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16 及第点
しおりを挟む後宮へ駆けつけると、早朝にも関わらず辺りは騒然となっていた。
しかもすでに王配殿下も従者と共にいて、現場の指揮をとっていた。
「殿下!」
「あぁ、ヴォルフ。遅かったな」
――――やけに落ち着いておられる。
だがそう不審に思ったことはおくびにも出さなかった。
「姫様が攫われたと聞いております」
「あぁ、そのようだ。昨夜ユリアーネと共に後宮へ渡ったメイドを今呼んでいる。まずは彼女に話を聞こう」
今すぐにでも草の根かき分けてでも探しに行きたいが、手掛かりはあるに越したことはない。
焦れるような思いでいるのも束の間、王配殿下の側近が一人のメイドを連れてやってきた。どうやら姫様付きのメイドではなかったらしく、見かけたことのないやや年高の者だった。
「ユリアーネは昨夜、月渡りの相手に誰を選んだか教えてくれ」
「テオドア・ユタバイト卿にございます」
予想通りだった。
だがそれでも腸が煮えくり返りそうになったのを、必死に抑え込んだ。
今は嫉妬に駆られている場合なんかではない。
「昨夜の君の動向をできるだけ詳細に教えてくれ」
「王宮薬事室より月蕩酒を受け取り、月渡り廊下前にて王女殿下のご到着を待ちました。殿下がおいでになり、殿下が先導のもと廊下を渡ってお部屋へと向かいました。テオドア卿がお部屋の中でお出迎えくださり、私は月蕩酒をお渡しした後、月渡り廊下の後宮側と王宮側の扉に施錠をしました。その後すぐに後宮管理者に報告へ行き、鍵を所定のところへ戻した後に休ませていただきました」
説明に一切の淀みがなかった。
王配殿下も同じように思ったのか、一つ頷いた。
「君が部屋を出る際、周囲に人は?」
「お部屋に着いた際にテオドア卿の侍従がおりました。私がその場を辞した後もおられました」
それは少々引っ掛かる。
月渡りに限らず、王族の初夜は王宮所属の騎士が部屋を囲うように護衛する。だが部屋を囲うとはいっても扉の前にではなく、多少の距離を取っての護衛だ。そして翌朝に閨が行われたかの確認を王宮のメイドがすることが習わしだ。
本来ならばこのメイドが辞する際、その侍従も一緒にその場から去るべきだ。いや、そもそもその侍従はそこにおらずともいい存在だ。だがこのメイドが去る際もテオドア卿の侍従は残った。
そのことに、このメイドはその場で疑問を抱かなかったのだろうか。
「そうか。話してくれて礼を言う」
俺が今抱いた疑問を口にする前に、王配殿下が鷹揚な口調でメイドに声をかけ、そのまま帰らせてしまった。
いや、まずはあのメイドに聞くよりも、月渡りの相手であるテオドア卿から話を聞くべきだ。そもそも何をやっていたというのだ。身を挺し、万難を排してでも姫様を守るべきだというのに。
「テオドア卿はどこに? 彼は姫様のことで何か知らないのですか?」
「そのテオドア卿もいないのだ」
テオドア卿も……?
そうなると手掛かりは一切ない。
姫様がいない。
そう思った瞬間、急に空中に放り捨てられたような急激な恐怖と、胸の奥の奥から染み出てくるような、黒い憎悪が自身を巣食うような感覚を覚えた。
それと同時に深い後悔に襲われた。
昨夜、なにがなんでも引き止めればよかった。
あの小さく細い体を抱きしめて、重なった唇をさらに合わせて、この胸の想いで姫様が潰れてしまうくらい吐き出してしまえばよかった。
俺と姫様は糸で繋がっているはずなのに、どうして俺は姫様の居場所がわからないのだ。
恐怖と後悔と自己嫌悪で狂ってしまいそうになる。
「落ち着け、ヴォルフ」
冷淡な声で王配殿下が言った。
「王宮の警備を侮るな。中からも外からも簡単に出入りなどできるはずがない。ユリアーネは王宮内にいる」
やたら確信めいた言い方なことに、胸がざらついた。
それに王宮内という限られた範囲とはいえ、後宮も含めたらかなり広大な敷地だ。
何世代に渡って増改築を繰り返しているため、俺が処理室として使っているような誰も訪れないような建物も多く存在しているし、加えて避難用の隠し部屋や隠し通路も多いと聞く。その中から手がかり無しで探すのはかなり骨になる。姫様がどんな状況かわからない一刻を争う事態だというのに、王配殿下の落ち着きように苛立ってしまう。
早朝からざわめきだつ後宮内は異様な空気に包まれ、それに気づいた中級と下級婿達が寝間着のままちらほらと顔を出してきた。
だがさすがに野次馬のようなことはしないのか、上級婿の姿はなかった。
「ヴォルフ、お前はこの事態、どう考える」
小さいが鷹揚に響く声を向けられ、思わず背筋に寒気を覚えた。
普通に考えるとテオドア卿が姫様を攫ったと考える。だがあの男がそんな大胆不敵なことをしでかすとは考え難い。だが姫様が人をそこまで変えるほどの魅力を持っておられるのも事実。
だがそんな単純なものではないとするならば……。
「王配派の手によるものかと考えます」
「まあ及第点といったところか」
渇いた笑みを浮かべたが、王配殿下の目は少しも笑ってはいなかった。
すると俺のほうを見て人差し指で軽く手招きをしたため、顔を近づかせるために少し身を屈めた。
「ユリアーネのいる場所にいくつか当てがある。お前は私の騎士を連れてそこへ行け。ただし、誰にも悟られるな」
やはり、この方の落ち着きようには理由があったのかと納得する。
女王陛下と姫様を至高としている王配殿下が、姫様がいなくなったことに動揺しないはずがない。
だが当てがあるというのはどういうことだろうか。まさか姫様がいなくなったことに、王配殿下が関与しているというのか。
そこまで考えたが、今の最優先事項は姫様の救出だ。
「かしこまりました」
自分の気配の一切を消し、俺はその場を静かに後にした。
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