第六監獄の看守長は、あんまり死なない天使らしい

白夢

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38 サディスティック拷問官

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 監獄医が辞めてから数日。
 誰が言いふらしたのか知らないが、職員を中心に退職希望者が続出した。


 恐らく、元々辞めたかったのだろうが、俺が謹慎処分で不在の上、退職しようとすると恫喝されたり、悪いと亡命の恐れありとして治安維持隊に通報されたりする可能性があるので、本人たちも命がけなのだろう。

 ちなみに、退職しないままに職場に来なくなると、生死を問わずデッドオアアライブの捜索が始まってしまう。本当に、この国はどうなってるんだ。


 ちなみに俺は、積極的に辞めろとは言わないが、勇気を出して辞めたいと言うくらいなら、特に止めない。
 亡命も通報しない。

 そもそも職員の仕事は、命を張って戦うことではないので、怖いから辞めたいと言うなら止める理由はない。
 辞めないで死んだから自己責任だ、とは言わないが、実際俺は守り切れないし、どうせなら目の前で死ぬより目の前じゃないところで死んでもらった方がいい。


 というか、俺は自宅謹慎を命じられていた手前、最低限以外は一切外出せずに自宅に引きこもっていたのだが、普通にその方が楽だった。

 その分給料は出ないが、蓄えはそこそこあるし、そもそもの話、金があっても力がなければ物は買えない。

 辞めたいという気持ちも、分かるような気がする。
 俺も、もう辞めてどこか遠くに行きたい。

 でも俺の退職届を受理するのは俺ではないし、多分俺がこの泥舟を降りようとしたら治安維持隊が飛んできて、俺と一緒に俺の部下まで連れていくだろう。


「はぁぁ……」
「でっかい溜め息。士気削がれるわぁ」
「お前はそのくらいが一番いい」
「一番は言い過ぎでわ?」

 ゲタゲタと下品な笑い声を上げる看守。

 かつては王宮所属の拷問官だったが、拷問中に被告を殺して監獄に更迭されたという経歴を持つ彼女。

 偏見通りのサディストで、「殺すまで痛めつけても問題にならないから転職した」などとぬかす正真正銘の異常者だ。

 相手が無罪だろうが有罪だろうが、彼女にとっては関係ない。
 とにかく苦しめて殺す、痛めつけて殺す。


 俺と気が合いそうだと、外野にはそう思われているらしい。

 その実仕事はできる看守で、実際、第六監獄で行われる処刑の四割くらいは彼女が申請を回してくるので、好きか嫌いかのどちらかといえば、好きの部類かもしれない。

 適当に扱っても泣き出したりしないし。

「矯正チョーも粋なことしてくれちゃって! カタブツだから好きじゃなかったけど、今回の件で好きになっちゃったよね!」

 俺が適当に扱う以前に、俺のことを適当に扱うのをやめてほしいんだけどな。
 一応上司なんだよ。

「ってワケで、ウチの担当六人分でっす! サインお願いします!」

 俺が言うのもなんだが、彼女が担当になった囚人には同情する。
 こんな宅配便みたいなノリで六人も。


「なんだこれ、なんでルビが振ってあるんだ」

「見ての通り加熱式頭蓋骨粉砕機マイクロウェーブ・ヘッド・パンクだよ。口の中にマイクロ波を発する機械をぶち込んで、脳みそを熱する。すると脳脊髄液が沸騰して、脳みそが沸騰して破裂するんだ!」

「わざわざ爆発させる必要があるか?」

「そんなの、派手で面白いからに決まってるじゃん。看守長もそう思わない?」
「思わない」

 頭を爆発なんてさせたら、断末魔も死に顔も拝めない。
 俺には理解不能だ。処刑の楽しみが全部なくなってる。


「お前は清掃員の気持ちを考えろ。余計な退職希望者を増やすな」
「職員のモチベーションを管理するのは看守長の役目だよね?」
「ああ。全くもってその通りだ。つまり俺は今、自分の仕事をしてる」

 俺は却下の判を押し、最終確認のサインをして突き返す。


「んもう! 今は看守が足りてなくて、囚人が多いんだから、細かいこと考えないで許可出してよね」

「さっさと本命を出せ」
「はいはい」

 肩を竦めて、彼女は別の書類を出してくる。
 そちらはごく普通の、絞首刑が提案されている。

 これだからこの女は。


「看守長ってさ、やたらと冷酷だとか残酷だとか変態サディストだとかクソネコとか言われる割に、ウチの提案にノッて来ないよね」

「別に自分で名乗ってるわけじゃな……おい、クソネコってなんだ?」

「知らない? クソネコ派とエロタチ派で派閥があってさぁ。あ、ちなみにアイツはネコ派だったよ。姉貴もそうだった。ウチはどっちかっていうと」
「それ以上その話をするな」

 多分知らない方がいい類の話だと判断し、俺は話題を変えた。
 この看守、人の悪口とかをそうと知らずに本人に伝えるタイプだよな。


「他の監獄のヤツらから見ると、看守長って残酷に見えんのかな? ウチは今までの上司の中で、サイコーだと思ってるけど」

「サイコ?」

「違う違う、ベスト・オブ・上司ってコト。部下のことを怒鳴らないなんて、すっごく珍しいよ」

「今まさに怒鳴りつけたい気分なんだが?」

 俺はさっさと書類にサインをして、看守に突き返す。
 看守は肩を竦めて楽しそうに笑った。


「ま、元気出してよね、看守長。ウチもアイツのことは残念だけど。酷いよねぇ、散々看守長と仲良くしておきながら、自分だけトンズラなんてさ」
「別に元気がないつもりはない」
「そう? だって看守長、アイツのこと気に入ってたじゃん」
「俺は全員に平等に接してる」

 彼女が言っているのは、恐らく監獄医のことなのだろう。
 確かに残念な気持ちはあるが、落ち込むほどじゃない。と思う。

 そんな些細なことで落ち込んでいたら、この国ではとてもじゃないがやっていけない。


「最近はむしろ元気だ」
「なんかいいことでもあったの?」
「結婚した。少し前に」
「結婚? 看守長が?」
「ああ」

「へー、そうなんだ。看守長って、結婚とか喜ぶタイプだったんだね。なんか意外」
「は?」

 看守は変なことを言い、ゲラゲラと下品に笑った。

「喜んでるならオメデトーってゆっとくね。元気になって何より! 十三処刑室を使うから、四時に清掃依頼しといてよね!」
「分かってる」


 あれだけ看守が死んだので、職員以外もバタバタと辞めるだろうなと思っていたが、意外と看守は残っている。

 そもそもが、問題児とオカルト話だらけの第六監獄で生き生きとやっていっている奴らは、頭のネジがちょっと緩んでいるのが多いのかもしれない。



 427を下手に独房に置いておくと、またヴァンピールに襲われかねないので、今は俺の寮に置いておいて594と官吏に監視させている。

 そのため、担当の囚人がいない俺の仕事は専ら書類仕事だ。

 看守から依頼されれば、処刑を手伝ったりもしてやってもいいが、看守長の俺と一緒に仕事がしたい看守は少ない。
 少ないはずだ。

 そんな数少ない看守が部屋を去ってからしばらくしたとき、俺の部屋の受話器が鳴った。


「……はい」
『おいこの無能! お前は何人切ったんだ!』

 受話器からビリビリと鼓膜を震わせるほどの大声が響く。
 俺は呻いて、受話器をデスクの上に上向きに置いた。

「あっ、あ、あー……クレームなら俺じゃなくて矯正長に直接……」
『俺の質問に答えろ、何人辞めさせた!?』

「知らねーよ……」

 思わず小声で呟く。
 大体、俺が辞めさせたみたいな言い方をやめてほしい。俺は退職届を受理しただけだ。


「あー、そうですね。ここ一か月では……」
『お前のせいで、こっちの職員にも不安が広がってんだよ! どうしてくれるんだ!!』
「えぇ……」

 それこそ知らねーよそんなの。
 看守長がヒステリックだから職員が不安になってるんじゃないのか。


 喉元まで出かけた言葉を飲み込んで、俺は努めて神妙に返事をする。

「はい、そうですか。ですがこちらでは如何ともし難く……」

『明日の朝礼でこっちの監獄に出向いて、職員に全部説明しろ! お前が無能なだけだってことをな!!』

「いやそれはさすがに、……あの?」

 一方的に通話は切断された。


「……はぁぁ」

 俺は深々と溜め息を吐いて、立ち上がった。


 さっきはああ言って適当にあしらったが、絞首刑でも見学して、気分を変えるのも悪くないかもしれない。

 この場所では、とてもじゃないがマトモなままじゃいられない。
 人間だろうと天使だろうと、そしてヴァンピールだろうと、それは同じだ。
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