11 / 54
5 辞退者
しおりを挟む「辞退?」
顔合わせも順調に進み、挨拶していないのは残り僅かとなった頃のことだった。
既に顔合わせを済ませた子息数名から、この逆ハーレム計画から辞退したいと申し出があり吃驚した。
「理由はなんなの」
「それが、種無しだと判明したため家に戻るように言われたからだと……」
報告に来た後宮管理者も、困惑しているようだ。
これ以上管理者に追求しても答えが出ないことは、彼の様子からして明白だ。
「陛下と王配殿下にもお伝えはしているの?」
「はい。陛下は後宮の件は王配殿下に一任すると。王配殿下は此度の辞退について事を荒立てることはしないと仰せです」
つまりは表向きはお咎め無しということか。
どうにも腑に落ちないが、陛下と王配殿下がそう言っているのなら私から言うことはあるまい。
「わかったわ。辞退者には即刻後宮を出るよう申し伝えて。他の者が混乱しないよう、あまり大々的にはしないよう注意してちょうだい」
「かしこまりました」
後宮管理者が退室し、いつものようにヴォルフと二人きりになったところで深くため息を吐いた。
まだ今日の分の書類仕事が残っているが、今すぐ行う気にはなれず執務机を離れ、応接用に使っているソファに腰掛けると、すぐさま湯気だったお茶が出てきた。
もちろん、用意したのがヴォルフだ。
本当にできた護衛である。もう本業を執事にすべきではとすら思ってしまう。
「……考えておられるのですか? 辞退者のことを」
「えぇ、まあね」
まさか辞退者が出るとは予想していなかった。
仮に種無しが本当なのならば、確かに後宮にいる意味はない。だがそもそもどうやって確認したというのだ。種の有無の検査ができないから、この逆ハーレム計画が実施されているというのに。
そしてそれをわざわざ言って辞退することが意味がわからない。
辞退した者はいずれも家の後継者ではなく、後宮入りがなければ騎士の道に進むか聖職者、あるいは教職者となる道しか残されていない。それはどれも種類の違う辛苦がある道だ。
もちろん始めからその道を望む者も多くいるが、今回辞退を申し出た者たちとの顔合わせした際の印象からして、彼らが自ら騎士や神の道、または教鞭を執りたいと思っているようには到底見えなかった。
考えられるとしたら、彼らが何らかの思惑で後宮入りを果たし、それを達成した。若しくは失敗し手を引いたかだ。
もしそうなのだとしたら、それは恐らく後者だろう。王配派の彼らの思惑が何かしら成功していたら、なんらかの動きがあるはずだ。それに勘付かないほど王室は間抜けではない。だとすれば後宮を出ることを許すはずもない。
だが仮に失敗したとしても、表立っていないのならば後宮を辞退するのは悪手にも思える。
……いや、辞退せざるを得ない状況に追い込まれたということだろうか。
なにより気になるのは、辞退を申し出たのは先日の複数プレイ好き令息のような、顔合わせの際あまり好印象とは言えない者ばかりなことだ。
奇しくもその者達は、いずれも王配派の者ばかり。
そもそも王室の後宮を辞退するというのは、少なからずの不敬にあたる。
女王と王配の許しを得ているため表面上は何のお咎めもないが、貴族間では白い目で見られることは必至。貴族界は縦と横の繋がりが強固だ。見放されれば最悪没落も十分ありえる話。
仮に没落は免れても王配派の彼らは王室への不敬を働いたのにも関わらず、その咎が無いという温情を与えた王室に対し、多大な貸しができたことになる。これでは堂々と王配派などと女王陛下を否定するようなことは宣うことはできなくなり、今後は派閥争いに参加することはできなくなる。
事実上の戦線離脱だ。
家に傷を負ってでも、脱兎の如く後宮を去る理由とはなんだろうか。
「……ねえヴォルフ。あなた、これについて何か知っていることはある?」
「姫様、この件についてあまり深くお考えなさらずとも良いかと思います」
私の質問には何も答えずにヴォルフが言った。
「というと?」
「こう考えられるからです。辞退した者共は、姫様のあまりの美しさと気品に圧倒され、己の矮小さを痛感し辞退したと」
「……それ、本気で言ってるの?」
「何か間違ったことを申したでしょうか」
どうやら本気で言っているようだ。今日も今日とてこの護衛の目には、私が神のように映っているらしい。
そんないつもの調子に、気が抜けそうになる。
この逆ハーレム計画は、後継問題以外にも水面下で何かが動いているように思えてならない。
そう考えこみながら覗いた紅茶の水面には、眉を寄せた自分の顔が映っていた。
56
あなたにおすすめの小説
転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。
ラム猫
恋愛
異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。
『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。
しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。
彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。
※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
記憶喪失の私はギルマス(強面)に拾われました【バレンタインSS投下】
かのこkanoko
恋愛
記憶喪失の私が強面のギルドマスターに拾われました。
名前も年齢も住んでた町も覚えてません。
ただ、ギルマスは何だか私のストライクゾーンな気がするんですが。
プロット無しで始める異世界ゆるゆるラブコメになる予定の話です。
小説家になろう様にも公開してます。
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
主人公の義兄がヤンデレになるとか聞いてないんですけど!?
玉響なつめ
恋愛
暗殺者として生きるセレンはふとしたタイミングで前世を思い出す。
ここは自身が読んでいた小説と酷似した世界――そして自分はその小説の中で死亡する、ちょい役であることを思い出す。
これはいかんと一念発起、いっそのこと主人公側について保護してもらおう!と思い立つ。
そして物語がいい感じで進んだところで退職金をもらって夢の田舎暮らしを実現させるのだ!
そう意気込んでみたはいいものの、何故だかヒロインの義兄が上司になって以降、やたらとセレンを気にして――?
おかしいな、貴方はヒロインに一途なキャラでしょ!?
※小説家になろう・カクヨムにも掲載
【短編完結】元聖女は聖騎士の執着から逃げられない 聖女を辞めた夜、幼馴染の聖騎士に初めてを奪われました
えびのおすし
恋愛
瘴気を祓う任務を終え、聖女の務めから解放されたミヤ。
同じく役目を終えた聖女たちと最後の女子会を開くことに。
聖女セレフィーナが王子との婚約を決めたと知り、彼女たちはお互いの新たな門出を祝い合う。
ミヤには、ずっと心に秘めていた想いがあった。
相手は、幼馴染であり専属聖騎士だったカイル。
けれど、その気持ちを告げるつもりはなかった。
女子会を終え、自室へ戻ったミヤを待っていたのはカイルだった。
いつも通り無邪気に振る舞うミヤに、彼は思いがけない熱を向けてくる。
――きっとこれが、カイルと過ごす最後の夜になる。
彼の真意が分からないまま、ミヤはカイルを受け入れた。
元聖女と幼馴染聖騎士の、鈍感すれ違いラブ。
ハードモードな異世界で生き抜いてたら敵国の将軍に捕まったのですが
影原
恋愛
異世界転移しても誰にも助けられることなく、厳しい生活を送っていたルリ。ある日、治癒師の力に目覚めたら、聖堂に連れていかれ、さらには金にがめつい師によって、戦場に派遣されてしまう。
ああ、神様、お助けください! なんて信じていない神様に祈りを捧げながら兵士を治療していたら、あれこれあって敵国の将軍に捕まっちゃった話。
敵国の将軍×異世界転移してハードモードな日々を送る女
-------------------
続以降のあらすじ。
同じ日本から来たらしい聖女。そんな聖女と一緒に帰れるかもしれない、そんな希望を抱いたら、木っ端みじんに希望が砕け散り、予定調和的に囲い込まれるハードモード異世界話です。
前半は主人公視点、後半はダーリオ視点。
『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』
透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。
「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」
そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが!
突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!?
気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態!
けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で――
「なんて可憐な子なんだ……!」
……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!?
これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!?
ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる