誰も殺さぬ残虐令嬢

ZUZU

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そして闇の中へ

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 負けに等しい勝利の後。
 私は、病院に運ばれ入院することになった。

 いつもなら、試合後の記憶はとんでいる。
 試合をしていたと思ったら、次の瞬間『蒼穹のプリフィクス』PCの画面を見ているのだ。
 拳を叩きつけてた手は、マウスをクリックし。
 聞こえていた呻きと荒い呼吸も、シャルロット美少女の声に変わる。

 そして私は気付く――自分が試合を終え帰宅し、『蒼穹のプリフィクス』をプレイしていたのだということを。

 それが、いつものことだった。

 でもその日は、違った。
 試合場から運び出され、手術を受け病室に運ばれた。
 その間も記憶は継続し、私は何ひとつ忘れていなかった。

 ずっと、同じことを考え続けていた。

 私は、試合に勝った。
 だが暴力の応酬においては、負けていた。
 しかし、薬物の副作用がなければ勝っていた。
 だがこれまでの勝利を助けたのも、薬物だ。
 私が勝ったのは、レイプされなかったから。
 しかしそれは、相手が私に欲情できなかったからに過ぎない。

 昏くてじくじくした屈辱の感情と、それを昇華しようとしては失敗する心の働きが、堂々巡りを繰り返している。

 この試合で、私の商品価値はどう変わったのか。
 単純に落ちた・・・とは言えないだろう。
 もちろん元のままではないが、落ちたというよりは、変質したとでも言うべきではないだろうか。
 そんな直感はあるのだが、痛めつけられた身体が、思考を妨げる。

 鬱々としながら、病室の天井を眺めて数日。

 朝の検診で退院の日時を告げられた。
 そんな午前に、彼は訪れたのだった。

 細身のスーツに身を包んだ、濡れた黒瞳の美青年。

 彼は、あの――老人の孫なのだという。
 年齢は私と同じ、というか、高校の同級生だった。

「憶えてた?」

 昔のぽっちゃりした少年の記憶と、いま目の前にいる美青年が重ならず眉をひそめる私に、微笑して、彼は話してくれた。

 老人がほぼ引退状態で、現在は彼が事業を引き継いでいること。
 最近のコンプライアンスチェックにより、これまで隠匿されていた、私や試合についてのあれこれが明らかになったこと。
 それらが、老人が顧問を務める外部団体に移管されるのを、寸前で彼が差し止めたこと。

 そして――

「君は、自由だ」

――正しく算出されたファイトマネーにより父の負債が完済され、加えて数億円が今後十数年間に渡って分割で支払われること。

 数億円とは、それだけのものを老人が私の試合で得て、同時に私から奪ったということなのだろう。
 慰謝料でもあり、口止め料でもあり、純粋な分け前でもある。
 住む場所についても新たに世話してくれるのだそうで、こっちがその気なら仕事も世話してくれるに違いない。

 自分の商品価値や次の試合がどうなるかなんて考える必要は無い。
 私の価値は、こうして精算され、十分なリターンが得られたのだった。

 更に数日後。

 退院して、私が最初に向かったのは秋葉原の電気街だった。
 入院していた病院の最寄り駅が秋葉原だったのに加え、予感があった。

『蒼穹のプリフィクス』の続編が発売されてるかもしれないという、予感だ。

 続編が作られるという情報が出てから一週間しか経っていなくて、絶対にそんなことは有り得ないのに、何故か私は、そんな予感を抱いて中央通りに向かった。
 昭和通りを越えガード下を過ぎるとソフマップが見えてくる。
 その頃には予感が確信へと変わり、急に痛みだした足を引きずって小走りになって――

 そして、跳ねられた。

 横断歩道のない場所で道を渡ろうとして、トラックに跳ねられ、私は空を飛んだ。
 そして、見た。

『始まりのワールズ・エンド』

 そう書かれていた。
 それが、続編のタイトルか。

 大黒屋の上の看板。

 美少年・美青年たちに囲まれた、シャルロット。
 その脇には、こう書かれていた。

「私の世界じんせいは、ここから始まる」

 と。

(良かったね……良かったね、シャルロット)

 思いながら私は、中央通りを渡り切るまであと数メートルの位置に落下し。

 そして。

 闇の中にいた。

 目の前の、彼女が言った。

「これから、私はあなたとして生き、あなたは私として生きるわけなのだけど――あなたばかり、ずるいわ」

 と。

「教えてくれるわよね? あなたのこと」

 と。
 
 そうして、私の人生のすべてが、シャルロット=フォン=ワルダークに知られることとなったのだった。

 
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