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#5 海と島人
48 相談、公私混同の恐れあり
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アインさんは研究所内を徘徊し、所長様に追われている。
所長様はせっかく再びその地位を譲り渡されて職務に復帰されたのに、彼女の捜索に時間を取られ、業務の大部分を他者に任せざるを得ないようだ。
秋の始まる頃、アインさんはいつの間にか研究所のカフェスペースで座っていた。
それとなく近づいた私を見つけ、彼女は私を手招いた。
「ねえアンタ、何か悩みがあるの?」
「えっ?」
「あの男になんか言われた? アタシはアンタを応援するけど、あの男と付き合うのは未だに賛成できない」
アインさんはブロウのことが嫌いで、たまにこうやって私を説得する。
彼の何が彼女にとって気に入らないのかは、よく分からない。
彼女については分からないことが多い。
それなのに、私のことは何もかも分かっている。
「その、アインさんは将来のことなど、どう思っているんですか?」
「アタシは別に、将来のことなんて考えてない。船乗りでもないのに、明日の風向きなんて考える必要はない」
「そう……ですか」
「アンタは、自分の将来のことについて悩んでるの?」
アインさんは、まるで私の姉みたいに親身になって話を聞いてくれる。
突き放すようなところもあるけれど、優しい人なのだ。
「そうだと、思います」
「仕事のこと?」
「仕事のことでは……ありませんが」
「じゃ、あの男とのことだ。何をされたの?」
決めつけられるのは釈然としないけれど、間違ってもいないので何も言えない。
私は俯いて少し悩んでから、首を振った。
「分からないんです」
「分からない?」
「彼に、何かされたわけではなく、ただ……なんとも言えないような、その、もやもやしたものがあって」
「へぇ、そうなんだ?」
「はい……」
「それはどんなのなの?」
アインさんは、猫のような瞳で私を見る。
とても綺麗な人だ、と思った。
もし私が彼女の様に綺麗だったら、何か違ったのだろうか。
「彼は、その、私をどう思っているのかなと……」
「アンタを? あの男が? 好き好き言い続けてるでしょ」
「それはそうなんですが、その、本当に好きなのかなって……」
「まさか浮気でもされたの? ぶっ飛ばしに行こうか」
「い、いえ違います! ぶっ飛ばさないでください!」
少々血の気の多いところもあるアインさんは、既に半分腰を浮かしている。
それを私は慌てて止めた。
「彼は……私と一生一緒に居たいと言って下さるんですが」
「うん」
「一生一緒に居ようと言うのに、彼は……私と結婚する気はないと仰るんです。しかも、私と交わしていた契約も首輪を外したいと」
「契約?」
「はい。奴隷の首輪と呼ばれるものなんですが、奴隷の糸を主人の糸によって縛る契約技術があるんです。それをすると、主人の糸が切れると同時に……即ち、死ぬということですが、それと同時に奴隷は死ぬことになるんです。私と彼は奴隷と主人として契約を……」
「何それむかつく。あの野郎ぶっ飛ばす」
「待って、待って下さいそうじゃないんです!」
私は、立ち上がって歩き出したアインさんをなんとか席に戻す。
「私は、研究によって生み出された人工生命体です。だから寿命という概念もなく、故障しない限り、半永久的に動き続けることができます。老化もしませんし、成長もしないんです。
「だから、そうやって縛られることで、彼と共にこの世を去ることができるというのが、嬉しくもありました。そうやって縛られている限り、私は一人ぼっちでこの世界に取り残されることは決してありません」
「ふぅん、アンタがそう思うならそれでいいよ。アンタの気持ちはアンタにしか分からないから。でもさ、あくまでアドバイスだけど、あの男だけに拘らなくてもいいと思うよ」
「それは……私は彼が好きなんです。一生、一緒に居たいんです」
アインさんは、そっかと頷いた。「やめといた方がいいと思うけど」と一言添えて。
「それなら、その契約を解除されたら困るんじゃないの?」
「でも……してほしくないと彼に言うこともできないし」
「なんで? 言えばいいのに」
「だって、彼は私を信頼しているから、その首輪を外すのだと言ったんです。だから、もしそれを断ってしまったら、信頼するなと言っているようなものではありませんか」
「あの男はそんなに深く物事を考えない。アンタはあの男を過剰評価してる」
「彼は思慮深い方ですよ、それなりに」
私は彼のフォローに回りつつ、手持無沙汰に右手をテーブルの上で彷徨わせる。
「彼は私と一生一緒に居たいと言うんです。でも結婚する気はないと……」
「ブライド、やっぱりアタシはあの男を一度か二度ぶっ飛ばした方がいいと思う」
「ち、違います、私はただ、何故彼がそう言うのか分からなくて……」
「遊びたいんじゃない? 八つ裂きにした方がいいよ、そんな男は」
「止めてください、落ち着いて。その、私には何が足らないと思われますか? 何故彼は私と結婚したくないと思っておいでなのか……」
「アンタ、そこまで言われてもブロウと結婚したいの?」
「えっ、え、ええ、あ、あぁ……それは、その、もちろん、それに越したことはないというか、もし彼がいいと言って下さるなら彼と誓いを交わしたいとは思いますが……」
「なんであの男なの? 他にも男はたくさんいるのに、何故よりにもよってあの男なの?」
アインさんはむっとして私にそう尋ねる。
彼に対しての当たりが強すぎる。
もしかして、彼に何かされたのだろうか。ごめんなさい、彼に悪気はないんです。
「……色々あったんです」
「あの男の全ての欠点を打ち消すほどの出来事があるってことが信じられないけど、アンタが本気なことは分かる。つまり、アンタは結婚したいけど、あの男は嫌だって言ってるってこと? あの男はその理由についてなんて言ってるの?」
「それは、その……分かりませんが……」
「教えてくれないの? それなら吐くまで拷問しようか?」
「違います、落ち着いてください。ただ単に私が尋ねていないだけで」
「アンタみたいに健気なのを断るなんて、あの男は何を考えてるの? 向こうがお願いしますと言うのを足蹴にするのが筋でしょ」
「そんなにお怒りにならなくても……」
「もうそんなクズ捨てちゃおうよ。同じ部屋に住んでるって言っても、アンタにも稼ぎはあるんだし、アタシと二人で住もう」
「えっ? でもアインさん、所長様と一緒にお住まいでは……」
「レビィは良い奴だけど、過干渉。距離が必要」
「えっ……あ、そ、それは所長様と話し合って下さい」
さすがに人事権を丸ごと掌握している上司のトラブルには首を突っ込みたくないので、私は微笑んで身を引いた。
人事権の恐ろしさはしっかりと分かっている。
アインさんはふぅんとまた興味なさげに言って、飲み物を飲もうとカップを傾けてそのまま置いた。
中身はもう入っていない。
「アンタはあの男に遠慮しすぎ。もっといいのはいくらでもいる」
「彼はとても私に優しくして下さるんですよ」
「アンタに優しくするのは人として当然だから」
アインさんは立ち上がって、飲み物を取って来た。
私の前にはジュースを置いたので、彼女は私を少し子供扱いしているのかもしれない。
「結局、アンタはブロウと結婚したいと思ってるんだよね」
「えっ、あ、まあ、その……それは、機会さえあればということで……」
「じゃあ、機会がなければしなくていいってこと?」
「ああ、その、でも……」
「それなら今のままでいいの?」
「それは、その、もやもやすると言いますか……」
「でも、別れるのは嫌なんでしょ?」
「はい、それは、嫌です……」
「それなら、今すぐ結婚するしかないんじゃない?」
「え、あ、そんな、今すぐだなんて……」
「アンタの気持ちまで揺らいでどうする。アンタの中で答えは出てる。まずはそれを認めることから」
「はい……」
「よしよし、アンタはブロウと結婚したい、そうでしょ?」
「うん……」
アインさんは、優しく私の頭を撫でて微笑んだ。
「じゃあ、まずそう言ってみたら? 向こうにも言い分があるかもしれないし。納得できないようだったらアタシがぶっ飛ばすし」
「でも……私は」
「アンタは空気の読める子だけど、たまには暴れちゃってもいいと思うよ。駄目だったらアタシに愚痴ればいいじゃん、話聞くから」
「アインさん……」
私は思わず泣きそうになって、目を擦った。
「おいアイン!」
「ひぃ!」
急に大きな声がした。背後には鬼の形相をした所長様がいた。
というか所長様が明らかに血に濡れた何かを持っている。
何かの実験体の処分だろうか。そうであることを祈ろう。
どうか、少なくともブロウのものではありませんように……
「実験体5924、アインを見つけたら直ちに報告しろと何度も言っているだろう!」
「実験体じゃない。ブライドって呼んで」
アインさんは立ち上がり、所長様に近づく。
さすがはアインさん、すごい度胸だ。
所長様はギリッと奥歯を噛んだ。
「アイン、お前は何故言われた場所から動いてばかりなんだ! 頼むから大人しくしていろと、これほど言っているのに何故聞かない!」
「どこに行くかなんて、アタシの自由。ブライドを責めるのは止めて」
「何故分からない? これほど私はお前を、お前を……」
アインさんは、所長様の肩をぽんぽんと叩いて抱きしめた。
それから離れ、所長様を正面から見つめる。
「はいはい、分かったから。アンタはアタシが心配なんでしょ。アンタの心配してるようなことは起きないから、安心して」
「そうとは限らないだろう!」
「アタシは強いよ、レビィ。だから大丈夫。泣かないで、もう絶対に、いなくなったりしないから」
「泣いてなどいない、私はもう子供じゃないんだ! 年少者のように扱うな!」
「分かったってば、落ち着いてよレビィ。不安にさせて悪かったと思ってる。ごめんねブライド、アタシはもう行く」
「え、ああ、はい……」
「アイン待て! 話は終わっていない!」
「向こうで話そうって言ってるの。アタシに置いていかれたくないなら、ついてきて」
アインさんはひらひらと手を振って行ってしまい、所長様はブツブツ文句を言いながらもそれに従う。
私はなすすべなくそれを見つめた。
所長様は、私の知識の中では非常に冷静沈着かつ敬虔な信徒でで、ああして感情を顕わにすることなんてありえないような方だったのだけど、実際はそうでもないらしい。
所長様はせっかく再びその地位を譲り渡されて職務に復帰されたのに、彼女の捜索に時間を取られ、業務の大部分を他者に任せざるを得ないようだ。
秋の始まる頃、アインさんはいつの間にか研究所のカフェスペースで座っていた。
それとなく近づいた私を見つけ、彼女は私を手招いた。
「ねえアンタ、何か悩みがあるの?」
「えっ?」
「あの男になんか言われた? アタシはアンタを応援するけど、あの男と付き合うのは未だに賛成できない」
アインさんはブロウのことが嫌いで、たまにこうやって私を説得する。
彼の何が彼女にとって気に入らないのかは、よく分からない。
彼女については分からないことが多い。
それなのに、私のことは何もかも分かっている。
「その、アインさんは将来のことなど、どう思っているんですか?」
「アタシは別に、将来のことなんて考えてない。船乗りでもないのに、明日の風向きなんて考える必要はない」
「そう……ですか」
「アンタは、自分の将来のことについて悩んでるの?」
アインさんは、まるで私の姉みたいに親身になって話を聞いてくれる。
突き放すようなところもあるけれど、優しい人なのだ。
「そうだと、思います」
「仕事のこと?」
「仕事のことでは……ありませんが」
「じゃ、あの男とのことだ。何をされたの?」
決めつけられるのは釈然としないけれど、間違ってもいないので何も言えない。
私は俯いて少し悩んでから、首を振った。
「分からないんです」
「分からない?」
「彼に、何かされたわけではなく、ただ……なんとも言えないような、その、もやもやしたものがあって」
「へぇ、そうなんだ?」
「はい……」
「それはどんなのなの?」
アインさんは、猫のような瞳で私を見る。
とても綺麗な人だ、と思った。
もし私が彼女の様に綺麗だったら、何か違ったのだろうか。
「彼は、その、私をどう思っているのかなと……」
「アンタを? あの男が? 好き好き言い続けてるでしょ」
「それはそうなんですが、その、本当に好きなのかなって……」
「まさか浮気でもされたの? ぶっ飛ばしに行こうか」
「い、いえ違います! ぶっ飛ばさないでください!」
少々血の気の多いところもあるアインさんは、既に半分腰を浮かしている。
それを私は慌てて止めた。
「彼は……私と一生一緒に居たいと言って下さるんですが」
「うん」
「一生一緒に居ようと言うのに、彼は……私と結婚する気はないと仰るんです。しかも、私と交わしていた契約も首輪を外したいと」
「契約?」
「はい。奴隷の首輪と呼ばれるものなんですが、奴隷の糸を主人の糸によって縛る契約技術があるんです。それをすると、主人の糸が切れると同時に……即ち、死ぬということですが、それと同時に奴隷は死ぬことになるんです。私と彼は奴隷と主人として契約を……」
「何それむかつく。あの野郎ぶっ飛ばす」
「待って、待って下さいそうじゃないんです!」
私は、立ち上がって歩き出したアインさんをなんとか席に戻す。
「私は、研究によって生み出された人工生命体です。だから寿命という概念もなく、故障しない限り、半永久的に動き続けることができます。老化もしませんし、成長もしないんです。
「だから、そうやって縛られることで、彼と共にこの世を去ることができるというのが、嬉しくもありました。そうやって縛られている限り、私は一人ぼっちでこの世界に取り残されることは決してありません」
「ふぅん、アンタがそう思うならそれでいいよ。アンタの気持ちはアンタにしか分からないから。でもさ、あくまでアドバイスだけど、あの男だけに拘らなくてもいいと思うよ」
「それは……私は彼が好きなんです。一生、一緒に居たいんです」
アインさんは、そっかと頷いた。「やめといた方がいいと思うけど」と一言添えて。
「それなら、その契約を解除されたら困るんじゃないの?」
「でも……してほしくないと彼に言うこともできないし」
「なんで? 言えばいいのに」
「だって、彼は私を信頼しているから、その首輪を外すのだと言ったんです。だから、もしそれを断ってしまったら、信頼するなと言っているようなものではありませんか」
「あの男はそんなに深く物事を考えない。アンタはあの男を過剰評価してる」
「彼は思慮深い方ですよ、それなりに」
私は彼のフォローに回りつつ、手持無沙汰に右手をテーブルの上で彷徨わせる。
「彼は私と一生一緒に居たいと言うんです。でも結婚する気はないと……」
「ブライド、やっぱりアタシはあの男を一度か二度ぶっ飛ばした方がいいと思う」
「ち、違います、私はただ、何故彼がそう言うのか分からなくて……」
「遊びたいんじゃない? 八つ裂きにした方がいいよ、そんな男は」
「止めてください、落ち着いて。その、私には何が足らないと思われますか? 何故彼は私と結婚したくないと思っておいでなのか……」
「アンタ、そこまで言われてもブロウと結婚したいの?」
「えっ、え、ええ、あ、あぁ……それは、その、もちろん、それに越したことはないというか、もし彼がいいと言って下さるなら彼と誓いを交わしたいとは思いますが……」
「なんであの男なの? 他にも男はたくさんいるのに、何故よりにもよってあの男なの?」
アインさんはむっとして私にそう尋ねる。
彼に対しての当たりが強すぎる。
もしかして、彼に何かされたのだろうか。ごめんなさい、彼に悪気はないんです。
「……色々あったんです」
「あの男の全ての欠点を打ち消すほどの出来事があるってことが信じられないけど、アンタが本気なことは分かる。つまり、アンタは結婚したいけど、あの男は嫌だって言ってるってこと? あの男はその理由についてなんて言ってるの?」
「それは、その……分かりませんが……」
「教えてくれないの? それなら吐くまで拷問しようか?」
「違います、落ち着いてください。ただ単に私が尋ねていないだけで」
「アンタみたいに健気なのを断るなんて、あの男は何を考えてるの? 向こうがお願いしますと言うのを足蹴にするのが筋でしょ」
「そんなにお怒りにならなくても……」
「もうそんなクズ捨てちゃおうよ。同じ部屋に住んでるって言っても、アンタにも稼ぎはあるんだし、アタシと二人で住もう」
「えっ? でもアインさん、所長様と一緒にお住まいでは……」
「レビィは良い奴だけど、過干渉。距離が必要」
「えっ……あ、そ、それは所長様と話し合って下さい」
さすがに人事権を丸ごと掌握している上司のトラブルには首を突っ込みたくないので、私は微笑んで身を引いた。
人事権の恐ろしさはしっかりと分かっている。
アインさんはふぅんとまた興味なさげに言って、飲み物を飲もうとカップを傾けてそのまま置いた。
中身はもう入っていない。
「アンタはあの男に遠慮しすぎ。もっといいのはいくらでもいる」
「彼はとても私に優しくして下さるんですよ」
「アンタに優しくするのは人として当然だから」
アインさんは立ち上がって、飲み物を取って来た。
私の前にはジュースを置いたので、彼女は私を少し子供扱いしているのかもしれない。
「結局、アンタはブロウと結婚したいと思ってるんだよね」
「えっ、あ、まあ、その……それは、機会さえあればということで……」
「じゃあ、機会がなければしなくていいってこと?」
「ああ、その、でも……」
「それなら今のままでいいの?」
「それは、その、もやもやすると言いますか……」
「でも、別れるのは嫌なんでしょ?」
「はい、それは、嫌です……」
「それなら、今すぐ結婚するしかないんじゃない?」
「え、あ、そんな、今すぐだなんて……」
「アンタの気持ちまで揺らいでどうする。アンタの中で答えは出てる。まずはそれを認めることから」
「はい……」
「よしよし、アンタはブロウと結婚したい、そうでしょ?」
「うん……」
アインさんは、優しく私の頭を撫でて微笑んだ。
「じゃあ、まずそう言ってみたら? 向こうにも言い分があるかもしれないし。納得できないようだったらアタシがぶっ飛ばすし」
「でも……私は」
「アンタは空気の読める子だけど、たまには暴れちゃってもいいと思うよ。駄目だったらアタシに愚痴ればいいじゃん、話聞くから」
「アインさん……」
私は思わず泣きそうになって、目を擦った。
「おいアイン!」
「ひぃ!」
急に大きな声がした。背後には鬼の形相をした所長様がいた。
というか所長様が明らかに血に濡れた何かを持っている。
何かの実験体の処分だろうか。そうであることを祈ろう。
どうか、少なくともブロウのものではありませんように……
「実験体5924、アインを見つけたら直ちに報告しろと何度も言っているだろう!」
「実験体じゃない。ブライドって呼んで」
アインさんは立ち上がり、所長様に近づく。
さすがはアインさん、すごい度胸だ。
所長様はギリッと奥歯を噛んだ。
「アイン、お前は何故言われた場所から動いてばかりなんだ! 頼むから大人しくしていろと、これほど言っているのに何故聞かない!」
「どこに行くかなんて、アタシの自由。ブライドを責めるのは止めて」
「何故分からない? これほど私はお前を、お前を……」
アインさんは、所長様の肩をぽんぽんと叩いて抱きしめた。
それから離れ、所長様を正面から見つめる。
「はいはい、分かったから。アンタはアタシが心配なんでしょ。アンタの心配してるようなことは起きないから、安心して」
「そうとは限らないだろう!」
「アタシは強いよ、レビィ。だから大丈夫。泣かないで、もう絶対に、いなくなったりしないから」
「泣いてなどいない、私はもう子供じゃないんだ! 年少者のように扱うな!」
「分かったってば、落ち着いてよレビィ。不安にさせて悪かったと思ってる。ごめんねブライド、アタシはもう行く」
「え、ああ、はい……」
「アイン待て! 話は終わっていない!」
「向こうで話そうって言ってるの。アタシに置いていかれたくないなら、ついてきて」
アインさんはひらひらと手を振って行ってしまい、所長様はブツブツ文句を言いながらもそれに従う。
私はなすすべなくそれを見つめた。
所長様は、私の知識の中では非常に冷静沈着かつ敬虔な信徒でで、ああして感情を顕わにすることなんてありえないような方だったのだけど、実際はそうでもないらしい。
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