31 / 51
#3 中央教会
30 宝物、憂う
しおりを挟む「……ブロウはちゃんと回復できたのかな?」
「はい、お医者様も大丈夫だと」
「そうか、それならいいんだ。ブライドくん、ブロウを頼むよ。あの子までも失ってしまったら、私は間違いなくおかしくなってしまう……」
「もちろんです、それは、もちろん」
私はそう答える。
するとルシファー様の表情に少しばかり光が射したように見えた。
「君はレビィと……研究所の所長と、面識があったのかな」
「いえ、直接お会いしたことはございませんでした。でも、お顔とお名前は存じ上げております」
「そうか、綺麗な子だろう?」
「えっと……」
私は、記憶の中に入っている所長様のお顔を思い浮かべた。
特徴的なエメラルドグリーンの髪と、蛇のような瞳が特徴的だった。
確かに綺麗な方だった、と思う。
どうやら、ブロウで慣れてしまっているらしい。
「はい、お綺麗な方だったと記憶しております」
「あの子は私の弟なんだよ。生まれた時からずっと、私達で面倒を見てきたんだ。宝石みたいに綺麗な子で、それなのに女の子には興味も示さないで、いつも私の後を追ってきた。まるで鳥の雛みたいに」
ふふっ、とルシファー様は懐かしそうに呟く。
「私はいつまでも、いつまでもあの子と一緒に居たいと願っていたんだ。私が願ったのはただそれだけだった、あの子に望んだのはそれだけだった。それなのに……」
彼は悲しそうだった。
紅茶のカップに口をつけて、そのままテーブルに戻す。
「レビィ、私は……私はあの子の母親と約束したんだ。あの子を守るって、幸せにするって。それなのに、それなのに私は、私は……」
ルシファー様は、傍目には完全に子供にしか見えない。
「いけないね、もう前を向かなければならないのに……すまない、でも理解してくれ。あの子は赤ん坊のころからずっと面倒を見てきた子なんだ。レビィのことはブロウから聞いたかな?」
「いえ、彼はそれほどお話になられません」
私は答えて、するとルシファー様は顔を上げて儚げに微笑んだ。
藍色の髪が小さく顔にかかって、汗なのか涙なのか雫なのか、しっとりと濡れていた。
「レビィはブロウのことをいたく可愛がっていてね、しかし少し、極端なところがある子だったから……ブロウは怖がっていた。いい子なんだけれど。ブロウは自分を責めたりしていないか?」
「……そうかもしれません、でも近頃はお元気ですよ」
「そうかい、それならいいんだ」
ルシファー様はよほど彼のことを心配しているのか、何度も私に「ブロウは元気か」と尋ねた。
私はその度に、そうですと繰り返す。
ただそれだけなのだけど、ルシファー様は「ありがとう」と私に言う。
「何度もごめんね、ブライドくん。話を聞いてくれてありがとう。周囲にはあまり言えないからね、君に話を聞いてもらえて嬉しかったよ」
「そう、なんですか? 私は、ルシファー様は腹心の方に囲まれていらっしゃるのかとばかり……」
「そうだね。私の周りには、いつも私を慕う者がいる。彼らは私を励ましてくれるよ、『元気を出して』『しっかりしてくれ』って……弟を失った兄にかける言葉がそれかと、笑ってしまったよ。彼らは私に悲しむことすら許してくれないんだ。私は人々の理想で居続けなくてはならない。彼らはそれを望んでいる、私の気も知らないで、いつもいつも、身勝手なことばかり。いつもそうだ、他人はいつも……」
苦笑いして、ルシファー様は一口紅茶を飲んだ。「感謝せねば……それが私の仕事なのだから」そう言って彼は悲しそうに言う。
外見の幼さのせいで余計に悲壮だった。
「ごめんなさい、ご気分を害されましたか?」
「気にしないでくれ。鬱憤が溜まっているんだ、それだけだよ。君個人に怒っているわけじゃないし……ごめんねブライドくん」
ルシファー様はそう言って微笑んだ。
「子供らしくない」と私は当然のことを思った。
「私ばかり話してしまったね。君の話も聞きたいな。いつも何をして過ごしているんだい?」
「いつもは……読書です。小説を読みます」
「小説か、何の小説を読むんだ?」
「恋愛小説です」
「恋愛小説か。女の子らしいな」
微笑ましい、とルシファー様はそう言って微笑む。
「ブロウも好きだったんだぞ、恋愛小説が」
「彼もですか?」
「ああ、あの子はロマンチックなところがあるからな。王子様に憧れていた」
「お綺麗な方ですからね、似合いそうですね」
「私のもう一人の弟がジャックと言うんだが、いつも白い馬に乗っていたものだから白馬の王子様と勘違いしていた。ブロウはドレスを着るのが好きな子で」
「えっ、姫側なんですか」
「可愛い子だろう?」
「え、ええ……」
まあ確かに、お姫様でも彼は綺麗だ。恐らく少年時代はそこら辺の女の子より余程可愛い顔をしていただろう。
というか、ルシファー様の弟様なら、白馬の王子様に匹敵する地位と財力を手にしているから、一概に彼の完全な勘違いとも言い切れない。
というかそもそも、彼自身だって十分過ぎるほど白馬の王子様だ。
あとは馬に乗るだけで完成する。
すぐに落馬しそうだけど。
「だから君のような可愛らしい女の子と仲良くなるのが上手だろう?」
私は彼の色々なことを思い返す。
確かに女心は分かっているのかもしれない。
ただ彼は私の目から見ても絶望的に他者との距離の詰め方が変だし、何しろ彼にはクロさんがいる。
だから急に虚空に振り返ることがあるのだ。
慣れている私でもたまに怖い。
「あ、ええ、はい……彼はとても優しい方です」
「ふふ、そうだな。あの子は優しい子だ。変わった子だけど」
ルシファー様はそう言って微笑む。
こてんと首を傾げると風もないのに藍色の髪が揺れて、ひたりと軽く垂れた。
「あの子は良くも悪くも一途な子だからね、恐らく本気で君が可愛いんだろう……本気で恋をするあの子は、他人に全く興味を示さない」
「そうなんですか?」
「その通りだ。異性どころか同性にすら興味を示さなくてな、悪い子に当たると悲惨なことになるんだ……」
ルシファー様は遠い目をした。
あの性格が暴走したらただの悲惨で済むとは思えない。きっと相当ご苦労なさったのだろう。
そもそも私とて、決して「良い子」ではなかっただろうし。
「ブライドくんはとても良い子だよ。こうして私にも優しく接してくれる」
「えっ、あ……そうでしょうか?」
「うむ。君はとても良い子だよ」
ルシファー様は優しく笑って、正面から私を見つめた。
幼い子供のような、円らな瞳が輝いていた。
「あの子もようやく良い子を見つけてくれたと、私はとても安堵したんだよ」
ルシファー様はそう言って笑った。
「私は彼に釣り合いませんよ。彼は綺麗な方ですし、それこそ、王家の方とだって……」
「王族の少女とは、あの子は馬が合わないようでね。それに彼女らと一緒になれば、否が応でも政治的に利用されてしまう。私はあの子を道具にしたくない」
「そう……なんですか」
彼の精神状態はさておき、あんなに顔が綺麗で、家柄もあり、しかも料理も上手なんだから引く手数多だと思ったのだけれど。
精神状態の問題はそれほど大きいだろうか。
「最初はいいんだけどね、最初だけなんだよ」
ルシファー様はとても慈悲深い笑顔でそう仰るので、私は思わずそうなんですよねと肯定しそうになってしまった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない
彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。
酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。
「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」
そんなことを、言い出した。
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
手を伸ばした先にいるのは誰ですか~愛しくて切なくて…憎らしいほど愛してる~【完結】
まぁ
恋愛
ワイン、ホテルの企画業務など大人の仕事、そして大人に切り離せない恋愛と…
「Ninagawa Queen's Hotel」
若きホテル王 蜷川朱鷺
妹 蜷川美鳥
人気美容家 佐井友理奈
「オークワイナリー」
国内ワイナリー最大手創業者一族 柏木龍之介
血縁関係のない兄妹と、その周辺の何角関係…?
華やかな人々が繰り広げる、フィクションです。
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
《完結》追放令嬢は氷の将軍に嫁ぐ ―25年の呪いを掘り当てた私―
月輝晃
恋愛
25年前、王国の空を覆った“黒い光”。
その日を境に、豊かな鉱脈は枯れ、
人々は「25年ごとに国が凍る」という不吉な伝承を語り継ぐようになった。
そして、今――再びその年が巡ってきた。
王太子の陰謀により、「呪われた鉱石を研究した罪」で断罪された公爵令嬢リゼル。
彼女は追放され、氷原にある北の砦へと送られる。
そこで出会ったのは、感情を失った“氷の将軍”セドリック。
無愛想な将軍、凍てつく土地、崩れゆく国。
けれど、リゼルの手で再び輝きを取り戻した一つの鉱石が、
25年続いた絶望の輪を、少しずつ断ち切っていく。
それは――愛と希望をも掘り当てる、運命の物語。
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる