第六監獄の看守長は、あんまり死なない天使らしい

白夢

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41 ハッピートリガー・ナイトメア

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 いや、いやいやいや。

 違う。官吏と似ているが別人だ。
 目元とか違う気がする。気がする。してくれ。


「仕事中の君を見たのは初めてだが、看守服が実に似合っているな」
「ああ……悪い夢だ……これは悪い夢だ……」

 俺は崩れ落ち、頭を抱えて目覚めようとした。酷い夢だ。


「君は他の看守と比べても、飛び抜けて冷酷そうだ。歩き方や足音にも威厳があっていい。存在するだけで空気が変わる。他の囚人が畏怖するのも無理はない」

「あぁ神よ、我が父よ……魔界に追放しただけじゃ飽き足らず、こんな妙ちくりんな悪夢に閉じ込めるなんてあんまりです……」

「意外に信心深いんだな」


 官吏は立ち上がり、俺が落とした鍵を取って鏡を操作し、外からの光を遮断した。

「ほら、看守がそんな様を囚人に見せてはいけないよ」

 官吏は俺の顔を覗き込み、聖女のように微笑んだ。


 ちょっとだけ正気を取り戻した俺は、そんな官吏を突き飛ばし、鍵を取り戻す。

「……なんでお前がここにいる」
「見ての通りだ。私は失脚し、後顧の憂いを断つため、処刑されるのだ」

「処刑されるのだ。じゃないんだが? お前、さっきまで俺の部屋に居ただろ。なんで出て来た? 買い物中に連行されたのか?」

「私の首に懸かっている賞金を知っているか? いずれ寮長が君の部屋を焼き払いかねないぞ」

「だからって檻の中に入る奴があるか!? こっちの方が明らかに危険だろうが!」
「何をもってして、誰の身が危険だというのだね?」

 官吏はこくっと首を傾げて微笑んだ。
 こんなときに笑うな。独房の中でヘラヘラしていいのは427だけだ。


「そんなに死にたかったなら、なんでしばらく寮にいたんだ! お前、楽しそうに彼奴らと遊んでただろうが、呑気に!」
「ああ、そうだな。君には悪いが、実に楽しかったよ」

 官吏は俺の怒りと比例するかのように、さらに笑みを深めて肩を竦める。


「何が? 俺が狼狽えてるのが、そんなに楽しかったか?」
「いや、君達の新婚生活を見ていると、まるで……そうだな、私のしてきたことも、何もかもが無駄ではなかったと思えたのだ」

「頭が沸いたのか? こうなったら俺が時間を稼ぐから、お前は帝国に亡命しろ。取り敢えず、また特例措置を出すから、治療棟にでも移動して……部屋も暗いし、ここよりマシだ」

 そう言って、俺は官吏の手を引いて立ち上がらせようとした。


「どこへ?」
「だから治療棟だ」
「私はどこも悪くないが」
「そんなこと分かってる。監獄医はいないが、病気の囚人用の部屋だから、ここよりは環境がマシなんだよ」
「……」
「おい、立てって!」
「……私は逃げる気はない」


 官吏は軽く首を傾げて、首筋を見せた。

 その首には、重い首輪が装着されている。



「似合っているか?」

 官吏は、どこか自慢げにそう言った。
 喧嘩の傷を自慢する子供みたいに、無邪気に。


「なんでお前、ずっとちょっと嬉しそうなんだよ」

「そう怒るな、怖いじゃないか。私は君の話も聞いたよ。大層恐ろしい看守長がいると……目をつけられたら最後、死ぬことすら許されず、暗い監獄で拷問されながら一生を終えるそうだね」


 たぶん594のことが飛躍してるな。
 勝手に俺を拷問マニアにしないでくれ。拷問マニアだけど。


「君はどんな拷問をするのかな。私は尋問学には関わりがなくてね」
「俺は体を痛めつけるより、心を折る方が得意でな」

「ふむ。とても天使らしい、素敵な個性じゃないか」
「死を前にして頭が変になったのか?」

 冗談なのかそうじゃないのかがよく分からない。
 だがいずれにしても、最悪だ。


「だが聞いてくれ、私は実に調子がいいんだ。世界が色づいて見えるのだ」
「縁起でもないことを言って悪かった。いいからここを出ろ、鏡に囲まれてるから、ここにいると誰でも変になる」

「気にするな、私はここにいる」
「黙れ、いいから俺に従え!」

 イライラしてきて、掴みかかると、官吏は哀しそうに微笑んだ。


「看守、私の刑を執行しなさい。我が愛国と心中できるのだ、これ以上ない終わりだろう?」

 官吏は、本当に憑き物が落ちたように爽やかな表情でそう言った。


「……馬鹿なこと言うな」
「そんな顔をしないでくれ、看守」
「馬鹿なことを言うな!」
「君は喜んで従うと思った」

 官吏が差し出した手を振り払う。
 死神みたいな細長い指。嫌だ、嫌だこんな風に触れたくない。

「……っ、お前は、お前はいつもそうだ! 身勝手で、俺の気持ちなんて何も考えなくて、いつも、いつも俺に一方的に、一方的に……!」

「……看守」

「そんな目で俺を見るな! 楽に死ねると思うな、楽になれると思うな! 何もかも思い通りにできると思うな!」
「……」

 官吏は、ちょっとびっくりしたような顔で俺を見ていた。

 図らずも薄いガラスを割ってしまったみたいな、小鳥の足を折ってしまったみたいな、ハムスターを踏みつけてしまったみたいな。


「……っ」

 このままこの部屋にいたら、こっちまで頭が変になりそうだ。
 俺は独房の扉に乱暴に手をかける。


「看守。担当の看守は、女性にしてくれないか」
「……はぁ?」

 突然呼び止めたと思ったら、官吏はまた妙ちくりんなことを言った。

「こう見えて、私はシャイなところがあってね。男性相手だと緊張してしまうんだ」

「……んなんなんだよお前は!!!」

 俺は叫んで、勢いよく独房の扉を閉める。


 そんなに女好きなら、例のサディストをあてがってやろうかとも思ったが、止めておいた。

 彼女を担当につけたら、望み通りに半日くらいで処刑されかねない。


 官吏が正気を取り戻すまで、時間を稼がないと。

 俺は足早に執務室に向かった。


 俺は担当の看守の欄に、乱暴に自分の名前の判をおす。

 俺が担当の看守になれば、処刑の責任は俺が持つことになる。
 担当の変更の申請権は俺にあり、許可を出すのも俺だ。
 そして、不服ではあるが、刑罰が死刑である限り、他の監獄に盗られることもない。


 とりあえず嘆願書を書き、恩赦でも再審でもなんでも、申請できるものは全部申請して時間を稼ぐ。

 その間に策を講じる。
 どんな手を使ってでも、官吏のことは死なせたくない。
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