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従順すぎる護衛騎士
しおりを挟む一見和やかな顔合わせは終了し、私と話が弾んだと思っている令息は意気揚々退出していった。その瞬間、安堵から盛大なため息を吐いた。
人と話すことは不得手ではないし、パーティーだって好きではないが苦手意識も薄い方だが、こうして一対一で見合いのように話すことは苦手の類らしい。
いつも着ているドレスでさえ、ずっしりと重くなったように感じ今すぐ脱いでしまいたい。
まあ最後の相手と話があまりに噛み合わなかったことが、今日の主な疲れの要因なのだが。
「ヴォルフ、そんな顔してないで早く部屋へ戻りましょう」
見合い相手と二人きりにならないよう、定位置である背後に置き物のように侍っていたヴォルフに顔を向けると、今しがた見合い相手が出て行った扉を、未だに人が刺せるほど鋭い眼光で睨みつけている。
私が話しかけると瞬時にいつもの人形のような無表情に戻ったが、その一瞬を見逃さなかった。
「申し訳ございません。先程の者のあまりにも無礼な態度が腹に据えかねまして」
「あはは、確かにすごかったわね。私も複数プレイが好きだと思われたのはさすがに呆けたわ」
「姫様のご気分害す愚か者が……。姫様の御前でなければ……」
相当怒っているのか、ヴォルフがブツブツと何か言っている。
そんな彼を宥めるように傍に立ち、背の高いヴォルフの黒髪をポンポンと優しく撫でた。
「一応彼の誤解は解いたし、私は本当に気にしてないからそんなに怒らないで。それより、疲れたからヴォルフの淹れたお茶が飲みたいわ」
嫌な気分になるようなことを、私は忘れはせずとも思い返したりしないようにしている。
そうしないとすぐさま心が疲れてしまう。
人によってはすぐに切り替えられないらしいが、私は自分の機嫌を取ることは結構得意なのだ。
まあ今回の逆ハーレム計画を聞いたときのように、一時的に怒ったりすることもあるけれど。
「……取り乱してしまい申し訳ございません」
「いいのよ。私のために怒ってくれてありがとう」
部屋に戻ると、すぐにヴォルフがお茶を淹れてくれて静かに私の前に差し出した。相変わらず香りも味も最高だ。蜂蜜が入っているのか、いつもより甘めの味付けは私が疲れているからための考慮だろう。
本当にできた護衛騎士だ。
「ねえ、ヴォルフは誰かを好きになったことはある?」
「俺は姫様を敬愛しております」
「そういうのではなくて……」
いや、この場合私が愚問だった。
初めて知り合ってからすでに十数年、ヴォルフは騎士として私に忠誠を尽くしてくれている。そんな彼が誰かを好きになるとは到底思えないし、想像もつかない。
だがヴォルフはこれでいて割とモテている。
愛想は壊滅的にないが、容姿はひどく整っているし上背もある。護衛騎士という職業柄にしては細身ではあるが十分逞しさを感じられる。
顔を赤らめた貴族令嬢やメイドにアプローチされているところを時折見かけるが、遠目から見ても彼が冷たくあしらっていることが窺える。
ヴォルフは元々貴族出身だが、生家であるクラムロス侯爵家は没落し、彼は名目上平民となっている。そのため私のように後継を残す必要はなく、結婚は義務ではない。
だからなのか自分の恋愛事には興味を全く示さない。というよりこの男は恋愛感情を捨てた代わりに、私への敬愛だけを持っている。
だが私としてはヴォルフに結婚してほしいと考えている。
ヴォルフは昔、なかなかに壮絶な境遇に合い、家族というものに対してあまり好印象を抱いていない、いや、わからないというほうが適切だろう。
そうなってしまうのは致し方ないとは思うが、だからこそ彼に家庭を持って幸せになってほしいと思っている。
彼にとっては余計なお世話かもしれないけれど。
家庭や結婚に良い印象を抱いていないせいなのか、私の結婚話についてもあまり納得していないようで、後宮入りした婿候補達に対してかなり厳しい目を向けている。
私を大切に思ってくれるのは大変有難いし助かっているが、私の場合結婚を家庭というこじんまりとしたコミュニティで考えてはいない。
それに今回の見合い相手である貴族令息達だって、結構かわいそうなんじゃないかと思っている。
相手にだって好みはあるだろうし、意中の相手だっていたはずだ。それなのに家の方針で強制的に後宮入りさせられている者ばかり。
向上心が天井知らずな者であればいいけれど、そうでない者が万が一私の寵愛を受けてしまい、将来の王配にでもなってしまったら悲劇でしかない。
まあ私は寵婿を作る気はないけれど。
そもそも私は容姿はかなりいい方だが、女性として色気があるとは言えない。
髪の色を始め、胸はあることはあるが慎ましやかだし、体もヒョロっとしていて年齢よりも幼く見えてしまう。いわゆる深窓の令嬢といった風貌だと自覚している。
それを好む男性もいるだろうが、個人的には色気という威厳が欲しい。
まあこれは政治的な見合いなのだから、私にしても相手にしても好みがどうのこうの言えたものではないのだが、それにしたって肌を晒す間柄となるには、好みの一定ラインは互いに超えていたいと思うものだ。
「ヴォルフ。一人の男性の意見として聞きたいのだけれど、私って女性としての魅力があると思う?」
「……申し訳ございません。質問の意味がわかりかねます」
あまり難しい質問はしていないはずなのだが、ヴォルフは少し困惑の色を見せた。
「例えば誰もが感嘆する完璧な景色を見た際、そのすばらしさを十全に伝えることも、無い欠点を見つけることもできません。今のご質問は、姫様のすばらしさを俺の拙い言葉で伝えろというご命令でしょうか」
「なるほどわかった。あなたに質問した私が悪かったわ」
私に妄信しているこの男に「私に魅力があるか」を聞くこと自体愚問だったと再び反省した。
「……まったく、あなたの目には私がどういうふうに映っているのかしら」
「俺の目には、姫様しか映っておりません」
今度は整いすぎている綺麗な顔を綻ばせながらそう言った。
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