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しおりを挟む「あの頃、騎士の道を強制的に歩まされ、時折どうしても遣る瀬無い気持ち…というか泣きたい気持ちに襲われてはここで1人で泣くのが俺の癖だった。……あの日もそんな気持ちに駆られて、剣術も思ったようにできない苛立ちもあっていつも以上に大泣きしていたらフェリシアが現れた」
「あはは、あの日迷子になっちゃって……」
苦笑いする私のことをアルガルド様が泣き笑いして見つめる。
「俺は君の名も聞かず名乗りもしないまま愚痴をこぼした。できないことが叱咤され、できたとしてもそれが当たり前な今いる場所が息苦しい。そしてそう思う弱い自分が嫌で悔しい気持ちになると勝手に涙が溢れてしまう。男なのにこんな泣き虫でみっともない、とな。―――――…そうしたら君は、泣いていいと言った。泣くことは笑うことと怒ることと同じくらい大切なことだから男も女も関係ないと。泣くほど苦しくて悔しいということはそれほど真剣に向き合っている証拠だと俺を励ましてくれた」
「え、偉そうなことを、言ってしまいましたね……」
「そんなことない。本当に嬉しかったんだ」
いつもより甘く穏やかな声で、口下手な彼がたくさん言葉を尽くしてくれることが嬉しい。
「散々愚痴を聞いてもらったのに君の名前すら聞かずに別れてしまったことをとても後悔した。君にもう一度会いたくて色んなパーティーや夜会に行ったみたが見つからなかった」
「あ…私ずっと家で勉強ばっかしてたから……。じゃあ今回のことで私が城勤めだとお知りに?」
「いや、君を知ったのはノエルの秘書補佐官となってすぐぐらいだ」
「え、じゃあ2年も前から!?」
「むしろ気付くのが遅すぎだと思った。フェリシアはもっと前から城に勤めていたというのに気付かなかったからな…」
シュン、と落ち込む姿がまるで叱られた犬のようで可愛い。
「アルガルド様は遠征で城を離れることも多かったんだから一介の事務員に気が付くなんて無理ですよ。じゃあ私のことは殿下から?」
「いや、本当にたまたま城内で君を見かけたんだ。調べたらノエルの部下だということに驚いた。その過程でノエルに俺の気持ちがバレてしまったから君が俺の初恋の女性であることを話すと君が独身主義なことを知った」
「あ……」
「どうしていいかわからなかった。恋人すら必要ないと言っている君に迫って困らせたくないと思ったしノエルからも諦めろとよく言われていた。俺も君を忘れることなどできないが、どうにか気持ちに区切りをつけるべきだなとやっと思い始めていたとき、どういうわけかノエルが急に今回の見合いの話を持ちだしてきた」
「あ……私の初恋相手がアルガルド様だって殿下に酔っ払って話したから……」
「あぁ、そういうことだったのか…。俺はなんにせよ君に近づける好機を逃しはしたくなくこの話を受けた。君の独身主義の考えを変えられたら、と」
微笑むアルガルド様が下ろしている私の髪を遊ぶように弄っているのが、これまたなんだか可愛らしい。
「だが結局俺にそんなことできるわけもなく、君に気持ちすら伝えられないまま、今日を終えてしまって…。実は君に会うまでものすごく落ち込んでいたんだ」
「じゃあやっぱり殿下がアルガルド様をここに呼んだんですか?」
「あいつに怒られてしまってな。もう一度チャンスをやるからかっこつけずに彼女にすがりついてこいと言われたよ」
「ハハハッ!」
「あいつには本当に感謝しないとだな。君とこうなれたのはノエルのおかげだ」
「そうですね。殿下には大きな御恩ができました。いつかお返しをしないといけませんね」
「きっとあいつは俺たちが結婚するだけで大いに喜んでくれるだろうがな」
「けっこ………」
結婚。
という今まで考えたことすらないことを当たり前のように言うアルガルド様に吃驚していると、何故だかまた柳眉がどんどん下がっていった。
「や、やっぱり結婚は……嫌か……?」
「ち、ちが、実感がないというか……アルガルド様が私を好いてくれているっていうのも信じられないのに結婚なんて…………っていうか!私なんかがアルガルド様と結婚できます!?私貧乏男爵家の人間ですし!」
身分の差がえげつない!
しかも相手はただの公爵家ではない。皇族の血をひいた御方だ。
「あぁ、問題ない」
「え、そんなあっさり?」
「確かに男爵令嬢のままだと難しいからフェリシアにはどこかの伯爵家の養子になってもらうだろう。手続きに関しては心配しなくていい」
「え、じゃ、じゃあ……よ、よろしくお願いします……」
「こちらこそだ。………それで、フェリシア……」
「? はい?」
急に耳を赤くしてもじもじし始めたアルガルド様にキュンキュンが止まらない。
普段の雄々しく凛々しい姿からは考えられないその表情に、私はどうやら弱いらしい。泣き顔なんてその筆頭だ。
「く、……口付けても、……いい、だろうか……?」
「っ!!…あ、えっ、ぁ、その…………はいっ……」
「では、……っ、目を、…閉じてくれ…」
「は、はいっ」
互いにガチガチに緊張しながら、ゆっくりすぎるスピードで距離を縮めていき、フワリ…――と、唇が重なった。
唇と唇が触れ合う。たったそれだけで得も言われぬ多幸感に包まれて、音もなく離れた唇が名残惜しいと思い、その名残り惜しさすら愛おしい。
余韻あるままゆっくりと目を開けると、やっぱりアルガルド様の目に涙がいっぱい溜まっていてやっぱり私は彼が好きなんだと、ストンと腑に落ちた。
そこから結婚まではもう怒涛の勢いだった。
殿下に報告に行くと既にアルガルド様から話を聞いたらしく怒られながらも祝福された。殿下は既に私の養子手続きを進めていたらしくとんとん拍子で男爵令嬢から伯爵令嬢となって婚約、そして短かすぎる婚約期間を経てアルガルド様と結婚し、私は晴れてフェリシア・ヴァートレットとなった。
ちなみに、お見合いパーティーはフェイクイベントではなく、本当に行われた。
もちろんアルガルド様は出席していない。というかそもそも殿下はアルガルド様を出席させるつもりはなく、今回のお見合い練習というのは私達をくっつけるのが目的だったらしい。城内でパーティーの準備が何もされていないと私が怪しむと思い裏では本当にお見合いパーティーを企画したのはすごい…。
集められていたのは令嬢方だけでなく婚約者がいない貴族子息もだった。私が目にした企画書はダミーのものだったらしい。
この初めての催しは後に「城コン」と呼ばれ、街でも似たような「街コン」が開催されるようになり国の結婚率、延いては出生率が高まり殿下の功績となることは、この時知る由もない。
国の英雄の結婚式はとても盛大に行われた。
両家の親を含めた誰よりも殿下が収拾がつかないほど大号泣しながら祝ってくれているのを見て、私たちは顔を合わせて笑った。
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