第六監獄の看守長は、あんまり死なない天使らしい

白夢

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40 永久の日常は叶わない

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 その日の朝、俺はいつものように新しい囚人の割り振りをやっていた。

 第三監獄に呼びつけられたことを、矯正長は知っていたらしく、「出頭不要」とのメモが机に貼り付けられていたため、意味不明な朝礼と更なる変な噂の発生は回避した。

 特に後ろ暗いところがないなら、上司に二十四時間監視されるというのも、悪くないかもしれない。

 ……いや、悪いだろ。何考えてんだ俺は。


「……はい、第六監獄看守長です」
『私のメモを見たか?』

 相手は矯正長だった。
 そんなの、見たか確認しなくても分か……いや、分からないのか?
 どんな方法で監視されているのか分からないし。


「もちろんです。お心遣い、ありが」
『そんなことはどうでもいい!!』
「えっ、えぇ……」

 突然ブチギレられた。
 なんか昨日の看守長よりも怖いんだけど。ねっとりしてるとはいえ、いつも冷静な人が急に叫ぶの怖すぎる。


『どういうつもりだ! 私を殺すつもりか!?』
「なっ、あ、ど、どうしたんですか、き、きょう、矯正長……どうしたんですか……?」
『お前は死にたいのか!? 私と心中したいのか!!』

 しかも言ってることが支離滅裂だ。
 第三監獄の看守長よりひどい。大の大人がビジネスの場で殺すとか死ぬとか言うな。


「き、矯正長、落ち着いてください。どうかなさいましたか?」
『お前は兄の寵愛を受けながら、よくも恩を仇で返すような真似を!!』
「すみません何か誤解が」
『兄の首を刎ねたら、私は……っ、覚悟しておけ!!』
「あの、矯正ち…………」

 一方的に捲し立てられた挙げ句、通話は途切れた。

「……」


 なあ官吏。洗脳はいいが、俺に迷惑をかけない形で洗脳できないのか?
 この先ずっとあんな感じだったら、俺の方がおかしくなりそうなんだが。


「……はぁ」


 俺はまた深い溜め息を吐きながら、次のファイルを手に取った。

「……」


 知らない名前。どうせ認識できない。写真が抜けている。どこかで剥がれたのか?
 パラパラと中を捲る。経歴がほとんど真っ白だ。役所も雑な仕事をするようになってしまったらしい。

「……」

 まぁ、致し方のないことかもしれない。
 囚人は増える一方だ。


 檻の中なら飯が食えると奴らは思っているのかもしれないが、満員御礼の場合、ガス室でまとめて永眠し、棺の中で刑期を終えることになる。

 あれは確かにコストパフォーマンスに優れるが、いくらなんでも優れすぎているのが致命的だ。
 死ぬのは死刑囚だけで十分だ。


「……新しい死刑囚も、何人かは、俺の担当にすべきかもな」

 427は独房から出してやったせいか、健康状態がかなり改善していて、吸血を必要とする頻度も下がってきている。

 594に427の世話を任せれば、俺が毎日帰宅する必要もない。


 他の看守長が言うように、さっさと死刑を執行していこう。

 考えているより先に、囚人は増える。
 看守の不足は誤魔化せるが、このままじゃ独房まで足りなくなる。

 とりあえず、この情報が抜けている囚人に尋問でもして、ファイルを埋めてから考えよう。

 俺は立ち上がり、部屋を出ようと扉に手をかけた。


「看守長ー!」
「……なんだお前」
「ちょっちょっ、待ってくださいって!」

 例のサディストだ。俺は部屋を出ようとするが、体でブロックされる。ちなみに、この看守も豊満なバストを持っている。

 イライラするときに見ると千切りたくなるので、できれば退職してほしい。勧告してやろうかな。


「新しいのを持って来たよ!」
「お楽しみ会の企画書みたいに、ウキウキで持ってくるのをやめろ」
「お楽しみ会といえば、ウチは忘年会はやらないの? 第四監獄の看守は、やるって言ってたケド」

 俺は看守の手から企画書もとい申請書を押し付けられるようにして受け取り、仕方なく机に逆戻りする。


「お前らがやりたいなら止めはしないが、俺は参加しない。お前らも、上司がいない方が楽しめるだろ」

「えぇ! そんなコトないよっ! ウチは看守長がいた方が楽しいしー!」
「何言っても減給処分は取り消さないぞ」

「おべっか言ってるワケじゃあないんですケド? みんなだってソー思ってるよ、看守長って無駄~にミステリアスだから」

「ほら、本命を出せ」

「ヘイヘイ。あのさー、ウチだって、一回くらいは看守長と飲んでみたいと思ってるんだけど? 第一監獄の看守長は話が長いって有名だけど、ウチの看守長は話をしないんだもん」

「ああ、羨ましがられただろ。ほらさっさと仕事に戻れ」
「こんなご時世だし、親睦? ってのを深めるのもいいと思わない?」

「何のために上の世代を粛清したと思ってる?」
「ウチは知らないよ、世代じゃないモン」
「若者ぶるな」
「ウチ、まだ二十五だよ?」
「サバを読むな。それに、この前辞めた職員は十六だ」
「んへぇ! やっばぁ、ウチもお局様ってコト!?」
「話が終わったなら出て行ってもらっていいか?」

 俺は看守を追い出し、これ以上厄介な訪問を受ける前に執務室を後にした。

 そもそも、こういう書類は、俺がいないときにでもデスクの上に置いておいて貰えればいい。というかそうしてくれ。


「……はぁ。囚人番号は……」

 俺は再びファイルを眺めた。


「1082。『早急に処分せよ』か」

 備考欄が訴えるには、優先的に処刑してほしい、ということらしい。訴訟リスクでもあるのか?


 薄暗い廊下を淡々と歩く。
 俺はその独房の前に着いて、顔を上げた。

「……」

 囚人は、こちらに背を向けるようにして座っている。枷はかけられていないようだ。


 俺は脱走しないように気を張りながら、独房の中に入った。

「1082番」

 俺が扉を開けても1082は反応せず、片膝を抱えて座り、俯いている。

「おい、返事をしろ」

 俺は腕を掴んで引き上げ、その顔を見た。


 酷薄な瞳と視線が絡む。

 囚人服が場違いに見えるくらいに肌艶がいいのに、やけに似合っていると思うのは何故だろう。


「……やあ。今朝ぶりだな」

 官吏はバツが悪そうに、はにかみながら俺を見上げた。


 手の中の鍵束が床に落ち、耳障りな音を立てた。
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