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17 三文芝居
しおりを挟む朦朧とした意識の中、寒さと少しの頭痛で目を覚ました。
どこからか冷気が漏れているせいか少々肌寒いが、体にはしっかりと毛布がかけられベッドに寝かされていたため、特段体は冷えていない。
頭を押さえてゆっくりと起き上がると、意外と広い薄暗い部屋の中にいた。
古い絵画や花瓶などの装飾品が心ばかりに飾られてはいるが、窓がないせいで少し息が詰まる。
太いパイプのようなものが天井にとりつけられていて、そこから空気が流れる音がする。どうやらあれは通気口で、先程から感じる冷気はあそこから来ているものだろう。
壁際に私の背丈ほどの大時計があるが、針がないため時間はまったくわからない。
服は月渡りのときと同様、ナイトドレスと厚手のガウンをきっちりと着ていて乱れた様子はないし、頭痛以外体のどこにも痛みもケガもない。誰かに乱暴された形跡がないことに一先ず安心した。
どうやら月渡りの際、月蕩酒に一服盛られてどこかに連れ去られたらしい。
油断した。
まさか彼がこんなことをしでかすとは思っていなかった。
とにかく今は後悔よりも状況把握だ。
まずは部屋の中を探るためベッドから下りようと横向くと、床にシャツとスラックスだけという寒々しい姿でテオドア様が転がっていた。
「テオドア様っ!」
「ユリアーネ……さま……」
丁重にベッドに寝かされていた私とは違い、肌寒いこの部屋でこんな寒そうな恰好で粗雑に転がっていたせいか、顔色がかなりひどい。
テオドア様の体をゆっくり起こすと、頭が痛いのか苦痛に顔を歪ませながらテオドア様が目を覚ました。
「こ、こは……?」
「私も今目を覚ましたばかりでまだ状況を掴めていないの。それよりも体を動かせる? ベッドに移動しましょう」
こんな冷たい床にこのまま寝かせるわけにはいかない。
先程まで私にかかっていた毛布を引っ張り、テオドア様に羽織わせたが、すぐに慌てて取り払った。
「僕は平気です! これはユリアーネ様に……」
「ばか! どう見てもあなたのほうが必要でしょう!」
ふくらはぎまである厚手のガウンを着ている私と、シャツ一枚だけのテオドア様なら誰に毛布を渡すか一目瞭然だ。ここに男女差も身分もない。
私の強い怒気にテオドア様は肩を落としながら従った。
部屋のドアを開けようとしたが、案の定開けることはできなかった。
こちらからつまみで施錠ができるタイプの鍵だが、開かないということは外側から棒か何かで塞いでいるのだろう。力を込めて開けようとしがびくともしなかった。
ベッドの上で毛布にくるまるテオドア様の隣に座った。毛布は私の体温が残ったままだったから温かいはずだが、包まっているテオドア様の体から震えは収まらない。
震えているうちはまだ大丈夫だと、以前他国から来てくれた医師から教えてもらったことがある。だが彼の体調の悪さは寒さだけとは思えないために心配だ。
「寒さ以外に体の具合はどう? この状況だから正直に言って」
テオドア様の顔を覗き込みながら尋ねた。
「寒さ以外は、頭痛がひどいです。……ユリアーネ様は?」
「あなたと症状は同じだけど、あなたより数倍元気よ。頭痛はあるけど大したことはないし、このガウンのおかげでそこまで寒くはないから」
毎朝走り込みをしているおかげなのか、普通の令嬢よりも体力も筋力もあるのも功を奏しているようだ。
「それよりユリアーネ様、どうしてそんな恰好を……」
「ユリアーネ殿下!」
部屋の隅にあった扉の奥から足音が聞こえてきたかと思うと勢いよく扉が叩かれた。そして外側でドカドカと物々しい音が聞こえたかと思うと、頭に響くほどの大声を出しながらドミニク様が部屋に入ってきた。
「ご無事でしたか、殿下……!」
「……ドミニク様、どうしてここに?」
毛布にくるまるテオドア様より前に出て、ドミニク様に尋ねた。
「愚兄が月渡りで殿下に薬を盛り、このようなところに拐かしたことを知って探しに参りました」
その言葉を聞いてテオドア様に顔を向けると、愕然としているのか混乱しているのか、呆けた様子で何も言えないでいた。
「そう。ここはどこなの?」
「ここは王宮の敷地内にある建物の地下室です」
欲しい回答ではないことに内心歯噛みした。
だがひとまず王宮内であることは把握できた。
「でもどうしてテオドア様はご自分と一緒に私をここに? 私は月渡りで彼を選んだのよ。もし私が嫌なのなら私に言って何もせず朝を待つことだってできたわ。私は無理強いするつもりなんてないもの」
「月渡り……?」
驚いた様子でテオドア様が私を見たが、それを無視してあえてドミニク様に尋ねた。
「殿下、どうか兄を悪く思わないでいただきたい。兄は私に嫉妬していただけなのです」
「嫉妬?」
「兄はユタバイト家の人間でありながら青を持たぬ憐れな男です。それゆえに幼き頃から私に嫉妬し、何かと悪態をつくような男でした。だが此度の殿下の後宮計画で運良く私と一緒に後宮入りを果たし、その憐れな身の上から殿下の同情を買い、月渡りの相手に選ばれました」
ドミニク様はいつになく饒舌だ。
「欲というのは際限ないもので、兄は殿下の同情だけでなく、殿下自身も欲しいと思ってしまったのです。だが自分は青き血を持たないために、王婿にふさわしくないという理性は持ち合わせていた。だから殿下をこのような場所へ幽閉しようと画策し、月蕩酒に薬を入れ殿下を手中に収めた後に心中するためにここまで運んだのです」
「ドミニク……? な、なにを言って……」
「殿下、お辛い目に合わせてしまい申し訳ございません。兄に代わり弟のこの私が謝ります」
恭しくドミニク様は頭を下げた。
最後の言葉だけ聞くとなんともお綺麗な兄弟愛のように感じられるが、生憎とこんなことで感涙するような人間ではない。
「それはおかしいわ」
彼の一人芝居に付き合うように私も芝居口調できっぱり否定すると、ドミニク様の肩が上擦った。
「だって私は月渡りをしてテオドア様のお部屋に行ったのに、出迎えたのはドミニク様、あなただったじゃない」
そしてドミニク様の高揚としていた表情が一瞬にして消え去った。
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