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真っ黒な人形
しおりを挟む男の子は城で預かることになってから、次々と事実が露わとなった。
男の子はクラムロス侯爵と昔働いていたメイドとの間にできた不貞の子で、メイドが妊娠した際、侯爵は無慈悲に彼女を屋敷から追いやった。
だがその数年後、そのメイドは酷く貧相な装いでクラムロス侯爵邸に現れ、真冬で極寒の中まだ幼い男の子を門前に置いて去ってしまった。
その際侯爵は不在で、門番から報告を受けた侯爵夫人は男の子を人目のつかない場所へ移動させた後に放置し、凍死させようとした。
だが次の日、放置した場所へ確認のため行ってみると男の子の姿はなく、てっきりどこかへ逃げ出しその幼い年齢から野垂れ死んだのだと思っていたらしい。
本当は、男の子はクラムロス侯爵家の末娘であるナディアに匿われ、その日からずっとあの物置部屋から一歩たりとも外に出ずに生きていた。
男の子が存在していると知っていたのは、この世にナディアだけだったのだ。
今回の醜聞はセンセーショナルではあったが、貴族であれば割とありふれた出来事でもあった。
だが、男の子を見つけた相手が悪かった。
王女である私が見つけてしまったからこそ、貴族たちはこぞってクラムロス家を責めたてた。
その後芋づる式に余罪が出てきた。
先代侯爵が亡くなったのは男の子の存在でメイドとの不貞を知った夫人が激昂し、侯爵を毒殺したためだったことや、現クラムロス侯爵が遊ぶ金欲しさで帳簿を改竄し脱税を行っていたことも発覚し、貴族はさらにクラムロス家を糾弾した。
結果侯爵家は没落せざるを得なくなり、夫人と侯爵は投獄となり、一家は離散することとなった。
ナディアは、最後まで自分のしたことの恐ろしさをわかっていなかった。
道に捨ててあった人形を拾った。でも汚いからお母様にまた捨てろと言われてしまう。だから誰も来ない物置部屋に隠しただけ。そして時折可愛がりに行っていただけ。私はかわいそうな人形が欲しかったの。
彼女は終始、そう供述したという。
人を人と思っていない異常な思想を持つナディアは、自分がしたことが何故糾弾されるかわからないまま、国外の規律厳しい修道院に生涯勤めることが命じられた。
城で引き取った男の子は数日間誰とも口を利かなかった。
体は痩せ細っていてとても小さく、食事を与えても初めは何も口にしなかった。ようやく食べたと思っても一口二口程度で、よく食べたと思ったら戻してしまうことも多々あった。
出生を調べたところ私と同い年なことを知ったが、知能は幼児レベルで簡単な単語しか話すことができなかった。当然読み書きもできないと思ったが、あの物置部屋にあった絵本の中の文字だけ、彼は読むことができた。
彼があそこで何をされていたのか、詳細はわからない。だが彼はとにかく警戒心が強く人を寄せ付けず、特に触れようとすれば吠えるかのように拒絶した。
周囲には止められたが、私は頻繁に会いに行った。
それは興味というより責任感からだった。
彼を見つけ、あの部屋から連れ出したのは、紛れもなく私だったからだ。
だからなのか彼は比較的私に対しては大人しく、引き取ってからしばらくして、ようやく小さな声で私だけに自分の名前が「ヴォルフ」だと教えてくれた。
相変わらず触れられることは極度に恐れていたため、代わりに太い紐を互いに握って、疑似的に手を繋いで一緒に城内を連れ歩くようにした。
その後、城での食事と教育の甲斐もあり、体も頭脳も年相応になるまであまり時間はかからなかった。元より頭が良かったのだろう。
そして急遽ガーランド卿に引き取られ騎士の道へと進むことになったため、ヴォルフが城から離れることになったとき、それまでほとんど無口に過ごしていた彼が私の目を見てまっすぐ言った。
「姫様、握手、してください」
人に触れられることを恐れるヴォルフのその言葉を聞いて、私は思わず笑いながらも涙した。
初めて紐を介さず握ったヴォルフの手は少し湿っていて、でも冷たかった。
それから時は経ち、十八となったとき見違えるほど逞しくなったヴォルフが護衛騎士として傍に置くこととなったときは、正直驚いた。
王族の護衛といえば近衛騎士の中でも精鋭だ。そこまでの地位に辿り着くのに並大抵の努力ではできないし、時間もかかる。それを僅か十八歳の、しかも十歳までまともな生活が送れていなかったヴォルフが手にしたことには驚きを隠せなかった。
でもそれと同時に嬉しかった。
誰かに触れることすら怯えていた、守ってあげなくてはと思っていたか弱い男の子が健やかに育ってくれて、また会えたことに安堵した。
ヴォルフが私の専属護衛となってもう二年が経つ。
傍にいることは私にとって当たり前で、つまりはヴォルフといるととても安心する。
それは護衛だからというわけでなく、ただ一緒にいて自分が素になれる存在だからだ。
素を見せられるというのは私だけでなく、ヴォルフもだ。
ヴォルフの寡黙な面は変わらなかったけれど、私の前では感情を出してくれることが素直に嬉しかった。
まるで私が、ヴォルフの特別なのではないかと思えて、胸が温かくなるのだ。
「…………私って、ヴォルフのことが好きなのかな」
朝から大して捗っていない書類とにらめっこしながらポツリと呟いた。
今日ヴォルフは騎士団からの招集があるため傍におらず、執務室の前には代わりの護衛が立ってくれている。
今胸の内に当たり前のように存在している思いを、恋と名付けていいのかイマイチわからない。
恋とはもっと特別で、キラキラとしていて、それこそ昔読んだ絵本に出てきた王子様に抱く想いなのだと思っている。
それに比べて私がヴォルフに抱く思いは、安心や安堵といったのほほんとしたものだ。これを恋と呼んでしまったら、両親のような大恋愛など生まれないように思う。
答えが出ないとわかっていることを考えて、時間を費やすことは無駄なこと。
そもそも私がヴォルフを好きだとして、だからなんだというのだ。ヴォルフは護衛騎士で、婿候補ですらない。ヴォルフの気持ちを無視して無理矢理王婿にしたいのかと聞かれたら、断じて違う。
そしてなにより私は恋だ愛だと騒いではいられないのだ。
だけどどうしても、頭から離れてはくれなかった。
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