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#5 海と島人
49 告白、おしまい
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ブロウは夕食を食べながら、私に話しかける。
でも私は心ここにあらずで、アインさんに言われたことを考えていた。
「なーブライド、俺さー、今日さー、レビィに危うく焼き殺されそうになったんだよー」
「はぁ」
「ジャックさんごと丸焼きにされそうでさ、もう本当危なかったよ。レビィが火炎放射器を持ってて、その柄で殴ったジャックさんが鼻血出して、血しぶきがソファに飛んで洗濯がさ」
「そうですか……」
「おい、どうしたよブライド? 上の空だな」
「えっ」
「あんまり食ってないし、食欲ない?」
多少おバカちゃんでも、彼は存外鋭いところがある。
双眸が傾いて、テーブル越しに私を見ていた。
私はそれとなく、そういうわけでもないと呟いて笑う。
「何かあったなら教えてくれよ」
「何も……」
「もしかして、俺がなんかした?」
「いえ、そんなことは……」
「歯切れが悪いなー、言ってくれって。俺が気づくべきなんだろうけどさ、ごめんな。ほら、俺はどうにも鈍いところがあって」
「貴方が謝ることないじゃありませんか」
「んで、何があったの?」
どうしても気になるようで、彼は私にそう尋ねた。
私はパスタを弄びながら、しばらく悩んだ。
「……後でお話させてください、お食事を食べた後で」
「分かった、ありがとな」
彼は目を閉じて、にっこり笑った。
綺麗な顔だと思った。
四年間、ずっとずっとそう思い続けてきた。
その顔はあまり変わらなかったけれど、出会ったときと比べると少し大人びたような気もする。
私は変わらないのに。
普段から彼は、私の前ではへにゃっとした変な笑顔を浮かべている。
しかし真剣な話を聞いていてもそうなのかというと、そういうわけではない。
至って深刻な顔をして聞いてくれる。
彼の深刻な顔を見ていると、こちらまで深刻な気分になるから不思議だ。
へにゃっとしているときの顔は、見慣れているせいかそれを見たところで何も思わないんだけど。
「私、以前貴方にお聞きしたと思うんですが」
私と彼はL字型のソファに座っていた。
この部屋とその家具は、全てが大きすぎる。彼がいつもベタベタとくっついてくるからだ。
しかし今日は、彼は私の顔を斜め四十五度あたりから見つめている。
このくらいの距離感が丁度いい。
いつも近すぎるのだ。
「貴方は私と結婚する気がないと……仰っていらっしゃいましたよね」
「そうだな。そう言ったよ」
「それなのに貴方は、私と一生を共にすると言いますよね」
「まあ、そうだな」
「それが分からないんです。矛盾しているようで、私には理解できません。私は……貴方の伴侶になりたいです」
ふかふかのソファは、元々パリッとした革製のものだった。
でも、私が落ち着かないと言ったら彼が変えてくれた。「俺は拘りないから」と言って。
彼はいつだって私のことを考えてくれるし、私の願いを聞いてくれる。
優しい人なのだ。
これ以上ないくらいに。
「うん、ありがとなブライド」
彼は優しい声で私に言う。
「お前は……そう思ってくれてたんだな」
嬉しいよ、気づけなくてごめんな。と彼は言う。
私はそのせいで、余計に涙が溢れそうになった。
「俺はお前が好きだよ、一生。でも、お前はそうじゃないだろ」
「そんなこと……」
「今はほら、俺の顔も体も、若いから綺麗だってちやほやされるけど、いつかは老いて醜くなるんだ。でもお前は違うだろ? 俺と違って、お前は年を取らないからさ。
「お前はずっと若くて可愛いままだ。もしそうなったときに、お前を後悔させたくないんだよ」
「そんな、私……」
「俺は死ぬまで、お前を好きでいるよ。でもお前はそうじゃなくてもいい。一生俺と一緒にいる必要はないからさ、なっ?」
彼は極めて明るくそう言った。
「今はいいけど、ほら、将来おじいちゃんと一緒なんてイヤだろ? この国じゃ、離婚なんて認められないし……ほら、むやみやたらに書類上で不審死を遂げるのも嫌だろ?」
「そんなこと……」
「いやいや絶対後悔するよ、な?」
彼は微笑んで、首を傾げている。
私は首を振って、奥歯を噛んだ。
「そんなわけないじゃないですか! 貴方が好きです、貴方のことが好きなんです! 貴方の見た目が好きなんじゃありません! そんな風に思うなんてそんな、酷いですブロウ……」
「えっ、あ、泣かないでごめん、ごめんって」
彼は慌てたように私のことを正面から抱きしめて頭をぽんぽんと撫でてくれた。
私はしゃくりあげながら、何故泣いているのかもよく分からない。
「わた、わたし、貴方の顔が好きなんじゃないのに、ずっと一緒がいいのに、ひっく、ひどいです、わたし、ずっとぶろーと一緒じゃないとイヤです……」
「泣かないで泣かないで頼むから。ごめん、俺が悪かったから」
彼は私の涙に弱い。いつも無条件で降伏する。
だから私はなるべく泣かないようにしている。ただでさえ私を優先しがちな彼だから。
でもどうしてだろう、涙が止められない。
「私、ずっとブロウが好きなんですからね、ブロウがおじいちゃんになっても、ゾンビになっても、ずっと、ずーっと、大好きなんですから! ひとりぼっちはイヤなんですからね!」
「いや、ちょっと冷静になれってブライド。な、その、俺はその……お前がそこまで好きでいてくれるとは、思ってなくて……」
「私は貴方が好きです、ずっと一緒に居たいんです、ずっと……ずっと一緒じゃないと嫌です!」
「いやでも、そんなこと言ったってお前……」
「そんなに嫌なんですか? そんなに私といるのが嫌ですか!」
「そうじゃないって、ごめんったら、な?」
彼は困った顔でどうにか私を宥めようとしているらしい。
しかし私は、彼を引き離した。
彼は驚いたように目を瞬く。
「許しません」
「えっ、あ、あ、うん……いや、その、でもさ、その……」
「許してほしかったら、私と婚約してください」
「え」
「私と結婚してください、ブロウ。そうしたら、許してあげます」
私は彼を正面から見つめてそう言った。
彼は何か変なものを食べたような顔をして、曖昧にはにかんだ。
「あ、いや、うん、あ、えっと……」
「いいって言ってくれるまで、ずっと泣いてるんですからね!」
「うん、分かった、分かったからちょっとだけ待って」
彼は何度か早く呼吸して息を整えようとした。
それから私を見上げる。
彼も泣いていて、目元が赤かった。
「ありがとな、ブライド。こんな俺でよかったら、うん。俺、すごく、結婚して、一生……一緒にいて、ほしい」
と彼は照れたみたいに笑っていた。
私は彼を抱きしめて、その胸に顔を埋める。
「貴方がいいんです、私は、貴方が好きなんですから……」
フワリと心地良い香りに包まれた。
何故か分からないけど、無性にココアが飲みたくなった。
でも私は心ここにあらずで、アインさんに言われたことを考えていた。
「なーブライド、俺さー、今日さー、レビィに危うく焼き殺されそうになったんだよー」
「はぁ」
「ジャックさんごと丸焼きにされそうでさ、もう本当危なかったよ。レビィが火炎放射器を持ってて、その柄で殴ったジャックさんが鼻血出して、血しぶきがソファに飛んで洗濯がさ」
「そうですか……」
「おい、どうしたよブライド? 上の空だな」
「えっ」
「あんまり食ってないし、食欲ない?」
多少おバカちゃんでも、彼は存外鋭いところがある。
双眸が傾いて、テーブル越しに私を見ていた。
私はそれとなく、そういうわけでもないと呟いて笑う。
「何かあったなら教えてくれよ」
「何も……」
「もしかして、俺がなんかした?」
「いえ、そんなことは……」
「歯切れが悪いなー、言ってくれって。俺が気づくべきなんだろうけどさ、ごめんな。ほら、俺はどうにも鈍いところがあって」
「貴方が謝ることないじゃありませんか」
「んで、何があったの?」
どうしても気になるようで、彼は私にそう尋ねた。
私はパスタを弄びながら、しばらく悩んだ。
「……後でお話させてください、お食事を食べた後で」
「分かった、ありがとな」
彼は目を閉じて、にっこり笑った。
綺麗な顔だと思った。
四年間、ずっとずっとそう思い続けてきた。
その顔はあまり変わらなかったけれど、出会ったときと比べると少し大人びたような気もする。
私は変わらないのに。
普段から彼は、私の前ではへにゃっとした変な笑顔を浮かべている。
しかし真剣な話を聞いていてもそうなのかというと、そういうわけではない。
至って深刻な顔をして聞いてくれる。
彼の深刻な顔を見ていると、こちらまで深刻な気分になるから不思議だ。
へにゃっとしているときの顔は、見慣れているせいかそれを見たところで何も思わないんだけど。
「私、以前貴方にお聞きしたと思うんですが」
私と彼はL字型のソファに座っていた。
この部屋とその家具は、全てが大きすぎる。彼がいつもベタベタとくっついてくるからだ。
しかし今日は、彼は私の顔を斜め四十五度あたりから見つめている。
このくらいの距離感が丁度いい。
いつも近すぎるのだ。
「貴方は私と結婚する気がないと……仰っていらっしゃいましたよね」
「そうだな。そう言ったよ」
「それなのに貴方は、私と一生を共にすると言いますよね」
「まあ、そうだな」
「それが分からないんです。矛盾しているようで、私には理解できません。私は……貴方の伴侶になりたいです」
ふかふかのソファは、元々パリッとした革製のものだった。
でも、私が落ち着かないと言ったら彼が変えてくれた。「俺は拘りないから」と言って。
彼はいつだって私のことを考えてくれるし、私の願いを聞いてくれる。
優しい人なのだ。
これ以上ないくらいに。
「うん、ありがとなブライド」
彼は優しい声で私に言う。
「お前は……そう思ってくれてたんだな」
嬉しいよ、気づけなくてごめんな。と彼は言う。
私はそのせいで、余計に涙が溢れそうになった。
「俺はお前が好きだよ、一生。でも、お前はそうじゃないだろ」
「そんなこと……」
「今はほら、俺の顔も体も、若いから綺麗だってちやほやされるけど、いつかは老いて醜くなるんだ。でもお前は違うだろ? 俺と違って、お前は年を取らないからさ。
「お前はずっと若くて可愛いままだ。もしそうなったときに、お前を後悔させたくないんだよ」
「そんな、私……」
「俺は死ぬまで、お前を好きでいるよ。でもお前はそうじゃなくてもいい。一生俺と一緒にいる必要はないからさ、なっ?」
彼は極めて明るくそう言った。
「今はいいけど、ほら、将来おじいちゃんと一緒なんてイヤだろ? この国じゃ、離婚なんて認められないし……ほら、むやみやたらに書類上で不審死を遂げるのも嫌だろ?」
「そんなこと……」
「いやいや絶対後悔するよ、な?」
彼は微笑んで、首を傾げている。
私は首を振って、奥歯を噛んだ。
「そんなわけないじゃないですか! 貴方が好きです、貴方のことが好きなんです! 貴方の見た目が好きなんじゃありません! そんな風に思うなんてそんな、酷いですブロウ……」
「えっ、あ、泣かないでごめん、ごめんって」
彼は慌てたように私のことを正面から抱きしめて頭をぽんぽんと撫でてくれた。
私はしゃくりあげながら、何故泣いているのかもよく分からない。
「わた、わたし、貴方の顔が好きなんじゃないのに、ずっと一緒がいいのに、ひっく、ひどいです、わたし、ずっとぶろーと一緒じゃないとイヤです……」
「泣かないで泣かないで頼むから。ごめん、俺が悪かったから」
彼は私の涙に弱い。いつも無条件で降伏する。
だから私はなるべく泣かないようにしている。ただでさえ私を優先しがちな彼だから。
でもどうしてだろう、涙が止められない。
「私、ずっとブロウが好きなんですからね、ブロウがおじいちゃんになっても、ゾンビになっても、ずっと、ずーっと、大好きなんですから! ひとりぼっちはイヤなんですからね!」
「いや、ちょっと冷静になれってブライド。な、その、俺はその……お前がそこまで好きでいてくれるとは、思ってなくて……」
「私は貴方が好きです、ずっと一緒に居たいんです、ずっと……ずっと一緒じゃないと嫌です!」
「いやでも、そんなこと言ったってお前……」
「そんなに嫌なんですか? そんなに私といるのが嫌ですか!」
「そうじゃないって、ごめんったら、な?」
彼は困った顔でどうにか私を宥めようとしているらしい。
しかし私は、彼を引き離した。
彼は驚いたように目を瞬く。
「許しません」
「えっ、あ、あ、うん……いや、その、でもさ、その……」
「許してほしかったら、私と婚約してください」
「え」
「私と結婚してください、ブロウ。そうしたら、許してあげます」
私は彼を正面から見つめてそう言った。
彼は何か変なものを食べたような顔をして、曖昧にはにかんだ。
「あ、いや、うん、あ、えっと……」
「いいって言ってくれるまで、ずっと泣いてるんですからね!」
「うん、分かった、分かったからちょっとだけ待って」
彼は何度か早く呼吸して息を整えようとした。
それから私を見上げる。
彼も泣いていて、目元が赤かった。
「ありがとな、ブライド。こんな俺でよかったら、うん。俺、すごく、結婚して、一生……一緒にいて、ほしい」
と彼は照れたみたいに笑っていた。
私は彼を抱きしめて、その胸に顔を埋める。
「貴方がいいんです、私は、貴方が好きなんですから……」
フワリと心地良い香りに包まれた。
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