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第2話
しおりを挟む某都内の大きな坂の両端にどこまでも続く鉄製の頑丈な塀に囲まれた森がある。
その無骨で頑丈な塀は,危険な野生動物が森から人里へ降りて来ないようにするための防御塀だと言われているが,正確にはその塀の中一帯が世界有数の大財閥である来栖家の所有地で,現当主である来栖貿易の会長,来栖尊仁とその家族が住んでいる本邸が,頑丈な塀と共にある立派な門をくぐってその森の中を15分程車を走らせた先にあった。
大正ロマンを思わせる豪華な造りの来栖邸は国の登録有形文化財に指定されており,年に一度一般公開されている。毎年世界中で活躍する建築家や設計士,それらを目指す金の卵達が多数訪れるのだが,おしゃれなカフェとしても有名なこの別邸は,本邸とは反対側に位置しているので森の中に住居があると知る者は少ない。
その上,本邸は別邸よりも少し高い位置にあり,本邸の周りには樹齢何千年と謳われる枝垂れ桜の他にもたくさんの桜が植えられているので,一見すると春には綺麗な桜が咲き乱れる山にしか見えない。
この樹齢何千年と謳われる薄紅色の見事な桜に因み,本邸は「咲櫻館」と呼ばれている。
「お帰りなさい。可憐さん。仕事の話はうまくいったの?」
「紫苑さん…ただいま帰りました。はい。近々個展を開くことに決定しました。紫苑さんにもご尽力いただいたとか…ありがとうございます」
「そんな堅苦しくならなくても…良いんだよ。むしろ今日一緒に行けなくてごめんね。尽力と言っても…この間は少しアドバイスさせてもらっただけ。これからの準備は僕が同行することになっているからよろしくね。それに…兄さんの遺志とあっては,僕も協力しなくちゃ」
ねーッ?と言って,長い廊下の前方からやって来た紫苑が,可憐を引っ張りながら飛び跳ねるようにして歩いていた奏音を腕に抱いて可憐の方に優艶な笑顔を向ける。
彼は「咲櫻館」の住人の一人,来栖紫苑,26歳。来栖家次期当主の次男で,来栖貿易の芸術部門営業一課の若きエースだ。
来栖貿易の一社員として働いているものの,来栖貿易の跡取りとしての地位は確立されている。眉目秀麗だが来栖家には珍しく腹黒策士タイプの人間である。
来栖家は美麗一族と呼ばれているだけあって,彼も例に漏れず美しい見た目をしている。そのため,この貴公子の見た目に騙されて玉の輿を狙ってはしつこく付き纏う女が後を絶たないが,氷のように冷たい視線と共にすげなく追い払われるのが常であり,冷酷無慈悲と恐れられている。家族と可憐以外の人間には無関心なくらいだ。
…その冷血無慈悲と言われている紫苑が,今目の前で陽だまりのような優しい笑みを浮かべながら奏音に頬擦りをしている人間と同一人物だとは到底思えないだろうが。
「ねぇねぇ!叔父さん!もうお仕事終わったの?」
「うん。奏音のためならと今日こそ仕事などつまらないものはさっさと終わらせてとっとと帰って来たよ」
「違うよ!叔父さん!…ママのためでしょ!」
「ごめんごめん。そうだったね」
冷血無慈悲と言われている紫苑を平然と“叔父”と呼び,ニコニコと屈託のない笑顔を紫苑に向けながら話す奏音はその通り紫苑の甥であり,彼もまた疑いようがなく「咲櫻館」の住人である。
横顔がよく似た二人は笑い合いながら,少し後ろを歩く可憐を見やった。
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