【R18】犬猿の仲なもので

冬見 六花

文字の大きさ
4 / 15

しおりを挟む


暗い夜道。

久々に思い出した幼馴染のことを考え俯きながら帰路についていた。
歩き慣れているこの道も、なんだか今日は不穏に見えるのは気のせいだろうか。

だけど家まであと少し。
こうなったら早歩きか小走りで家路を急ごうと思ったとき――――


こちらの方に大きく伸びる地面を黒く割ったような影を見て、ヒュッと内臓が持ち上がるような恐怖を感じた。
その影の登場に見える耳は小さくて丸く、影の中央下から伸びるしっぽは細く長い。
無意識に顔を上げたその先にいたのは、常連の鼠獣人さんだった。

私と目が合いうっそりと微笑んだその顔を見て怖気立ち、スカートの中に隠している短い尾の毛が逆立つのを止められない。

「あ……ぇと………」
「先ほどぶりだね。ラキさん。もう夜も遅いからお家まで送るよ。家はこっちだよね」
「え……なんで……」


なんで私の家を知っているような口ぶりなのだ…?


そんな私の疑問が顔に出ていたらしく、鼠獣人さんがうっそりと微笑んだ。

「僕ね、君の仕事が終わるのが遅いからいつも家まで見守ってあげていたんだ。たまに羊と犀と一緒に帰っていたようだけどあいつらなんか頼りにならないからダメだよ?夜道は危ないんだ。変なやつが後をつけるかもしれないでしょ?だから僕がちゃんと送ってあげていたんだ。でも君の家はちょっとセキュリティ面で心配だよ。あんな開けやすい鍵の家、可愛い君が住むには不用心だ。――――あぁ!そうだ僕が今泊まっている宿に行こう!その後は僕の住む街に行って一緒に住もうね。きっと君なら気に入ってくれるとっても良い街なんだ。ね?ラキ。行こう?」


いや、変なやつはお前だ―――!!

なんてツッコミを入れられないほどに恐い!!
もしかしてこの人、私の家に入ったことがあるのだろうか…?
入って何をした?家の中に何か置いたとか?合鍵を作られていたら……

グルグルと目まぐるしく恐ろしいことが頭をよぎる。

頭上にある鼠の小さい耳は可愛いのに、体だってそんなに大きくなくて身長そんなに変わらないのに、とにかく恐い。
私をずっと見つめながらニタリと笑むその笑顔すらも恐い。




逃げなきゃ。

でも家知られてるみたいだし、もし家に押しかけられたら…

もし合鍵を作られていて中に押し入られたら終わりだ。

どうしよう。

どうしよう。

走って逃げても私運動不足で脚速くない。犬なのに。

でも鼠よりは速い?

でも逃げるってどこに?

家にも帰れないのに。

どうしよう。

どうしよう。




「さぁラキ。行こう?」

「っ!……っ、……やぁあ!」




もうどっちが速いとかどうでもいい。―――逃げなきゃ。





夜の街にぺたんこパンプスを履いた自分の足音が五月蝿く響く。
こんなんじゃ追いつかれる。
こんなんじゃどこにいるのかわかってしまう。


だけど今は逃げなきゃ。逃げなきゃ。逃げなきゃ。


「―――ハァッ、……ハッ、……ハッ、……ハッ」


自分ではない足音が後ろからする。
ついてきてる。
追われている。
近づいてきてる。
追いつかれる。



どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。






ドンッ!!!






何も考えずに右に曲がろうと、曲がり角を勢いよく駆け抜けようとして、私は誰かにぶつかった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうせ運命の番に出会う婚約者に捨てられる運命なら、最高に良い男に育ててから捨てられてやろうってお話

下菊みこと
恋愛
運命の番に出会って自分を捨てるだろう婚約者を、とびきりの良い男に育てて捨てられに行く気満々の悪役令嬢のお話。 御都合主義のハッピーエンド。 小説家になろう様でも投稿しています。

ずっと好きだった獣人のあなたに別れを告げて

木佐木りの
恋愛
女性騎士イヴリンは、騎士団団長で黒豹の獣人アーサーに密かに想いを寄せてきた。しかし獣人には番という運命の相手がいることを知る彼女は想いを伝えることなく、自身の除隊と実家から届いた縁談の話をきっかけに、アーサーとの別れを決意する。 前半は回想多めです。恋愛っぽい話が出てくるのは後半の方です。よくある話&書きたいことだけ詰まっているので設定も話もゆるゆるです(-人-)

前世で私を嫌っていた番の彼が何故か迫って来ます!

ハルン
恋愛
私には前世の記憶がある。 前世では犬の獣人だった私。 私の番は幼馴染の人間だった。自身の番が愛おしくて仕方なかった。しかし、人間の彼には獣人の番への感情が理解出来ず嫌われていた。それでも諦めずに彼に好きだと告げる日々。 そんな時、とある出来事で命を落とした私。 彼に会えなくなるのは悲しいがこれでもう彼に迷惑をかけなくて済む…。そう思いながら私の人生は幕を閉じた……筈だった。

私、お母様の言うとおりにお見合いをしただけですわ。

いさき遊雨
恋愛
お母様にお見合いの定石?を教わり、初めてのお見合いに臨んだ私にその方は言いました。 「僕には想い合う相手いる!」 初めてのお見合いのお相手には、真実に愛する人がいるそうです。 小説家になろうさまにも登録しています。

【完結】2番目の番とどうぞお幸せに〜聖女は竜人に溺愛される〜

雨香
恋愛
美しく優しい狼獣人の彼に自分とは違うもう一人の番が現れる。 彼と同じ獣人である彼女は、自ら身を引くと言う。 自ら身を引くと言ってくれた2番目の番に心を砕く狼の彼。 「辛い選択をさせてしまった彼女の最後の願いを叶えてやりたい。彼女は、私との思い出が欲しいそうだ」 異世界に召喚されて狼獣人の番になった主人公の溺愛逆ハーレム風話です。 異世界激甘溺愛ばなしをお楽しみいただければ。

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

【本編,番外編完結】私、殺されちゃったの? 婚約者に懸想した王女に殺された侯爵令嬢は巻き戻った世界で殺されないように策を練る

金峯蓮華
恋愛
侯爵令嬢のベルティーユは婚約者に懸想した王女に嫌がらせをされたあげく殺された。 ちょっと待ってよ。なんで私が殺されなきゃならないの? お父様、ジェフリー様、私は死にたくないから婚約を解消してって言ったよね。 ジェフリー様、必ず守るから少し待ってほしいって言ったよね。 少し待っている間に殺されちゃったじゃないの。 どうしてくれるのよ。 ちょっと神様! やり直させなさいよ! 何で私が殺されなきゃならないのよ! 腹立つわ〜。 舞台は独自の世界です。 ご都合主義です。 緩いお話なので気楽にお読みいただけると嬉しいです。

黒騎士団の娼婦

イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。 異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。 頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。 煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。 誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。 「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」 ※本作はAIとの共同制作作品です。 ※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。

処理中です...