逆ハーレムを作ったけど、護衛騎士が婿候補をことごとく蹴散らしていく件【R18】

冬見 六花

文字の大きさ
35 / 54

17 三文芝居

しおりを挟む



 朦朧とした意識の中、寒さと少しの頭痛で目を覚ました。

 どこからか冷気が漏れているせいか少々肌寒いが、体にはしっかりと毛布がかけられベッドに寝かされていたため、特段体は冷えていない。
 頭を押さえてゆっくりと起き上がると、意外と広い薄暗い部屋の中にいた。

 古い絵画や花瓶などの装飾品が心ばかりに飾られてはいるが、窓がないせいで少し息が詰まる。
 太いパイプのようなものが天井にとりつけられていて、そこから空気が流れる音がする。どうやらあれは通気口で、先程から感じる冷気はあそこから来ているものだろう。
 壁際に私の背丈ほどの大時計があるが、針がないため時間はまったくわからない。

 服は月渡りのときと同様、ナイトドレスと厚手のガウンをきっちりと着ていて乱れた様子はないし、頭痛以外体のどこにも痛みもケガもない。誰かに乱暴された形跡がないことに一先ず安心した。

 どうやら月渡りの際、月蕩酒に一服盛られてどこかに連れ去られたらしい。

 油断した。
 まさかがこんなことをしでかすとは思っていなかった。

 とにかく今は後悔よりも状況把握だ。
 まずは部屋の中を探るためベッドから下りようと横向くと、床にシャツとスラックスだけという寒々しい姿でテオドア様が転がっていた。

「テオドア様っ!」
「ユリアーネ……さま……」

 丁重にベッドに寝かされていた私とは違い、肌寒いこの部屋でこんな寒そうな恰好で粗雑に転がっていたせいか、顔色がかなりひどい。
 テオドア様の体をゆっくり起こすと、頭が痛いのか苦痛に顔を歪ませながらテオドア様が目を覚ました。

「こ、こは……?」
「私も今目を覚ましたばかりでまだ状況を掴めていないの。それよりも体を動かせる? ベッドに移動しましょう」

 こんな冷たい床にこのまま寝かせるわけにはいかない。
 先程まで私にかかっていた毛布を引っ張り、テオドア様に羽織わせたが、すぐに慌てて取り払った。

「僕は平気です! これはユリアーネ様に……」
「ばか! どう見てもあなたのほうが必要でしょう!」

 ふくらはぎまである厚手のガウンを着ている私と、シャツ一枚だけのテオドア様なら誰に毛布を渡すか一目瞭然だ。ここに男女差も身分もない。
 私の強い怒気にテオドア様は肩を落としながら従った。

 部屋のドアを開けようとしたが、案の定開けることはできなかった。
 こちらからつまみで施錠ができるタイプの鍵だが、開かないということは外側から棒か何かで塞いでいるのだろう。力を込めて開けようとしがびくともしなかった。

 ベッドの上で毛布にくるまるテオドア様の隣に座った。毛布は私の体温が残ったままだったから温かいはずだが、包まっているテオドア様の体から震えは収まらない。
 震えているうちはまだ大丈夫だと、以前他国から来てくれた医師から教えてもらったことがある。だが彼の体調の悪さは寒さだけとは思えないために心配だ。

「寒さ以外に体の具合はどう? この状況だから正直に言って」

 テオドア様の顔を覗き込みながら尋ねた。

「寒さ以外は、頭痛がひどいです。……ユリアーネ様は?」
「あなたと症状は同じだけど、あなたより数倍元気よ。頭痛はあるけど大したことはないし、このガウンのおかげでそこまで寒くはないから」

 毎朝走り込みをしているおかげなのか、普通の令嬢よりも体力も筋力もあるのも功を奏しているようだ。
 
「それよりユリアーネ様、どうしてそんな恰好を……」
「ユリアーネ殿下!」

 部屋の隅にあった扉の奥から足音が聞こえてきたかと思うと勢いよく扉が叩かれた。そして外側でドカドカと物々しい音が聞こえたかと思うと、頭に響くほどの大声を出しながらドミニク様が部屋に入ってきた。

「ご無事でしたか、殿下……!」
「……ドミニク様、どうしてここに?」

 毛布にくるまるテオドア様より前に出て、ドミニク様に尋ねた。

「愚兄が月渡りで殿下に薬を盛り、このようなところに拐かしたことを知って探しに参りました」

 その言葉を聞いてテオドア様に顔を向けると、愕然としているのか混乱しているのか、呆けた様子で何も言えないでいた。

「そう。ここはどこなの?」
「ここは王宮の敷地内にある建物の地下室です」

 欲しい回答ではないことに内心歯噛みした。
 だがひとまず王宮内であることは把握できた。

「でもどうしてテオドア様はご自分と一緒に私をここに? 私は月渡りで彼を選んだのよ。もし私が嫌なのなら私に言って何もせず朝を待つことだってできたわ。私は無理強いするつもりなんてないもの」
「月渡り……?」

 驚いた様子でテオドア様が私を見たが、それを無視してあえてドミニク様に尋ねた。
 
「殿下、どうか兄を悪く思わないでいただきたい。兄は私に嫉妬していただけなのです」
「嫉妬?」
「兄はユタバイト家の人間でありながら青を持たぬ憐れな男です。それゆえに幼き頃から私に嫉妬し、何かと悪態をつくような男でした。だが此度の殿下の後宮計画で運良く私と一緒に後宮入りを果たし、その憐れな身の上から殿下の同情を買い、月渡りの相手に選ばれました」

 ドミニク様はいつになく饒舌だ。

「欲というのは際限ないもので、兄は殿下の同情だけでなく、殿下自身も欲しいと思ってしまったのです。だが自分は青き血を持たないために、王婿にふさわしくないという理性は持ち合わせていた。だから殿下をこのような場所へ幽閉しようと画策し、月蕩酒に薬を入れ殿下を手中に収めた後に心中するためにここまで運んだのです」
「ドミニク……? な、なにを言って……」
「殿下、お辛い目に合わせてしまい申し訳ございません。兄に代わり弟のこの私が謝ります」

 恭しくドミニク様は頭を下げた。
 最後の言葉だけ聞くとなんともお綺麗な兄弟愛のように感じられるが、生憎とこんなことで感涙するような人間ではない。

「それはおかしいわ」

 彼の一人芝居に付き合うように私も芝居口調できっぱり否定すると、ドミニク様の肩が上擦った。


「だって私は月渡りをしてテオドア様のお部屋に行ったのに、出迎えたのはドミニク様、あなただったじゃない」


 そしてドミニク様の高揚としていた表情が一瞬にして消え去った。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

記憶喪失の私はギルマス(強面)に拾われました【バレンタインSS投下】

かのこkanoko
恋愛
記憶喪失の私が強面のギルドマスターに拾われました。 名前も年齢も住んでた町も覚えてません。 ただ、ギルマスは何だか私のストライクゾーンな気がするんですが。 プロット無しで始める異世界ゆるゆるラブコメになる予定の話です。 小説家になろう様にも公開してます。

主人公の義兄がヤンデレになるとか聞いてないんですけど!?

玉響なつめ
恋愛
暗殺者として生きるセレンはふとしたタイミングで前世を思い出す。 ここは自身が読んでいた小説と酷似した世界――そして自分はその小説の中で死亡する、ちょい役であることを思い出す。 これはいかんと一念発起、いっそのこと主人公側について保護してもらおう!と思い立つ。 そして物語がいい感じで進んだところで退職金をもらって夢の田舎暮らしを実現させるのだ! そう意気込んでみたはいいものの、何故だかヒロインの義兄が上司になって以降、やたらとセレンを気にして――? おかしいな、貴方はヒロインに一途なキャラでしょ!? ※小説家になろう・カクヨムにも掲載

ハードモードな異世界で生き抜いてたら敵国の将軍に捕まったのですが

影原
恋愛
異世界転移しても誰にも助けられることなく、厳しい生活を送っていたルリ。ある日、治癒師の力に目覚めたら、聖堂に連れていかれ、さらには金にがめつい師によって、戦場に派遣されてしまう。 ああ、神様、お助けください! なんて信じていない神様に祈りを捧げながら兵士を治療していたら、あれこれあって敵国の将軍に捕まっちゃった話。 敵国の将軍×異世界転移してハードモードな日々を送る女 ------------------- 続以降のあらすじ。 同じ日本から来たらしい聖女。そんな聖女と一緒に帰れるかもしれない、そんな希望を抱いたら、木っ端みじんに希望が砕け散り、予定調和的に囲い込まれるハードモード異世界話です。 前半は主人公視点、後半はダーリオ視点。

『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』

透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。 「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」 そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが! 突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!? 気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態! けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で―― 「なんて可憐な子なんだ……!」 ……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!? これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!? ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆

【短編完結】元聖女は聖騎士の執着から逃げられない 聖女を辞めた夜、幼馴染の聖騎士に初めてを奪われました

えびのおすし
恋愛
瘴気を祓う任務を終え、聖女の務めから解放されたミヤ。 同じく役目を終えた聖女たちと最後の女子会を開くことに。 聖女セレフィーナが王子との婚約を決めたと知り、彼女たちはお互いの新たな門出を祝い合う。 ミヤには、ずっと心に秘めていた想いがあった。 相手は、幼馴染であり専属聖騎士だったカイル。 けれど、その気持ちを告げるつもりはなかった。 女子会を終え、自室へ戻ったミヤを待っていたのはカイルだった。 いつも通り無邪気に振る舞うミヤに、彼は思いがけない熱を向けてくる。 ――きっとこれが、カイルと過ごす最後の夜になる。 彼の真意が分からないまま、ミヤはカイルを受け入れた。 元聖女と幼馴染聖騎士の、鈍感すれ違いラブ。

処理中です...