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VS亜竜(2)
しおりを挟む羽が無い。
亜龍族と龍を隔てるのは、主にその一点だ。
それ以外は、あと一点を除き、大きく変わるところは無い。
上級種になるにつれ使える能力が増え、巨大になっていくのも同じ。ただし亜龍族の場合、進化に上限がある。これが、もう一点の違いだ。サイズとしては体長20メートル。能力としてはブレスを吐くところまで行けば、その先は無い。だから、龍皇みたいな存在が生まれることもない。
さて、いま馬車に迫って来てる亜龍族がどんなものかというと――
サイズに関しては、ほぼ上限まで達している。目測で18メートルは下らない。『鎖』の情報だと、それに1.5メートル足される感じだ。
しかし――
「20メートルなんて、そんなもんじゃないぞ」
「亜龍族!? 本当は火竜なんじゃないか?」
「駄目だ……あんなのから逃げられるはずがない」
――馬車の乗客たちには、それよりずっと大きく見えてるみたいだった。
恐慌のせいもあるだろうし、それ以前に、20メートルというのは人間が日常的に目にする大きさじゃない。いきなり20メートルのものを見せられて、本当にそれが20メートルなのかどうか、正確にジャッジできるやつの方が少ないだろう。
前世で東京アイドルフェスティバルのついでに見に行ったお台場のガンダムも、そうだった。一緒に行った仲間の、ある者は『30メートルはありそう』と言い、またある者は『14、5メートルくらいにしか見えない』と言っていた。
もっとも、実測が何メートルだろうと、巨大なのは変わらない。あの亜龍族、能力的にどこまでいってるかは不明だが、馬車なんて尾っぽの一振りでばらばらになってしまうだろう。
俺はといえば、たいして焦っていない。亜龍族との距離が100メートルをきった今も、危機感としては、3メートル先のゴブリンに対するのと大差なかった。
まあ、なんとかなるだろう。
亜龍族は、決して倒せない魔物じゃない。どれだけ大きかったとしてもだ。時間をかければC級冒険者のパーティーでも討伐できるし、A級冒険者ともなればソロでも余裕でいける。
というわけでだ――この男が、立ち上がって言った。
ルゴシ=チクーナだ。
「いやいや、皆さん運が良かった。このA級冒険者にして金線級魔術師の、ルゴシ=チクーナが同じ馬車に乗ってるところへ亜龍族が現れたんですから。さあ、そこの紳士、そこの淑女! いまここに居合わせる善男善女よ――鞄はどんな具合かな? 土産話を詰める場所を、ちゃぁんと空けときなさいよ!」
おお、と声を上げる乗客たち。
それを見渡しながら、ルゴシが彼の奴隷たちに囁く。
『鎖』で、俺は聞いた。
やつは、こう言ったのだった。
「分かるね?――これが『何かあった時』だ」
と。
乗客たちに見送られ、ルゴシが馬車を降りた。
そして、馬車を結界で覆った。
「おお。これは……これが金線級魔術師の結界! 皆さん! 魔術を嗜んでない方には分からんでしょうが、これは恐ろしく素晴らしい結界ですぞ! 見てごらんなさい。このキラキラとした黄金の魔力の格子! 亜龍族? いやいや上級火竜のブレスですら、余裕尺尺で跳ね返すに違いありません!」
乗客の、老人が叫んだ。
さっき『魔術を嗜んでる』と話してた老人だ。
沸き立つ興奮のまま、乗客たちは外を見た。
外では、ルゴシが歩き出していた。
きっと、亜龍族に強力な一撃を加えてくれるのだろう。
それは、如何な?
期待を込めた視線を浴びながら、ルゴシは歩いていく。
10メートル、20メートル、30メートル……
馬車から離れ。
100メートル、200メートル、300メートル……
そして、龍からも離れていく。
500メートルを過ぎた辺りで、誰かが気付いた。
このままだと、どうなるのかを。
「おい、これって……もしかして?」
亜龍族の視線は、馬車に向けられている。
仮にいますぐ襲ってきたとしても、心配することはない。
ルゴシの張った結界は、俺から見てさえも過剰に堅牢。さっきの老人が言った通り、亜龍族どころか上級火竜――数発であれば炎龍のブレスすら凌いで見せるだろう。
「この結界、どれだけ……いや、いつまで保つんだ?」
しかし、結界はいずれ消える。
術式の魔力が尽き、術者からの供給も途絶えたなら。
だから――
亜龍族は、待つだけでいい。ただそこで待つだけで、柔い皮に包まれた、新鮮な肉にありつくことが出来る。
そしてその時、ルゴシはいない。
こう解釈するしかない。
「置き去りに……されたのか? 我々は……餌? 囮? 生贄?」
ルゴシは、逃げ出したのだ。離れていく彼を、亜龍族は追いかけない。目先の肉より、いずれ自分のものとなる、もっと沢山の肉の群れを逃さぬために――結界の失せる一瞬を、見逃さぬために。
「あ、ああ……なん、で………なん、で……金線級魔術師なのに。金線級魔術師が、どうして………」
何故か中腰で固まる老人から、俺は目を移す。
ウィルバーへと。
彼はもう、俺の側から離れていた。
さっきまで、ルゴシが足を組んでた席だ。そこでウィルバーは、両脇に座る少女たちの声に耳を傾けていた。ルゴシの所有物である、奴隷の少女たちの声に。
「わたし、たちは……村から攫われて……売られる途中で………」
「最初は、怖かったけど……売られるなんて嫌だって思ってたけど………」
「売れなかったら、もっと酷い場所で、また売りに出されるから……」
「それが分かったから………早く売られたい……どんな人でも、いいから………買って欲しいって思うようになって…………」
ひたすら、うんざりさせられる独白だ。
とはいっても、他の乗客たちにしたって――
「おい。ルゴシ、偽物だったのか? A級冒険者とか金線級魔術師とか、全部ウソだったっていうのか?」
「いや、それは無い。あのローブを見れば分かる」
「騙されたんじゃないか? あの、魔術をやってるっていう爺さんと同じで」
「嘘じゃない。あいつの着ていた、あの魔導衣は本物だ。俺も見たことがある。偽物だったら――銀線級以上の術士じゃなかったら、袖を通すことすら出来ない。あいつは本物だ」
「そうだ。だって、ほら。現にこの結界――亜龍族が手出ししようとすらしない」
「それは、手間を省いてるだけだろうに。無駄な力を、使いたくないんだよ。黙ってたって、そのうち結界は消えるんだから」
「ちょっと、ちょっと待ってくれ! みんな――違うんじゃないか?」
「違うって、何がだよ」
「いま考えるべきなのは『あの男が本物だったかどうか』じゃないだろう? 『我々がどうするか』だろう――違うか?」
――話の結論がどうなるかは、うんざりするほど分かりきってる。
俺は『鎖』を床に垂らした。
乗客たちは、きっとこう考えるだろう――結界が消えたと同時に馬車を走らせ、亜龍族から逃げるしか無いと。餌を差し出して、亜龍族がそれを食べてる間に。餌には、何を使う? 考えるまでもない。逃げ出した、あの男。我々を囮に使った、あの男。あの男の所有物を使えばいい。あの男の所有物である――あの少女たちを。
「みなさん、ご覧になりなさい!」
足を踏み鳴らし、俺は言った。同時に『鎖』で乗客たちの身体の制御を奪う。椅子に座らせ、顔の向きを変え、皆の視線を、一点へと集中させる。
「ご覧なさい――彼を! 彼の背中を!」
さらに『鎖』を駆使し、乗客たちの視力をアップ。
俺が、乗客たちに見せつけたそこには。
そこには、血まみれでしゃがみ込む、一人の男がいた。
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