逆ハーレムを作ったけど、護衛騎士が婿候補をことごとく蹴散らしていく件【R18】

冬見 六花

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余話 操り人形

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 べったりと濡れ、血生臭くなった使い捨て手袋を捨てた。
 丹念に手から肘まで専用の石鹸で洗い、臭気がなくなったのを確認してから服を着替え、いつもの黒い革手袋をつけてからを出た。



 無人の廊下には、まだ夜闇が溶け込んでいる。
 無音と常闇はとても落ち着くけれど、同時に恐怖と嫌悪が入り混じる。

 たぶん、これは一生治らない。
 
 足早に、だけど静かに歩を進め、たどり着いた先の白い扉をそっと開けると、愛してやまない甘い匂いが鼻孔をくすぐった。
 
 部屋の中央に鎮座された、この部屋の主を寝かせるには大きなベッドの中央には、ローズピンクの髪が艶やかに広がっている。
 触れるのも躊躇うほど美しい髪の持ち主は少々寝相が悪く、毛布から上半身が出てしまっている。
 その幼気さに意図せず口角が上がった。
 
「お風邪を召されてしまいますよ、姫様」
「ん~……」

 毛布をかけなおしながら囁くと、返事のような寝言が聞こえさらに相好を崩してしまう。
 広がる髪を指で梳きながら、恭しく口元へ運んだ。

 

 あぁ……よかった。
 剣を持っていたら、この愛おしい眠りを妨げてしまっていた。



 糸は良い。
 ただひたすらに無音のまま、拘束もできるし切断もできる。
 
 剣はうるさい。
 打ち合う際の金属音は耳障りで、あんなものを姫様に聞かせたくなどない。
 切れば血も出るから、姫様や姫様のお部屋を汚してしまうかもしれないし、何より汚くて臭いもでる。
 どこまで刺したら死ぬのかわからず、グチャグチャになるまで刃を立ててしまうから、俺には不向きだと師から剣を持つことを禁じられた。

 臭いもの、うるさいもの、汚いもの。
 それらは総じて不快なもの。
 姫様に不快なものは微塵も似合わない。
 嗅がせたくない。聞かせたくない。見せたくない。

 ならば簡単だ。
 初めから存在しなかったことにすればいい。
 ここ最近頻繁にやって来ては、姫様を害そうとするゴミ屑なんてこの世に存在しない。
 
 姫様は平穏の中にいる。
 暗殺者などいない平和な世界に、至高の美しさを持つ姫様は生きているのだ。
 だから汚いものは全て俺が排除する。
  
「だって俺は、姫様がいないと動けない、操り人形なのだから」

 いろいろなものをたっぷりと詰め込んだ声で囁いた。

 
 
 それにしても今回の後宮の話、どうにも釈然としない。

 姫様が溜飲を下げたのだから異を唱えることなどしないが、あまり賢明とは思えない施策に思う。
 人選はしていると王配殿下はおっしゃられたから、てっきり女王派ばかり選ばれると思っていたのに、思った以上に王配派は多い。しかも王配派の中でも力がある家ばかりだ。王配派は下級貴族が多いから数こそ少ないが、それにしても予想以上に多い。
 王配派からの苦労を一番被っているのは他でもない王配殿下だというのに、あえて厄介事を招いているように見える。

 顔合わせの際に姫様を嘲笑し愚弄した蝿共を払う準備はすでにできている。
 処遇としてはあまりにも優しすぎるもので満足していないが、事を荒立てるのは姫様のためにならない。だが本音を言えばその場で細切れにしたかった。

 そもそも、あのような者共を後宮になど招かなければよかった話だ。
 そうすれば姫様がご気分を害すようなことなどなかったというのに。


 それとは別に、ここ最近は比ではないほど刺客が増えている。
 先程の愚物も、そして今まで来ていた虫けら暗殺者も、依頼をしたのは別々だろうがその奥にいるのは恐らく同じ者に思える。
 どこのどいつが、姫様の命を狙うなどという蛮行を犯しているのだろうか。

 この暗殺件について、王配殿下ほどの男が何もわかっていないはずがない。
 
 王配殿下は一見人畜無害に見えるが、その腹の内にはドス黒いものを持っている恐ろしい男だ。
 女王陛下愛する女性の隣に立つためにしてきたは、決して綺麗なものだけではなかったことを知っている。

 そうまでした王配殿下が、愛する女性との大切な子である姫様に対し、事情イテラ病の件があるにしても後宮が必要なほど夫を作れなどというのは些か妙だし、刺客が増えていることを知っているのに何も対策をしていないことが引っ掛かる。

 王配殿下のお考えが読めない。
 まさか姫様を囮として利用して、何かを企んでいるのではないだろうか。

 ……腹立たしい。

 例え姫様の父だとしても、姫様に仇なすのであれば即ち俺の敵だ。
 姫様を利用しようと企む者も、もちろん亡き者とするものも根こそぎ葬り去ってしまいたい。


 だが過度な行動はしない。
 だって俺は、姫様の未来を導き示す者ではないのだから。


 姫様がこれからも歩んでいく華々しい道の後ろに付き従い、姫様の景観を損なわないよう時折小石を排除する。それが俺の使命だ。
 例え俺の手が血に塗れようと、俺の後ろに屍がどんなに積み重なろうと、姫様は後ろを振り向かないし、俺もそれらを見せるつもりは毛頭ない。

 俺はただ、姫様の輝く未来にひたすらピッタリとついていく。
 ――――だって、俺と姫様は糸で繋がっているのだから。

 万が一姫様が俺を不要だと言うのであれば、俺は未来永劫姫様の前に姿を現さずにお傍にいよう。
 
 この思いを、人は一体なんと言うのだろう。
 忠誠心、妄執、拘泥。……なんでもいい。
 姫様のおそばにいられるのであれば、なんでも、なんだって。


「我が宝、我が至高、我が命。……俺の、姫様」


 小雨が止んだ夜空がほんの僅かに白ばんできた。
 部屋にほんの僅かに入った光は、ローズピンクの髪を内から輝かせているかのように演出してくれている。
 森羅万象が姫様を美しくするための道具なのだから、当然だ。

 その輝く髪をまた一房持ち、頬擦りすると法悦した表情になる。
 承諾もなく無闇に触れてしまうことをどうか許していただきたい。


 俺は姫様の操り人形だ。
 だけど時折その操り糸から抜け出し、主に触れたいと思う程度には人の心を持ち合わせてもいる。


 あと少し、あと少しだけ堪能したら姫様のためのお茶を準備しよう。
 姫様の目覚めを彩るお茶を飲んでもらい、少し寝ぼけまなこで俺を見つめ「今日も美味しいわ、ヴォルフ」と、そう言ってもらいたいのだから。




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