのに、それに見合った成果を上げている幹部候補生のなんと少ない事か。加えて」
フェルナンドはほんの少しだけ熱が入ったように弁舌を続ける。
「ここ十数年程。ずっと幹部候補生と一般職員を交互に繰り返して停滞する者が増えているのは気づいているかね?」
「……成程。制度を悪用してるって訳かい」
幹部候補生には期限がある。就任から三年を過ぎると強制的に資格を剥奪されるのだ。
三年もあればある程度は進退の見極めも出来るだろうというものだが、実は資格を剥奪されても特定の条件を満たせば再び幹部候補生に戻れる。その方法が、
「幹部昇進試験二日目。この課題を昇進の合否は別として最後までやり通した者は、一般職員に戻っても申請すれば一年後に再び幹部候補生に戻れる……だったっけ?」
「ああ。たとえどんなに無様な内容だろうと、最後までやり通すだけで良い。結果として、幹部になるためのスキルアップをするでもなく、幹部候補生であり続けるために漫然と試験を受けだす者が増えた。……あくまで最低限見込みがある者が再挑戦するための制度だというのにな」
実に嘆かわしいと、フェルナンドはやや大げさに手で顔を覆う。
「無論制度の方も見直しを進めるべきだろう。しかしこうなった理由の一つに、試験の難易度が最近少々易しすぎるという事も挙げられる」
「……まあ間違っちゃいないね」
そもそも試験の難易度が上がれば、自然と舐めた態度で挑む者は減るだろう。厳しい試験なので幹部候補生で居るためだけに挑む者も減り、数はともかく質は保たれる。
極論ではあるが完全否定も出来ず、マーサも一応の肯定を示す。
「しかし、やけに饒舌だね運営委員長様。いつもならもう少しダンマリなくせして。……それで? さっきやけに邪因子が上がった奴らが今の話で出てきた制度を悪用している奴ってぇのは大体察しがついたけど、結局そいつらはどう」
ドンドンドンっ! ガチャっ!
「失礼しますっ!? 至急お戻りくださいませお二方っ!?」
マーサがさらに問いただそうとした時、急に勢いよく扉が開いて職員の一人が走りこんでくる。息を切らしてやってきたその様子に、マーサは何か緊急事態が起きたとすぐにピンとくる。
「落ち着きな。何があったの?」
「ぼ、暴走です」
なんだとマーサは拍子抜けする。
邪因子の暴走。何らかの理由で自身の邪因子が制御できなくなり理性を失って暴れだす事。試験中は精神および肉体に負荷が掛かるため、毎回一人や二人はそうなる。
「……ふぅ~。特に問題ないさね。誰がなった? 場所は? 近くのチェックポイントの職員に鎮圧に行かせるか、ここから近いならワタシが直で行ったって」
「それが……確認できただけでも十人以上っ!? 今なお増え続けていますっ!?」
「十人以上っ!?」
いくら何でも多すぎる。予想を超えた事態にマーサも一瞬我を忘れ、すぐさまハッとしてフェルナンドを見据える。
「アンタっ!? 一体何をやらかしたっ!?」
「……さてな」
フェルナンドはそこで言葉を切ると、口元だけ不敵に笑って見せた。
◇◆◇◆◇◆
さて。そろそろシリアスタグがアップを始めました。
悪の組織の試験がたかだか崖登りや人形操作や球避けだけで終わりはしませんとも。
気合を入れろ候補生。舐めてかかった奴からあの世行きだぞ。
4
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