役立たずの雑用係は、用済みの実験体に恋をする。――神域結界の余り者

白夢

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#2 部屋の中

13 突然の訪問と置手紙

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「クソがあああああああああ!」
「ちょっと、メンタルに来てますよ先輩。物を投げないで」
「なんだこの仕事量は! 頑張ればできそうなのが腹立つ!」
「じゃあ頑張りましょうよ先輩」
「クソがあああああああああ!」

 泣き叫びながら俺はガンガンと壁に頭を打ち付ける。
 外はもう暗い。もう終業時間だ。帰らなければならない。
 監視さえなければ残業し放題で納期もしっかり守れるのに、どうして帰らなければならないのだろうか。

「大丈夫ですか? 流血してますよ」
「ダイジョウブダイジョウブぼくはげんきだよ……ほら、俺の部屋にこのクソメンタルを持ち帰るわけにはいかないだろ?」

 ひとしきり流血を済ませると俺はさっさと適当に傷口を消毒し、止血剤を塗って血を止めた。
 頭は傷口が目立たない。前頭葉はよっぽど傷ついても問題ない。

「だから発散してんだよ」

 オーケー、いつもの美青年が鏡の前で微笑んでいる。

「帰るか、時間外勤務は罰金食らうしな」
「残業とは無縁ですねぇ」
「むしろ窮屈だよ……なんで俺だけこんなことに……」
「以前の五徹のせいでしょう」
「集中しちゃうんだよ。仕方ないだろ」

 手早く周囲の仕事道具をかき集め、バッグに入れて撤収する。


 小走りで俺は部屋に戻ると、いつもと違って部屋の明かりがついていた。

「ただいま、ブライド」
「……」

 ブライドはいつものようにベッドの上にいたが、俺の方を少し見た。

「……お子様が訪ねていらしましたよ」
「え? お子様?」
「はい」

 隠し子ですか、とまた蔑むように言われてしまった。
 しかし俺には子供はいない。……はずだ。

「俺には子供はいないんだけど……俺の子だって名乗ったのか?」
「親子だと仰られて」
「親子? 名前は名乗ってたか?」
「ルシフェルと名乗られました。お上品な方でしたよ」

 十中八九ルシファーだろうけど、なんでルシーが家に?
 俺、なんかしたっけ……そういえば違法物あったわ。ルシファーでよかった。

「ああ、えっと……俺の育ての親だよ」
「……さすがに無理があると思いますよ」
「違うって、本当なんだって! すごく糸が長いから、すっごく若く見えるけども!」
「糸って、命と繋がっている、というものですか」
「そうそう、それだよ。だからつまり、俺の方が糸が短いから年上に見えるの!」

 俺は無理があると思いながら無実を主張したが、ブライドは意外にもあっさりと「確かに不相応なほど落ち着いた方でした」と言った。

「それで、ルシファ……ルシフェルは何か言ってたか?」

 ルシファーだからルシフェルというのは偽名にしてはあまりにも安易だが、ルシファーが絶対的に崇められているこの国では割とルシファーっぽい名前はありがちだ。
 ルシファーという名前をそのまま付けることは禁じられているが、ルシフェルとかルーシェルとか、糸が長い子供は特にそう名付けられる傾向がある。

「……特には」
「そう? 何しに来たんだろうな……」
「お手紙を預かりました。渡しておきます」
「え、ああ……ありがとな。あ、そうだ。今日は遅くなってごめん、今から食事作るからちょっと待っててくれ」

 俺は封筒に入った手紙を受け取って、空腹だったであろうブライドのために先に食事を作ることにした。
 しかしブライドはそんな俺を止める。

「冷蔵庫の中にあります」
「え?」

 確かに完成した夕食のおかずが数品、冷蔵庫の中に入っていた。

 ルシーが作ったのか?
 料理できたんだな……見た目は子供だからちょっと包丁とか持ってほしくないんだけど。

 俺はそれらのおかずを盛り直し、ブライドの分を取り分けた。
 ブライドはいつものようにベッドの上に座っているので、彼女の分をサイドテーブルに分けて渡すと、彼女はそれを少しだけ見て、ゆっくりと食べ始めてくれた。
 いつも俺が見ていると、食べてくれないのに。

 俺は少し面食らって思わずまじまじと見つめてしまいそうになり、慌てて目を逸らす。
 やはり小さな男の子が一生懸命作ったものは残しづらいのか?

「……いただきます」

 なるべく気にしないようにしながら、俺は食事を始めた。

 相当空腹だったのか、彼女は一心不乱に食べ続けている。
 遅くに帰って、悪いことをしてしまった。

 食べるものあるんだから先に食べていてくれてもよかったのに……
 もしかして、待っててくれたんだろうか?

 横目で彼女の方を見ると、彼女もこちらを見つめていて丁度目が合った。

「……どうかしましたか?」

 とっさに逸らせばいいのに俺は思わず固まってしまい、彼女が小さな溜息ともにそう尋ねるまで、俺は何もできずに呆然としていた。

「あ、いや、その……あー、足りたかなと思って?」

 俺は顔を自分の食事の方に戻して、彼女にそう尋ねる。

「十分ですよ」
「そ、そっか……」

 会話が途切れ、俺は無言のまま、努めていつもと同じように食事を摂る。
 そして俺が食べ終わるか否かというときになって、彼女は小さく息を吸って俺に言った。

「貴方は孤児だったんですね」

 淡々とした口調で、憐れんでいる風ではなかった。
 俺も平静のまま頷く。それについては、別に気にしていない。
 もっと触れられたくないことが山ほどある。

「ん? ああ……そうだよ。一応な」
「だから、同じように両親のいない私に同情するんですか?」
「同情……とは違うけど。まあ確かに、親近感は覚えるかな」

 少なくとも人から生まれた俺と人工的に生み出された彼女は違うのかもしれないが、少なくとも俺も彼女も「両親の顔を知らない」という意味では同じだ。
 親近感とも違うのかもしれないが、俺は上手く言葉を探せなくてそう呟いた。

「ルシーが言ってたのか?」
「ええ」

 ルシーがどういう脈絡でそれを話し、何か意図があってそれを明かしたのかは知らないが、結果として少しばかり彼女は俺に同情しているようだった。

「なんて言ってた?」
「親の愛を知らない子だから、不器用なところがあると。悪い奴じゃないとも仰っておられました」
「俺は別に、親の愛を知らないわけじゃないけどな」

 ルシーらしい、好意的な解釈だと思った。
 少しだけ不器用だけど、本当は心優しい。
 ルシーは俺をそう思ってくれているのだろう。

「それなら、愛情とは何ですか? 与えられたなら、知っているのではありませんか」
「難しいこと聞くな、お前……そういうのは俺じゃなくてルシーに聞いたらいいと思うぜ。連絡先とか交換しなかったの?」
「……何で連絡しろと仰るんですか?」
「あ、あぁ……それもそっか」

 俺は食器を回収し、それらを洗っていく。
 カチャカチャと触れ合う食器の音がする。

 彼女は俯いていた。
 俺は食器を拭いて棚に片付け、ルシーからの手紙を広げた。


[ブロウ、元気かな?
 調子が悪いという話を聞いて、心配だよ。
 最近は、とても忙しそうにしているんだね。
 なかなか会えなくて、私はとても寂しいと思っている。もちろん、君の活躍は嬉しいよ。
 暇ができたら、また会いにおいで。君の大好きなクッキーを、紅茶と一緒に用意して待っているよ。
 君の愛するお嬢さんはとてもいい子だね。今度こそ、上手くいくように祈っているよ。]


 レビィのことは一言も書いていない。間違いなく俺より心配しているだろうに。
 ルシーらしいと思った、ルシーは俺のことを本当に愛してくれているのだ、こんな俺を。

「元気かどうかって書いてあったよ。俺の調子が悪いと思ってるらしい」

 聞かれてもいない手紙の内容を伝えて、俺はそれを折りたたんで封筒に戻した。

「俺は元気なのにな?」

 それは実際、嘘ではなかった。
 ここしばらくの間、ずっとこうしてソファで眠っているせいでもうこの寝床にも慣れてきて、そして彼女に怪しまれないためにも極めて健全な生活を送っている。
 お薬は相変わらず飲んでいるのだが、下手に大量に飲んで何かを殴りつけたりしたら大問題なので、ちゃんと用法・容量を守って使用している。

「じゃ、おやすみブライド。明かり消すけど大丈夫か?」
「……」

 問いかけに返事はない。
 いつものことだし、まあいいんだけど。
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