【R18】騎士も泣かずば撃たれまい

冬見 六花

文字の大きさ
10 / 15

10

しおりを挟む
泣いてる…。


厳格で屈強で男らしい誰よりも強いアルガルド様が、号泣している。
しゃくりあげ、広い肩を揺らし、私の両肩を掴むから涙を拭いもせずに、ポロポロとというよりもダーーーッと涙を投げ落とすように泣いている。



それを見て、――――ドクン――――と、体が熱くなるのを感じた。



「俺はっ、君といたい…っ、……君とずっと、一緒にいたい……お願いだ、フェリシア。……そんな、思い出の中の、君を幸せにしようとしない男なんか忘れてくれ………俺を、君の傍に置いてくれっ、頼む……」

「………っ」

「俺は君のことが、……フェリシアが好きなんだっ……」



濡れている。

群青が濡れている。
溢れすぎやしないかというほど濡れに濡れている。

12歳のとき、春の暖かな日差しの中で見た群青が今、青黒い夜闇の下で濡れている。
涙は頬を伝い顎に着き、玉の雫となって次々と落ちていく。

ボタボタ……ボタボタと……







その瞬間、



胸を打たれた。

否、撃たれた。








同じだ。

あの時に感じた落雷のような衝撃と同じだ。
私を捕らえて離さなかったあの頃と同じだ。
溢れすぎやしないかと思うその涙に濡れる群青の瞳が、いや、群青の瞳を滲ませる多すぎな涙が。


いや、もっとだ。
あの頃よりももっと強い。



もっと強く、重い衝撃となって私を焦がす。




―――――……欲しい。



この群青が、この涙が、……この男が、堪らなく欲しい。
この人と誰かの幸せを願っていた数分前に戻れない。
私が、
私がこの人の隣にいたい。
この人の涙を、泣き顔を、私だけが見たい、私だけが知っていたい。


そう思ってしまった。



もう、



戻れない………―――――






「すっ、……すまない、こんな、情けない姿っ……でも、俺は……」
「好き」
「………え」
「好きです。私、あなたが好きです。あなたの隣にいたいです。お見合いなんて行かないでください」
「…フェリシア、本当に……?」
「誰のものにもならないで?私だけのアルガルド様でいて?誰にも、……誰の前でも泣かないで?アルガルド様が泣くのは私の前だけにして?」
「いや、君の前でも泣きたくないのだが………でも、自分で言っておいてアレだが……いいのか?その忘れられない男が……」
「だってその人はアルガルド様ですもん」
「!!?」

涙を出しすぎて目尻が少し赤くなってしまっているアルガルド様が瞠目した。
そのおかげで大好きな群青がよく見えた。

「デビュタントの日、少年騎士だったあなたに会って私は一生あなたを心に置いて生きていくと決めたんです。今の今まで気持ちは変わりませんでした…。―――でも、そのあなたが泣きながら私を求めてくれるだなんて、こんな幸せは世界中探したってありません」
「お、俺が……君の……?」

アルガルド様は驚きすぎてしまったのか溢れかえっていた涙がピタリと止まっている。

―――――……あぁ、もっと泣き顔が見たかったのに。


「もう、アルガルド様は覚えておられないですよね。私がデビュタントの日に……」
「覚えているっ!!君と初めて出会った日のことを忘れるはずがない!俺はあの日からずっと君のことを想っていたんだっ!」

今度は私が瞠目する番だった。
まさか覚えているだけでなく、あの日に私に心をくれていたとは。
そしてその気持ちをずっと持ってくれていたとは…。

「本当にあの日から俺を…?あの日のことは俺にとって大切な思い出でもあるが恥ずかしい過去でもある。君にあんな情けない姿……あぁ、それは今もなんだが……」
「情けなくなんかありません。私はあの日、アルガルド様を好きになってしまったんです。撃ち抜かれてしまったんです。何を話したかはもう忘れちゃったけど、でも、一生あなたを好きでい続けたいから結婚も恋愛もせずに生きていこうと12歳の子供が決意して今の今まで思っていた程に強く、あなたを好きになったんです」
「フェリシア……」

ずっと私の肩を掴んでいた手が宝物に触れるようにゆっくりと私の髪を、頬を撫でた。
少しくすぐったい。―――そう思うのは体か、心か。

自分の手をその手に添えて、厚く大きな手のひらに頬をすり寄せた。
するとアルガルド様がいつものポトリと落とすような、でもとびきり甘い笑みを向けて私の頬を親指でスルリと撫でた。


「あの日、君は俺に泣いてもいいと、言ってくれたんだ」


群青にまた、水量が増える。
庭園のライトを白く反射させて、キラキラと照り輝いている。


しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

どうせ運命の番に出会う婚約者に捨てられる運命なら、最高に良い男に育ててから捨てられてやろうってお話

下菊みこと
恋愛
運命の番に出会って自分を捨てるだろう婚約者を、とびきりの良い男に育てて捨てられに行く気満々の悪役令嬢のお話。 御都合主義のハッピーエンド。 小説家になろう様でも投稿しています。

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

黒騎士団の娼婦

イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。 異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。 頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。 煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。 誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。 「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」 ※本作はAIとの共同制作作品です。 ※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。

顔も知らない旦那様に間違えて手紙を送ったら、溺愛が返ってきました

ラム猫
恋愛
 セシリアは、政略結婚でアシュレイ・ハンベルク侯爵に嫁いで三年になる。しかし夫であるアシュレイは稀代の軍略家として戦争で前線に立ち続けており、二人は一度も顔を合わせたことがなかった。セシリアは孤独な日々を送り、周囲からは「忘れられた花嫁」として扱われていた。  ある日、セシリアは親友宛てに夫への不満と愚痴を書き連ねた手紙を、誤ってアシュレイ侯爵本人宛てで送ってしまう。とんでもない過ちを犯したと震えるセシリアの元へ、数週間後、夫から返信が届いた。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。 ※全部で四話になります。

悪役令嬢だとわかったので身を引こうとしたところ、何故か溺愛されました。

香取鞠里
恋愛
公爵令嬢のマリエッタは、皇太子妃候補として育てられてきた。 皇太子殿下との仲はまずまずだったが、ある日、伝説の女神として現れたサクラに皇太子妃の座を奪われてしまう。 さらには、サクラの陰謀により、マリエッタは反逆罪により国外追放されて、のたれ死んでしまう。 しかし、死んだと思っていたのに、気づけばサクラが現れる二年前の16歳のある日の朝に戻っていた。 それは避けなければと別の行き方を探るが、なぜか殿下に一度目の人生の時以上に溺愛されてしまい……!?

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜

咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。 もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。 一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…? ※これはかなり人を選ぶ作品です。 感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。 それでも大丈夫って方は、ぜひ。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

処理中です...