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神域結界
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「アインさん!」
歓声を孕んだ声は高く響いた。
アインは振り返って、ふぅんと鼻を鳴らす。
「まあ、いいんじゃない」
名前通りで、とアインはブライドにそう言った。
無表情で、しかもぶっきらぼうに言われたにしては、ブライドは嬉しそうにした。彼女が心から祝福してくれていることなど、既に承知していると言わんばかりに。
「アインさんも、昇進おめでとうございます。これで晴れてジャック様の右腕となられたんですね!」
「アタシには右腕なんてないのにね」
「次期総長様ですよ! とても素敵じゃないですか」
「上官はしぶといし、アタシの寿命までにお鉢が回って来るとは思えないけど。ルシファーはどこ? 先にここに来てるって言ってたんだけど」
「ルシファー様は、先ほどお戻りになられました」
「ふぅん、そっか。じゃあ、アタシも自分の席に行ってるから」
アインはひらりと片腕を上げた。
その背中を見送って、ブライドはドレスの刺繍を指の腹で撫でる。
「……クロさん?」
誰もいないはずの部屋の隅に向かって、ブライドは呼びかけた。
その声は穏やかで、まるで昔の友人との再会を喜んでいるようだった。
「お久しぶりですね。ええ、彼はとても元気ですよ」
ブライドは立ち上がってドレスを自慢するようにくるりとまわる。
ふわりとベールが流れ、裾の刺繍が揺れた。
「ありがとうございます。貴女はどちらにいらしたんですか?」
むろん答えはない。
誰もいない部屋なのだから。
しかし、ブライドは夢見がちな少女がそうするみたいに、友人に語りかけていた。
「ええ、一生。どうか安心してくださいクロさん。ルシファー様の名の下に誓いますよ、あと少し待って下されば」
そのために、今私はこうして清浄なドレスに身を包んでいるんですとブライドは言って、微笑んだ。
「ええ、ありがとうございます。またお会いしましょう。ええ、必ず」
まるでそれを見計らったかのように、部屋の扉が開いた。
時間になったのかとブライドは腰を上げたが、そこに立っていたのはレヴィアタンだった。
アイン以上の仏頂面を浮かべた彼に、それでもブライドは微笑んで一礼する。
「お前に一言、式が始まる前に祝いを伝えておこうと思った」
「お忙しいのに、ありがとうございます」
「来ないというわけにもいかんだろう。新郎はどうした?」
「彼は先ほどお倒れになって」
「こんな日まで情けない奴だな、全く。愛想も尽かさんのか」
「尽きませんよ。愛も、想いも」
レヴィアタンは仁王立ちしたまま、静かにブライドの全身を眺める。
「……変わった奴だな」
その時部屋の外の遠くから、彼女を呼ぶ声がした。
ブライドは上品な仕草で一礼し、歩き出した。
天は澄んでいて、祝福の相を見せている。正面の窓から、眩しいほどの光が降る。
ブライドは振り返って、思い出したようにレヴィアタンに笑いかけた。
「変えていただいたんですよ、所長様」
空は青く、国を覆う神域結界がはっきりと見える。
それを織りなす無数の糸が、光を受けて輝いていた。
歓声を孕んだ声は高く響いた。
アインは振り返って、ふぅんと鼻を鳴らす。
「まあ、いいんじゃない」
名前通りで、とアインはブライドにそう言った。
無表情で、しかもぶっきらぼうに言われたにしては、ブライドは嬉しそうにした。彼女が心から祝福してくれていることなど、既に承知していると言わんばかりに。
「アインさんも、昇進おめでとうございます。これで晴れてジャック様の右腕となられたんですね!」
「アタシには右腕なんてないのにね」
「次期総長様ですよ! とても素敵じゃないですか」
「上官はしぶといし、アタシの寿命までにお鉢が回って来るとは思えないけど。ルシファーはどこ? 先にここに来てるって言ってたんだけど」
「ルシファー様は、先ほどお戻りになられました」
「ふぅん、そっか。じゃあ、アタシも自分の席に行ってるから」
アインはひらりと片腕を上げた。
その背中を見送って、ブライドはドレスの刺繍を指の腹で撫でる。
「……クロさん?」
誰もいないはずの部屋の隅に向かって、ブライドは呼びかけた。
その声は穏やかで、まるで昔の友人との再会を喜んでいるようだった。
「お久しぶりですね。ええ、彼はとても元気ですよ」
ブライドは立ち上がってドレスを自慢するようにくるりとまわる。
ふわりとベールが流れ、裾の刺繍が揺れた。
「ありがとうございます。貴女はどちらにいらしたんですか?」
むろん答えはない。
誰もいない部屋なのだから。
しかし、ブライドは夢見がちな少女がそうするみたいに、友人に語りかけていた。
「ええ、一生。どうか安心してくださいクロさん。ルシファー様の名の下に誓いますよ、あと少し待って下されば」
そのために、今私はこうして清浄なドレスに身を包んでいるんですとブライドは言って、微笑んだ。
「ええ、ありがとうございます。またお会いしましょう。ええ、必ず」
まるでそれを見計らったかのように、部屋の扉が開いた。
時間になったのかとブライドは腰を上げたが、そこに立っていたのはレヴィアタンだった。
アイン以上の仏頂面を浮かべた彼に、それでもブライドは微笑んで一礼する。
「お前に一言、式が始まる前に祝いを伝えておこうと思った」
「お忙しいのに、ありがとうございます」
「来ないというわけにもいかんだろう。新郎はどうした?」
「彼は先ほどお倒れになって」
「こんな日まで情けない奴だな、全く。愛想も尽かさんのか」
「尽きませんよ。愛も、想いも」
レヴィアタンは仁王立ちしたまま、静かにブライドの全身を眺める。
「……変わった奴だな」
その時部屋の外の遠くから、彼女を呼ぶ声がした。
ブライドは上品な仕草で一礼し、歩き出した。
天は澄んでいて、祝福の相を見せている。正面の窓から、眩しいほどの光が降る。
ブライドは振り返って、思い出したようにレヴィアタンに笑いかけた。
「変えていただいたんですよ、所長様」
空は青く、国を覆う神域結界がはっきりと見える。
それを織りなす無数の糸が、光を受けて輝いていた。
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