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裏テーマ
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現在、俺のいるダンジョン最下層。
遅くなったが、ここがどういう場所か説明しよう。
喩えるなら、光るシマチョウの内側だ――うん、分かりにくい。分かりにくいものの喩えに分かりにくいものを使うとか、食レポで食べ物を喩えに使うくらいの愚行だ。
では、具体的にいうなら――
広さすらも分からないくらいに広大で、上層からの階段以外はつるりと滑らか。よく見るとその艶の奥に、消化器官の内側みたいな、細かなヒダが走っている。
そんな空間に、ぽつぽつと、うす青い球が浮かんでいた。
大きさは、サッカーボールくらい。
「この部屋、クサリちゃんにあげる」
青い球のひとつに、龍皇が触れる。
反対の手を、俺の肩に置いて。
(壁が出来た――いや、別空間への移動?)
すると俺たちを囲んで壁と床と天井が現れ、20畳くらいの部屋になっていた。何もない場所から、じわりと滲み出すように。壁が移動してきたのか、それとも俺たちがどこかの部屋へと移動したのか?
『鎖』を信じるなら、動いたのは俺たちだ。
足元から伝わってくる情報が、一瞬にして、別物となっていた。足の裏だけでは、認識する以前に筋肉が適応――バランスを取って打ち消してしまうレベルの誤差も、『鎖』は情報として届けてくれる。
俺は、ぞっとした。
もしこのタイミングで、龍皇がさっきみたいな誤情報を送ってきたなら――そんな想像が、浮かんだのだった。正確には、龍皇ではなく、彼女と同じことの出来る、俺の出会ったことの無い、姿形も分からぬ手練が。
戦慄する俺をよそに、龍皇はちゃっちゃと両手を振るう。
たちまち、椅子やベッドが現れた。
「は~い、着替えはここ。いくらでも入るから、遠慮しないでねえ。クサリちゃん以外には開けられないから、貴重品も置いてっちゃっていいわよ~」
促され、荷物をクローゼットにしまった。もっとも着替えは無いし、棲家から運んできた食料や野営道具なんかも、爺さんによって持ち去り済みだった――今頃、何をやってるのやら。
(ん?)
椅子に座り、ふと覚えた違和感に眉をひそめてると、龍皇が新たな球を出した。
片方で球、もう片方の手で俺に触れる。
また、別の部屋に移動した。
今度の部屋にも何もなかったが、すぐに机と椅子が現れた。
椅子に座った途端、理解できた。
違和感の理由が。
(そういうことか……)
龍皇が、にやりと笑って言った。
「さあ、エクササイズを始めましょう」
それから何をやったかと言えば、発声練習とロールプレイングだ。
あめんぼあかいなあいうえお的な、アレである。
「ゴブリンごんぶとゴリライモ!」
「ご、ぶ、いん、おぶ、そ、ぉおりあ、ぎ、お」
龍皇の言ったことを復唱するだけの簡単な訓練なのだが、普段使ってない発声用の筋肉を使うので、しんどいことこの上ない。そもそもこの人生の俺にとっての声帯なんて、魔物の鳴き真似をする時くらいにしか使ってなかったのだ。
「朝だ。激動の時代の幕開け、夜明け前が一番暗い。ともに手をとってとりあえず歩き出そう。私たち、ずっ友だよ。ずんだ餅30個が俺の最高記録」
「あぎょ、げぎぅ……おご、おっっっ!!」
というわけで舌と喉から出血し、上顎の筋肉がつった。
「は~い。人間はね、怪我をすると以前より滑舌が良くなるんですよ~」
しかし、無詠唱の治癒魔法で回復&訓練続行である。
そういえば、剣の訓練で怪我なんてしたことなかったなって思い出す。
(怪我なんて、剣の訓練でも………)
途中で自重した心の声を、龍皇に読まれた。
「はいはい。思ったことはどんどん口に出す~」
「……怪我したね?剣の訓練でも、怪我したこと無かったのに!」
前世でもやらなかった『殴ったね!?オヤジにも~』のパロディを、こんなところで強いられるだなんて……俺は、そういう定番セリフのパロディーを口にすることに非常に羞恥心を感じるタイプのオタクだったのに! 40代の上司が『おや、赤か……ってことは3倍?』なんてドヤ顔で言うのを聞いて気恥ずかしくモヤモヤしてしまうタイプだったというのに!
「はぁあああ~可愛い。真っ赤になっちゃったクサリちゃん、可愛い!」
その後でやったロールプレイングは、意外と無難だった。
冒険者とギルドの職員という設定での会話だ。
「クサリさん、この間、新人イビリの先輩冒険者を半殺しにしてましたね」
「ば、い……ごの、ばぁい……わだ、じは、ぶ、む……むざい、でづ、よね?」
「はい。冒険者間のトラブルについては、基本的にギルドは関与しません。もっとも、被害者側の金銭的損失や怪我の度合いにもよりますが」
「わだ、じは……うで、をお、ぼぉ、折って耳をじ、ちぎったぐ、らいでづ、から……だいじょぶ、でづよ、ね?」
「クサリちゃん、ちょっとそれはヤリ過ぎかな」
「……ばんぜい、じます」
訓練後は、また別の部屋に移動して食事だ。
食事中は、ダンジョンでの暮らしについて龍皇に質問された。普段の爺さんがどんななのか知りたがってるのが丸わかりで(この2人の過去に何が……)と興味を抱かずにはいられない俺だった。予想はつくけど。
食事が終わったら、自室に戻って寝るだけだ。
そういえば、この人生の俺にとって、一人っきりで寝るのはこれが始めてだった。
(3ヶ月で……どれだけ上達出来る?)
思ったのは、コミュ力についてではない。
『鎖』で龍皇の動きを読もうとして失敗した、あの瞬間。あの時、龍皇が使った技。俺は『鎖』から読み取った情報に惑わされ、逆に龍皇に身体のコントロールを奪われてしまった。
龍皇が、『鎖』を通じて俺をハッキングしたと考えるのが妥当だろう。
『鎖』の読みを無効化されたという驚異。それと同時に『あの技が自分にも使えたら』という想いが、俺の中にあった。
さっきの会話のトレーニング中にも、俺は『鎖』で龍皇の動きを読もうと何度もチャレンジした。しかし失敗。そんな俺を、龍皇が咎めることは無かった。
それで、確信した。
龍皇の、あの技を盗むこと。
おそらくは、それが今回の龍皇訪問の裏テーマだ。
しかし、あの技をどうやって身に着けるか。
部屋を見回し、今日あったことを思い出し。
翌日、仮設を立てた。
そして、更に何日か後。
トレーニングが始まる前、俺は言った。
「……待っで」
遅くなったが、ここがどういう場所か説明しよう。
喩えるなら、光るシマチョウの内側だ――うん、分かりにくい。分かりにくいものの喩えに分かりにくいものを使うとか、食レポで食べ物を喩えに使うくらいの愚行だ。
では、具体的にいうなら――
広さすらも分からないくらいに広大で、上層からの階段以外はつるりと滑らか。よく見るとその艶の奥に、消化器官の内側みたいな、細かなヒダが走っている。
そんな空間に、ぽつぽつと、うす青い球が浮かんでいた。
大きさは、サッカーボールくらい。
「この部屋、クサリちゃんにあげる」
青い球のひとつに、龍皇が触れる。
反対の手を、俺の肩に置いて。
(壁が出来た――いや、別空間への移動?)
すると俺たちを囲んで壁と床と天井が現れ、20畳くらいの部屋になっていた。何もない場所から、じわりと滲み出すように。壁が移動してきたのか、それとも俺たちがどこかの部屋へと移動したのか?
『鎖』を信じるなら、動いたのは俺たちだ。
足元から伝わってくる情報が、一瞬にして、別物となっていた。足の裏だけでは、認識する以前に筋肉が適応――バランスを取って打ち消してしまうレベルの誤差も、『鎖』は情報として届けてくれる。
俺は、ぞっとした。
もしこのタイミングで、龍皇がさっきみたいな誤情報を送ってきたなら――そんな想像が、浮かんだのだった。正確には、龍皇ではなく、彼女と同じことの出来る、俺の出会ったことの無い、姿形も分からぬ手練が。
戦慄する俺をよそに、龍皇はちゃっちゃと両手を振るう。
たちまち、椅子やベッドが現れた。
「は~い、着替えはここ。いくらでも入るから、遠慮しないでねえ。クサリちゃん以外には開けられないから、貴重品も置いてっちゃっていいわよ~」
促され、荷物をクローゼットにしまった。もっとも着替えは無いし、棲家から運んできた食料や野営道具なんかも、爺さんによって持ち去り済みだった――今頃、何をやってるのやら。
(ん?)
椅子に座り、ふと覚えた違和感に眉をひそめてると、龍皇が新たな球を出した。
片方で球、もう片方の手で俺に触れる。
また、別の部屋に移動した。
今度の部屋にも何もなかったが、すぐに机と椅子が現れた。
椅子に座った途端、理解できた。
違和感の理由が。
(そういうことか……)
龍皇が、にやりと笑って言った。
「さあ、エクササイズを始めましょう」
それから何をやったかと言えば、発声練習とロールプレイングだ。
あめんぼあかいなあいうえお的な、アレである。
「ゴブリンごんぶとゴリライモ!」
「ご、ぶ、いん、おぶ、そ、ぉおりあ、ぎ、お」
龍皇の言ったことを復唱するだけの簡単な訓練なのだが、普段使ってない発声用の筋肉を使うので、しんどいことこの上ない。そもそもこの人生の俺にとっての声帯なんて、魔物の鳴き真似をする時くらいにしか使ってなかったのだ。
「朝だ。激動の時代の幕開け、夜明け前が一番暗い。ともに手をとってとりあえず歩き出そう。私たち、ずっ友だよ。ずんだ餅30個が俺の最高記録」
「あぎょ、げぎぅ……おご、おっっっ!!」
というわけで舌と喉から出血し、上顎の筋肉がつった。
「は~い。人間はね、怪我をすると以前より滑舌が良くなるんですよ~」
しかし、無詠唱の治癒魔法で回復&訓練続行である。
そういえば、剣の訓練で怪我なんてしたことなかったなって思い出す。
(怪我なんて、剣の訓練でも………)
途中で自重した心の声を、龍皇に読まれた。
「はいはい。思ったことはどんどん口に出す~」
「……怪我したね?剣の訓練でも、怪我したこと無かったのに!」
前世でもやらなかった『殴ったね!?オヤジにも~』のパロディを、こんなところで強いられるだなんて……俺は、そういう定番セリフのパロディーを口にすることに非常に羞恥心を感じるタイプのオタクだったのに! 40代の上司が『おや、赤か……ってことは3倍?』なんてドヤ顔で言うのを聞いて気恥ずかしくモヤモヤしてしまうタイプだったというのに!
「はぁあああ~可愛い。真っ赤になっちゃったクサリちゃん、可愛い!」
その後でやったロールプレイングは、意外と無難だった。
冒険者とギルドの職員という設定での会話だ。
「クサリさん、この間、新人イビリの先輩冒険者を半殺しにしてましたね」
「ば、い……ごの、ばぁい……わだ、じは、ぶ、む……むざい、でづ、よね?」
「はい。冒険者間のトラブルについては、基本的にギルドは関与しません。もっとも、被害者側の金銭的損失や怪我の度合いにもよりますが」
「わだ、じは……うで、をお、ぼぉ、折って耳をじ、ちぎったぐ、らいでづ、から……だいじょぶ、でづよ、ね?」
「クサリちゃん、ちょっとそれはヤリ過ぎかな」
「……ばんぜい、じます」
訓練後は、また別の部屋に移動して食事だ。
食事中は、ダンジョンでの暮らしについて龍皇に質問された。普段の爺さんがどんななのか知りたがってるのが丸わかりで(この2人の過去に何が……)と興味を抱かずにはいられない俺だった。予想はつくけど。
食事が終わったら、自室に戻って寝るだけだ。
そういえば、この人生の俺にとって、一人っきりで寝るのはこれが始めてだった。
(3ヶ月で……どれだけ上達出来る?)
思ったのは、コミュ力についてではない。
『鎖』で龍皇の動きを読もうとして失敗した、あの瞬間。あの時、龍皇が使った技。俺は『鎖』から読み取った情報に惑わされ、逆に龍皇に身体のコントロールを奪われてしまった。
龍皇が、『鎖』を通じて俺をハッキングしたと考えるのが妥当だろう。
『鎖』の読みを無効化されたという驚異。それと同時に『あの技が自分にも使えたら』という想いが、俺の中にあった。
さっきの会話のトレーニング中にも、俺は『鎖』で龍皇の動きを読もうと何度もチャレンジした。しかし失敗。そんな俺を、龍皇が咎めることは無かった。
それで、確信した。
龍皇の、あの技を盗むこと。
おそらくは、それが今回の龍皇訪問の裏テーマだ。
しかし、あの技をどうやって身に着けるか。
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