コンプレックス・ストロンガー

蒼良

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出会いは突然に

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 夜の街頭がぽつ、ぽつと水玉模様に真っ黒なアスファルトを映す。水分がしみ込んだアスファルトは黒光りして陽だまりのようなオレンジの光を不気味に映し出す。

 連日雨が続いていたけれど、やっとその雨も止んだ。けれども、私の心は晴れなかった。私の影は水玉模様に入るたびに存在が映し出されて出るたびに存在がなくなる。そんな姿を見て空しくなって、私はその場で立ち止まった。

 最近は仕事漬けで休む暇もなかった。家に帰ったって「お客様」からの連絡が絶えず、私の心に刃を突き刺す。

「沙耶ちゃんってさー、彼氏いないんでしょ?じゃあこの後遊ぼうよー」

 勤務外の遊びのお誘い。田舎だからだろうか。あまり礼儀の良い「お客様」はなかなか来ない。いや、違う。
美奈ちゃんも心葉ちゃんも社長さんから好かれてプレゼントをもらっている。そして、そんなことを考えて、また落ち込む。私が悪いから、私の質がそこまで高くないから付いてきてくれる「お客様」の質も良くないのだと。

 今日だって今から勤務時間である。しかし、彼女の足は勤務先とは違う方向を向いていた。どうしても煌びやかな夜の光を浴びたくなかった。この生活がいつまで続くのか。若さとそれによる美貌からいつ切り離されて、この世界で必要とされなくなるのか、わかったもんじゃない。いち早く、抜け出さなければいけない。こんな道から―。

 その時、私の目の片隅に金色のミニスカートを履いた女が目に留まった。その女は私の真向かいをずんずんと進んでくる。そのたびにミニスカートがひらりと揺れて危険なにおいが漂った。
 私はその女の顔を興味本位でまじまじと見つめた。20代半ばから後半といったところだろうか。ミニスカートなんてと私は思わず笑ってしまいそうになったが、彼女の「雰囲気」を感じてその笑いがさっと引いた。何と言っていいのかわからないけれども、その女からはただならぬものを感じた。女が歩いてきた道はなぜか光って見えた。そのくらい自信に満ち溢れていた。

 女はそんな私には目もくれることもなく、さっと通り過ぎていった。その瞬間、ふわりとお高い香水の匂いが香った。

「あ」

 私は気づけば口をぱっくり開けて間抜けな声を出した。そして、あわてて女の去って言った方向を向いた。なぜか「待ってください」その一言がでかかった。しかし、実際は声なんかでなくて差し出した手は女に向かって空しく伸びただけだった。

 その時、スマートフォンが振動した。

“佐倉”

 その文字を見て、私はさっと青ざめた。出るか、出まいか。さっとホーム画面の時間を見て23時を回ったことをさっと確認した。そしてその男の第一声を思い浮かべて私はスマホの電源ボタンを長押しした。後で怒られる、それぐらいわかっていた。しかし、あの女を見逃したら、いけない気がした。追いかけなかったら、後悔する気がした。私は、意を決して女が去って言った方向をたどった。

 女は確かな足取りで暗い夜道を一人で歩いていた。距離は10メートルほどくらいだろうか。その時、私は女の後を追っているのが、私だけではないことに気が付いた。

「男…?」

 そうつぶやくのを合図にしたかのように二人の男が彼女向かって走り出した。私は、あまりの衝撃にさっと建物の陰に身を潜めて息を呑んだ。

「満越さん、奇遇ですね」

 男はそう言った。腰が低い感じで、にこりと笑っているのが見て取れた。

「また、あんた?」

「頼みます、一生のお願いです」

 男二人は急に女の目の前で土下座したのである。

 私はそんな二人を見てはっとした。大の男が二人も女の前で額を地面につけている。「やばい人かもしれない」、そんな考えが彼女の脳裏を過った。

「いくらお願いされたってやらないもんはやらないのよ。帰んな」

 女はそういうと土下座をする男たちを振り切ってずんずん歩いていく。私はあわてて陰から飛び出した。すると、男はそんな私を嘗め回すように見て言った。

「君も芸能関係か?それともマスコミか?」

 私は驚いて「え?」と言ってしまった。

「彼女には何言っても無駄だよ。ここ一年、僕がどれだけ努力してきたか。まあ、でもここで僕がずっと目をつけてきたからって言って君に諦めろっていうのもなんかかっこ悪いからな。別に同業者でもいいよ」

「何の話ですか?」

「え?」男は首をかしげていった。

「君、スカウト担当とかじゃないの?」

 男はそういうと、私の顔をまじまじと見た。

「違いますよ。ただの通行人です」

「じゃあ、なんで彼女の後、追ってたの?」

「だって、なんか惹かれちゃって」

 私は言ってしまってから、しまったと思った。これでは誤解されかねない。

「違いますよ?恋とか好きとか、そんなんじゃなくて…」

「君…、わかるんだ」

「え?」

 私が罰が悪くなって逸らしていた視線を男に向けると、その目はワクワクしているような目で楽しそうに笑っていた。

「彼女の魅力に。そうだよな、やっぱり一般人の方を惹きつける力を持っているよな。彼女はな、俺が去年目を付けた女性なんだ。有名になる気はないかって、そう話を持ち掛けて。一度はオリジナルドラマの主演も代役で勤めてくれて…そこからうちの社長は彼女にぞっこんで―――」

 熱く熱弁を始める男に私は、若干引いてしまった。あまりにもぺらぺらと人の個人情報を話すからだ。芸能関係で仕事をしている人間にしては警戒心がなさ過ぎた。私は、相槌を打ちながらも好都合だと思い、女の情報に耳を傾けた。。ざっとまとめると、

1,27歳、独身女性
2,昼は雑誌出版社で働いている
3,夜はバーで一杯する
4,ファンが多い
というところであった。

「ちなみに、そのバーっていうのは?」

「ああ、ここからまっすぐ行って突き当りの角を左に曲がったところに、ほんのりと赤い光が漏れているバーだよ。確か、月光っていう名前だったかな」

「ありがとうございます」

 私はそう言うと、歩き出そうとした。

「君、行くつもりなの?だったら、よろしく伝えといてよ。神崎がまたお願いしますって言っていたって」

「私…知り合いじゃないですよ?」

 私のそんなおどおどした態度を見て男は乾いた声で笑った。

「そんなことわかっているよ。だけど、彼女のことだから、後を追いかけてきていた人の顔くらい覚えているんじゃないかな。彼女は記憶力がいいんだよ。だから、君のこともきっと認識しているよ」

 そんな馬鹿な事あるわけない。そう思ったけれど、情報をもらったのに否定するのもなんか違う気がして、私は頭を下げた。


 男の言ったとおりに道を進むと、赤い光の漏れるバーがあった。そこには“ムーンライト”と書かれた看板がかかっていた。閑散とした住宅街の中で、そこは妖艶な光を放っていた。大人な空間な気がして、私はなんとなく躊躇して躊躇っていると、後ろから声がした。

「あんた、何しに来たの」

 先ほど聞いた声に私は思わずのけ反った。そこには、たばこをくわえた金色スカートの女がいた。

「いや…、あの。別にストーカーとかじゃなくて」

「客?だったら躊躇わずに入れば?」

「あ、はい…」

 私は何も言う言葉が見つからず、ムーンライトの扉を開けた。そして中を見て思わず絶句した。ずらりと壁一面に並べられた酒瓶に中心のミラーボール。レトロとセクシーがマーブル状になった空間に思わず退いてしまった。

「あれ、満越、また客連れてきてくれたの?」

バーカウンターの中にいる一人の男がワイングラスを拭きながらそう言った。その頭は色素の薄い色であるようで店の照明の赤に染まっていた。

「別に。ただのストーカー」

「ち…違います」

「どっちでもいいけど、とりあえず座んな」

 男はカウンター席を指した。私は言われるまま、恐る恐るカウンター席に座った。

「君、未成年じゃねぇよな?一応、ここバーなんだけど」

「違いますよ。今年で23です」

 私は唇を尖らせた。よく童顔だとは言われてきたが、未成年と間違われるのは心外であった。

「あんたさ、その顔やめときなよ。男に媚び売っていると思われるわよ」

 女は私の顔を指さしてそう言った。その爪は長く、ライトで赤色に染まって凶器のようであった。

「満越、そんな意地の悪いこと客に言うのやめとけよ」

 男は不服そうにそう言った。

「しょうがないですよ。男に媚び売って生きてきているので」

 私は不敵に微笑むと、訴えかけるように女の瞳を真剣に見つめた。

「それが職業だし、そうやって金を稼いで生きているんです。だから、癖なんです。でも、そこを初対面のあなたに指摘されるいわれはないですよね」

「ふん」女はそんな私の言葉に対して鼻で笑った。

「そんなに自分の職業に誇り持っているんだったら、哀れそうな顔で私の後ついてくるのやめてくれる?どうせ、仕事の悩みとかでどんよりしていたくせに」

 私はその言葉に思わず身構えてしまった。

「エスパーですか?エスパーだとしても人権はあるんです。勝手に人の心盗み見るとか、犯罪です」

「馬鹿じゃないの。そんな超能力信じているとか。違うわよ。あそこの道はね、よく死にそうな顔した人が彷徨う道じゃない。仕事終わりのサラリーマンとか、週末で合コンして上手くいかなくてわめいている人とか。そういう変な奴によく絡まれるからわかっているのよ。だから、あんたが付いてきているっていうのもわかっていたし、あんたもその一種なんだってすぐに気が付いたわよ」

 女は肩をすくめると、ポケットからライターをとりだした。

「満越、また吸うのか?」

 男は難色を示して、たばこを吸うのをけん制するかのように首を振った。

「あと一本吸ったら、部屋に戻るわよ」

 女はそう言うと、また店外へと出ていった。それと同時にバラード風な昭和の歌だけが店内に響き渡った。

「あの…」

 私は耐え切れずに言葉を発した。

「何、オーダー決まった?」

「あ、…じゃあ、マリブ使ったお酒でおすすめのやつで」

「はいよ」

 男はそういうと壁からマリブを手に取った。

「あの、満越さんってどういう人ですか?」

 私がそう聞くと、男は手を止めた。

「どういう人?君は何が知りたいの?」

「いや…なんというか、超人だってことを神崎さんって方から聞いたんです」

「神崎…、ああプロダクションの人か」

「だから、不思議になっちゃって。そんなに超人で人から欲されているのに、満越さんはなんでその期待に応えようとしなんだろうって」

 男はその言葉を聞いてあきれたように言った。

「君はさ、全ての人間は何のために生きていると思っているの?人の期待っていうのはさ、無責任なもので、すべてに応えるなんてそんなこと無理なんだよ。特にあいつに関しては抱え込みすぎて、そんなことしている余裕なんてないんだよ」

「余裕ないって…」

「君もさ、満越の後を追ってきたんだったらわかるんじゃないの?君みたいな人を彼女は引き寄せちゃうんだ。だから、彼女は毎日ここに来るまで気を抜けない。それだけじゃないよ。君みたいなか弱い女ならまだいい。その他にもやくざみたいな男とかいかにも金で物言わせていそうな男とか。常に危険と隣り合わせなんだよ」

 男は物わかりの悪い私をうんざりしたような目で言った。

「俺は、何度それに嫌な思いをしたと思っているんだよ。店で乱闘だって起こりそうになったんだからな」

 カランカラン

 扉についていたベルが軽やかになった。

「そういうあんただって、不良だったくせに。で、その乱闘はあんた一人で止めたくせに」

 扉にもたれかかった女はそう言って、鼻で笑った。私は驚いて男を見た。

「満越、吸い終わったんだったら二階に戻って寝ろよ。またそんなとこにいると変な奴が寄って来るだろ」

「失礼ね。私がいつ変な奴を連れてきたっていうのよ。どれもこれもいい常連になっているでしょうが。あんた、この男の言っていること鵜呑みにするんじゃないわよ。最初は変な奴でも、一緒に話して絡むようになれば誰だっていい奴なんだから」

 女はそう言いながらバーカウンターまで来て、カウンターの上に腰を掛けた。

「あの…」

 私はおずおずと手を上げた。

「何?」

「マスターは何者ですか?怖い人ですか」

 そんな私の質問に、女は大爆笑した。はっはは、というこの場に似合わない豪快な笑い声だった。

「別に怖くなんてないわよ。あと、マスターじゃなくて、臨時で店を任されているだけの男」

「今はマスターなんだから、否定しなくていいだろ。紺野が帰ってきたら、マスターの称号返上すんだし」

「はいはい」

 女はにこりと笑った。その笑顔に、私は思わず息を呑んだ。普段はむすっとした整った顔がくしゃっとゆがんで、そしてそこに花が咲いた。一瞬で、私は彼女の笑みに心を奪われた。

 そんな私を見て、マスターは困ったような顔をして「大丈夫か」と言いながら、私の目の前にグラスを置いた。それは優しい黄色だった。私はそのグラスを両手でつかみ、頷いた。

「で、あんた名前は?」

 女は改まったように私に向き直ってそう聞いた。

「あ、彩夏です」

「なんで、私のあと付いてきたのよ?」

 満越は、気難しそうに腕を組んだ。

「いや、私、夜の営業をしていて、それで―――」

 そこまで言いかかったところで、満越は手で言葉を遮った。その手は少し震えているようだった。私は驚いて満越の方をまじまじと見た。

「あんたさ、自分なんてって思っているでしょ」

 満越の言葉は静かだった。昭和な曲が相まってずどんと私の胸の中にその言葉が深く埋まっていった。

「あんたが、どんな仕事で金を稼いでいるのかなんて、私は興味ないけど。それでも、あんたがその仕事に対して誇りも楽しみも持っていないんだったら、今すぐやめな」

 私はその言葉にふつふつと自分の奥底から何かが沸き上がって来るのを感じた。それは今までに感じたことのない感情だった。苛立ちとも感動とも困惑とも違う感情。
 そんな自分に困惑しつつも、私は満越から目を離せなかった。美しい横顔が、絵に描いたような横顔がなぜか泣いているような気がした。

「でも―――」

 私の口から出たのは、その満越に反論することを示す言葉だった。しかし、私は全てを言うことができなかった。その言葉は、あまりにも今の状況にふさわしくなかった。「私にはこの職業でしかお金を稼ぐことができない」だなんて、今の満越に対しては言うことができなかった。

「でも、ね」

 満越はおもむろにそうつぶやいて、ゆっくりと私の方を向いた。店の中がしんと静まり返ったように空気が張り詰めた。

「大体の人は、こういう。私にはこの仕事しかないし、それがなくなったら生きていけないってね」

 私はまた心の内を読んだ満越に対して驚きが隠せなかった。

「でもね、変わりたいと思うならそうするしかないでしょ」

 「変わりたい」そんな言葉が重く私の心に突き刺さった。いつだって「変わりたい」と思っていた。媚びを売る自分にうんざりして、男に媚びを売って生きている自分が嫌で、いつだってこの世界から抜け出したかった。でも、そんな思いはあまりにも厳しい“現実”に向き直る勇気がなかったから、いつだって打ち消してきた。

「あとは、あんた次第だから、私は何もいわないけど。あんたが、変わりたいっていうなら私はあんたに協力するわよ」

 私はその言葉に噛みついた。

「協力ってなんですか?人はいつだって良心でそう言いますけど、実際は満越さんも人のことなんてどうだっていいんじゃないんですか?」

「当たり前でしょ、そんなこと」

 満越は悪びれる様子もなくそう言い放った。

「私の人生にあんたは一ミリだって関わっていないし、この先だって、私にとったらあんたはただのわき役だもの。だから、あんたが本気で変わりたいっていうなら、あんたが行動するしかないのよ。でもね、そのアクションを起こさせるための場所を提供するぐらいなら、私にだってできるのよ」

 私は意味がわからなくて首を傾げた。

「場所って?」

「あんたが、もし今の仕事をやめてやりたいことをしたいっていうなら、その職を探す間、この場所を貸してあげるわよ」

「へ?」

「お金がなくなったら何もできない、だからあんたは仕事をやめたくてもやめれなかったんでしょ?だからここに住んで、ここで働いて金稼げばいいでしょ?」

 私はぽかんとして満越を見つめた。そしてまた首を真横に倒した。

「ここって、マスターが全権握っているんじゃないんですか…?マスターはそれでいいんですか?」

 マスターはその言葉に苦笑した。

「俺は、ここ任されてはいるけど、満越に何言ったって無駄だから。それに、俺よりも彼女の方が権力が強いんだよ」

 彼女は、その時悟った。この男は、満越に骨抜きにされているんだと。そして、その答えを見つけた瞬間、私はおかしすぎて、ぷっと噴出した。

「なんだよ…?」

「いや…、なんでもないです。じゃあ……、満越さん、今日からお願いします」

 私は、思い切って頭を下げた。

 どしん

 鈍い音が響いて、頭がジーンとした。

「いった…」

「馬鹿じゃないの。カクテル一杯でもう酔っているわけ?」

 頭を打った私を見て、満越はそう言った。その言葉とは裏腹に満越の口角は上がっていて、私はほっとして笑った。

「まあ、いいわ。そうと決まったら、吟弥、彩夏の寝床準備してあげて。店の片づけは私がしとくから。あと、シフトの調整もね」

 満越が指示を出すと、吟弥と呼ばれたマスターは「ほい」と返事をして、バーカウンターを過ぎた奥にある暖簾の先に消えて行った。満越はそんなマスターを見送った後、てきぱきと動き出した。その動きは慣れたものであった。

「満越さん、長いんですか?ここで働いて」

「別に…、そんなに長くはないけど」

 何故か言葉を濁した満越は一瞬不安げな表情を見せた。その表情は切なくて胸がきゅっとする音がした気がした。

「あ、あのなんか私、聞いちゃいけないこと聞いちゃいましたか?」

 恐る恐るそう聞いた途端、満越ははっとしたように私を振り返って、はじめと同じように冷たく鼻で笑った。それは、何かの感情を必死に隠す、そんな意図があるように私には見て取れた。

「明日から、あんたはここで働くんだから今までの職場とはきっちり決別しなさいよ。もし、そんなこと言えませんとか弱音吐いたら尻ぶっ叩くからね」

 そんな吐き言葉を吐いた満越だったが、その横顔は優しかった。私はそんな吐き言葉がなぜかうれしくて何度もぶんぶんと首を縦に振った。

「満越さん。私にクローズ手伝えることありますか?」

満越はそんな私の言葉に少し驚きつつもふっと抜けるように笑った。

「じゃあ、外に立っている看板、クローズに変えてきてもらってもいい?」

「はい!」

 私は元気よく返事をすると外に飛び出した。外は、夜にしては明るかった。私は、思わず空を仰いだ。そこには満月があった。その光が私にめがけて一本の光の道筋を示しているようであった。

 私は、看板に手をかけた。そこには“ムーンライト”の文字が英語で刻まれていた。私はその文字を思わず指でなぞった。それは丸みを帯びた文字で、温かみのある輪郭をしていた。

 今日からが、新しい始まりだ。私は気を引き締める思いで、パンと自分の胸を一回叩いた。そして、私は新しく始まる生活に期待を膨らませながら、そっと看板をひっくり返した。

そして、やる気を示すかのように空に向かって思いっきり親指を立てて拳を突きつけた―――。


 



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