役立たずの雑用係は、用済みの実験体に恋をする。――神域結界の余り者

白夢

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#4 湖

37 正体、ありきたり

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 私には、クロさんの正体がなんとなく分かりかけていた。

 彼女は彼の幻覚だ。
 彼自身の幻覚であり、妄想だ。

 でも彼女は、存在しないわけではない。
 彼女は実在する。いつも彼の近くにあり、その糸と共に、魂に寄り添っている。

 彼女は彼の幻覚だ。
 そして他でもない彼自身の、幻だ。

「全く、お姫様は私めのことが相当お気に召さないらしいですねぇ」

 六月の終わり、所長様の命日を過ぎたころ。

 私がふと夜中に目を覚ますと、彼女は天井に立っていた。まるで蝙蝠みたいに逆さ吊りになっている。

 そんな彼女は呟くように言いながら天井を蹴って浮き上がり、床に両足を着けた。

「そんなに私が嫌いですか?」

 彼女はいつものように、笑みを浮かべてそう言った。

「そういうわけではありません。何かご都合が悪いことでもありましたか?」
「ご都合、都合ですか。幻覚に都合などあるはずがないじゃありませんか」

 彼女はまた、飄々とそう言ってにやりと笑った。
 不敵な笑みだったのに、どこか空虚に見えた。

「お姫様は、私めの正体を見抜いていらっしゃるんでしょう?」
「正体?」
「おお、こわいこわい。そうでしょう、そうやって私に銀の弾丸を突きつけているのではありませんか? おっと、これは大きなヒントになってしまいましたかねえ?」

「弾丸を突きつけているつもりはありません。ただ私が、貴女に尋ねたいことがあるのは事実ですよ」
「それはそれは、どうかお手柔らかに」

 彼女はおどけて見せて、からからと笑った。
 銀だろうが鉛だろうが、彼女が銃弾など恐れる道理はないというのに。

「貴女しかいないんですか?」

 私は簡潔に尋ねた。
 彼女は首を横に振って、「分かりませんねぇ」と嘯いた。

「私めにとっては、私しかおりませんとも、ええ。そうでしょう?」
「何故貴女しかいないんですか?」
「先輩がそういう人だからですよ、お姫様。先輩はそういう人です。誰よりもお姫様は分かっておいででしょう? 先輩は私にしか存在を許さなかったのですよ、実に彼らしいとは思いませんか? 正直で、誠実で、真面目で、どこまでも愚かしく謙虚でしょう」

 彼女はそう言ってまた笑った。
 私は笑うことができなかった。

「お姫様は私めを排除なさいますか? お姫様になら、それは簡単なことですよ」
「いいえ、私は貴女を排除しようとは思いませんよ。彼のことは死なせませんし、貴女から守ります。ですが貴女のことは排除しません」
「ほう、ほう! なるほどお姫様は、私めなぞには殺す価値もないと仰せですか?」

 クロさんは大袈裟に驚き、頷いてにたりと笑った。

「そうですよお姫様、本来何の意味もないんです。登場人物一覧にも、スタッフロールににもスペシャルサンクスにも、あらすじにもプロモーションビデオにも、梗概にさえも存在しない、取り留めのない無駄な存在です。

「私がいることなんて誰もが知っているし、当然のように承知している。しかも私によって作られるものは何もないし、私によって何かが壊れることもない。

「そういう意味では、私は無力で、お姫様の言う通り、排除する必要のない……その価値もない存在です。ただ無駄に現れ、何も生み出さずにそっと去っていくだけの、中身のない文字数稼ぎ。

「いやむしろ、不必要に触れるほどにページを圧迫する、ただの癌ですよ」

 ねえお姫様、貴女もそう思いませんか?

 彼女は笑ってそう言った。

「少なくとも彼にとっては、貴女の存在には大きな意味はありますよ」

 淡々とただ事実を告げるように、私は呟くだけだった。
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