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お戯れ
しおりを挟む次にルスラルド様のもとを訪れたが、相変わらず絵に没頭しているようだ。
だが本人曰く、特段絵が好きというわけではないらしく、ただ時間潰し程度には好んでいるという。
ごく少数の使用人からも避けられているようかのように相変わらず周囲に人はいなく、結局私も大した会話もせずにいつものように絵を鑑賞するだけで早々に部屋を出た。
ドミニク様のもとへ訪れるにはまだ少し早いため、後宮内に設けた自室へ入り一休みすることにした。
いつもの如くヴォルフが淹れてくれたお茶を飲み、窓から覗く景色を見ると王宮と後宮を繋ぐ、厳かな長い渡り廊下がよく見えた。その廊下は普段は使われておらず、月渡りのときにだけ通ることを許されている。
明日の夜、あそこを通って後宮を訪れるのか。
そう思うと自然と肩に力が入った。
「……ご不安ですか?」
私の様子を見ていたのか、ヴォルフが神妙な声色で尋ねてきた。
いつもの位置である私の斜め後ろに侍るヴォルフのほうへ顔は向けなかった。
「ううん。ただ明日のことを考えると少し緊張するだけ」
明日、初夜の準備を行った後に後宮へと行き、閨を共にする者の部屋を訪れることになっている。
その自分を想像すると顔が歪んでしまいそうになったため、すぐにその想像を打ち消した。
これは私の責務なのだから、しっかり務めを果たさなければならない。
でも明日の相手が、今胸に思う相手だったらいいのに。
そんな我儘が心に浮かび、それを必死に閉じ込めようとする。
だけど一度垣間見えてしまった本音が、私の抵抗よりも強い力で出てこようとしている。
「ねえ、ヴォルフ。もしもの話なのだけれど」
カップを持ったまま動かず、窓の外を見ながら静かに零した。
背後でヴォルフが私の言葉に耳を傾ける姿勢をとったような気配がした。
「私があなたのことを好きだと言ったら、どうする?」
かすかに空気が揺らいだように思えた。
だが反応はただそれだけで、重い沈黙が続く。
ずるい言い方をしてしまったとも思ったが、この沈黙が答えなのだと理解し、カップを静かに置いて立ち上がった。
「行きましょう。ドミニク様がお待ちだわ」
まだ昼過ぎだというのに、すでに空は夕暮れの準備を始めたような色をしている。
本格的な冬はまだ先だが、朝晩はすっかり寒くなった。シーゲル国の冬は長い。薄着で出歩ける季節はほんの僅かだ。
部屋を出ようとドアに手をかけたとき、いつも背後にぴったりとくっついているはずのヴォルフの気配がないことに気付いて振り向くと、体はこちらを向いているが先程と同じ場所に立ち竦んでいた。
ヴォルフは私のほうを見ているのに、窓から射す光が逆光しているせいで顔がよく見えない。
「……お戯れが過ぎます、姫様」
その声色はまるで包み込むように優しいようにも、ひどく苦しんでいるようにも聞こえた。だがいずれにせよ冷たく突き放していることがわかった。
そうね、と小さく答えた後は、互いに何も喋らぬままドミニク様の部屋へ足を進めた。
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