36 / 54
三文芝居
しおりを挟む「殿下が何をおっしゃっているか……」
「あなたとテオドア様、顔は確かに似ているけれど、慣れれば違いはよくわかるのよ。髪の色を同じにしても十分見分けられる。それに、テオドア様は私のことを『殿下』ではなく『ユリアーネ様』と呼ぶのよ」
「なっ!?」
まだ状況がわかっていない様子のテオドア様に「なんと無礼な……」とでも言いたげな鋭い眼光で睨みつけた。
後宮内で名前を呼ぶことを許しているのはテオドア様だけだ。
ドミニク様は私が誰にも名前を呼ぶことを許していないと思っていたのだろう。
「それにテオドア様は不器用なんかじゃない。むしろ手先が器用な方だから刺繍を嗜んでおられるわ」
「刺繍……だと……?」
女の趣味である刺繍を楽しむテオドア様への糾弾をするかと思ったが、ドミニク様は顔を歪ませただけだった。
昨夜、テオドア様に扮したドミニク様が「殿下」と呼んだ時点でおかしいとは思っていたし、こちらに伝わってくるほど緊張していた様子も、私に入れ替わりがバレないかという恐れからくるものと思っていた。
指摘しようとも思ったけれど、それをやめたのは私だ。
あのとき、もうどうでもいいと思ってしまったのだ。
もうドミニク様でもいい。誰でもいい。
ヴォルフじゃないのなら、相手なんて皆同じだ。
そんな自棄を起こしてあの場で指摘しなかったから、こんなことになってしまった。
ドミニク様の思惑はどうせ私に自分の子を産んでほしいというものだから、私に実害は及ぼさないだろうと高を括っていたのだ。
私のせいで、テオドア様まで巻き込んでしまった。
だから私は、テオドア様を守る義務がある。
「あなたが私達をここに閉じ込めたのよね?」
これは質問というより最終確認だ。
ドミニク様が私達を殺そうとしているのならば、目覚める前にどうとでもできたはず。
だが先程私を助けに来たという芝居を打ったところを見ると、少なくとも先程までは私のことは助ける意志があったということになる。
私一人ならその芝居に乗じてここを出ようとしただろうが、今は弱ったテオドア様がいる。私が芝居にのり彼を今回の誘拐犯に仕立て上げれば、テオドア様はすぐさま拘束され、最悪即処刑されてしまうだろう。恐らくその手筈も整えているはず。
ならばと思ってドミニク様の三文芝居をあえて見抜いたが、それが好転しているのかはわからない。
するとドミニク様が不思議そうに私を見ていることに気が付いた。
「……殿下はわりかしお元気なのだな。……量を間違えたのか?」
「今なんて?」
「いいえ?」
聞き返しはしたが、ハッキリ聞こえていた。
量、というのは私とテオドア様に盛った薬のことだろうか。
今回のことで気になるのは、ドミニク様がいつ薬を盛ったのかだ。
恐らく薬は月蕩酒に入っていた。だがそれは王宮で用意し、メイドが持ってきたものだ。
彼女は部屋の中のすぐそばにあるテーブルに、月蕩酒とグラスを置いて退出した。月蕩酒をグラスに注いだのはドミニク様だが、彼がテオドア様と入れ替わっていたことに気付いていたから、私は彼から目を離さなかった。そんな中でグラスに薬を入れたとはどうにも考えづらい。
なら彼が王宮内にスパイを侵入させたということだろうか。
……いや、それも考えづらい。王族の口に入れるものを管理する人間は、その素性を徹底的に調べられる。
だとすると買収か。だが後宮に入った婿達は容易に王宮内には入れないから、買収する機会などないはず。
それに月渡りで彼が行った入れ替わりにしても、私達をここに運ぶにしても、人の目をかいくぐられるものなのだろうか。
次から次へと疑問が湧くが、とにかく今はドミニク様がどうやってこんなことをしたのかを聞き出すのは二の次だ。
ここから二人共無事に出ることを最優先にしよう。
すると開き直ったように、大げさなため息をドミニク様が吐いてみせた。
「えぇ、そうですよ。どうせ殿下は愚兄を選ばれると思っていましたしね」
どうやら私にあまり好かれていない自覚はあったらしい。
「……それで、ドミニク様は私達をここから出してくれるのかしら?」
「それは今からする私の質問に対しての、殿下のお答え次第です」
ドミニク様が恭しく腕を組み、低い声で尋ねた。
「私を王婿としてお迎えくださいますか?」
「愚問ね」
すぐさま答えると、ドミニク様はわかりきっていたように渇いた笑みを浮かべた。
「そうですね、愚かなことを聞きました。やはり高貴な血があろうとも野蛮なものが入ってしまったから、ご賢明な思考ができないのですね。残念です」
「私を殺すつもり?」
「まさか。私が殿下に手をかけるはずがありません。殿下にはここで儚くなるまで静かにお待ちいただきたいのです」
自らの手を汚さないことが、自身を汚しているとは思わないのだろうか。
いや、思わないのだろう。
「なら、私のことは置いていっていい。だけどテオドア様だけでも出してあげることはできない? あなたのお兄様なのよ」
「ユリアーネ様!」
「お優しいですね、殿下は。……でもできません。そいつがいたら私の邪魔になる」
無情なまでの即答だった。
だがドミニク様はこんな短絡的な考えをする人だっただろうか。青い血崇拝が強い人ではあったが、だからこそ王族を害そうなどという発想自体思い浮かばない人にも思える。
彼が何か画策するとすれば、どうにかして私の王婿になろうとすることだろうに、まさかこんな私を殺そうとするまでに考えが至ってしまうとは少々信じられない。
だが実際に事を起こしているし、本人が言っているのだから疑いようはない。
彼は私を殺して王位継承権を得るつもりだ。
今の段階で王となるべく母を弑逆してしまうより、私を消して後継者問題を浮上させ、王族と血の繋がりのある自分を王としたほうが遥かに楽だ。
テオドア様が邪魔というのは、ユタバイト家のどちらを王太子とするかのもめ事を事前に潰しておくためだろう。
「ドミニク、馬鹿な真似はよせ。せめてユリアーネ様だけでもここから出してくれ!」
「テオドア様、もう何を言っても無駄よ」
ドミニク様を説得しようとするテオドア様を窘めた。
今ここで説得に応じる気持ちがあるのなら、彼はこんなことはじめから決行していないはずだ。
だがここで説得を止めたのは、ある種私がドミニク様を見捨てたものになる。
それをわかっているのだろう。毛布に包まるテオドア様は愕然としていた。
30
あなたにおすすめの小説
ストーカーから逃げ切ったつもりが、今度はヤンデレ騎士団に追われています。
由汰のらん
恋愛
ストーカーから逃げていたある日、ハルは異世界に召喚されてしまう。
しかし神官によれば、どうやらハルは間違って召喚された模様。さらに王子に盾ついてしまったことがきっかけで、ハルは国外追放されてしまう。
さらに連行されている道中、魔族に襲われ、ハルの荷馬車は置き去りに。
そのさなか、黒い閃光を放つ騎士が、ハルに取引を持ちかけてきた。
「貴様の血を差し出せ。さすれば助けてやろう。」
やたら態度のでかい騎士は、なんとダンピールだった!
しかしハルの血が特殊だと知った騎士はハルを連れ帰って?
いっそ美味しい血と癒しを与えるダンピール騎士団のセラピストを目指します!
【完】麗しの桃は攫われる〜狼獣人の番は甘い溺愛に翻弄される〜
こころ ゆい
恋愛
※完結しました!皆様のおかげです!ありがとうございました!
※既に完結しておりますが、番外編②加筆しました!(2025/10/17)
狼獣人、リードネストの番(つがい)として隣国から攫われてきたモモネリア。
突然知らない場所に連れてこられた彼女は、ある事情で生きる気力も失っていた。
だが、リードネストの献身的な愛が、傷付いたモモネリアを包み込み、徐々に二人は心を通わせていく。
そんなとき、二人で訪れた旅先で小さなドワーフ、ローネルに出会う。
共に行くことになったローネルだが、何か秘密があるようで?
自分に向けられる、獣人の深い愛情に翻弄される番を描いた、とろ甘溺愛ラブストーリー。
「ご褒美ください」とわんこ系義弟が離れない
橋本彩里(Ayari)
恋愛
六歳の時に伯爵家の養子として引き取られたイーサンは、年頃になっても一つ上の義理の姉のミラが大好きだとじゃれてくる。
そんななか、投資に失敗した父の借金の代わりにとミラに見合いの話が浮上し、義姉が大好きなわんこ系義弟が「ご褒美ください」と迫ってきて……。
1~2万文字の短編予定→中編に変更します。
いつもながらの溺愛執着ものです。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました【完結】
iru
恋愛
第19回 恋愛小説大賞エントリーしています。ぜひ1票お願いします。
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました
ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。
名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。
ええ。私は今非常に困惑しております。
私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。
...あの腹黒が現れるまでは。
『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。
個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。
『嫌われ令嬢ですが、最終的に溺愛される予定です』
由香
恋愛
貴族令嬢エマは、自分が周囲から嫌われていると信じて疑わなかった。
婚約者である侯爵令息レオンからも距離を取られ、冷たい視線を向けられている――そう思っていたのに。
ある日、思いがけず聞いてしまった彼の本音。
「君を嫌ったことなど、一度もない」
それは誤解とすれ違いが重なっただけの、両片思いだった。
勘違いから始まる、甘くて優しい溺愛恋物語。
無能と追放された魔導鍛冶師、最強の騎士に拾われ溺愛される
ムラサメ
恋愛
「君の打つ剣は輝きが足りない。もっと華やかに光る、騎士団の象徴となる剣を打てないのか」
実家の鍛冶屋からも、婚約者である騎士団長カイルからも「無能」と切り捨てられた鍛冶師・メル。不純物を削ぎ落とし、使い手の命を守るためだけに特化した彼女の「究極の業」は、美しさを求める凡夫たちには理解されなかった。
冷たい雨の中、行き場を失い魔物に襲われた彼女を救ったのは、隣国の至宝であり、その強すぎる魔力ゆえに触れる武器すべてを粉砕してしまう最強の騎士――アルベールだった。
圧倒的な武力で魔物を屠り、砕けた愛剣を悲しげに見つめるアルベール。周囲がその「化け物じみた力」を恐れて遠巻きにする中で、メルだけは違った。彼女は泥にまみれた鉄の破片を拾い上げ、おっとりと微笑む。
「……騎士様。この子は、あなたの力に応えようとして、精一杯頑張ったみたいですよ」
その場で振るわれたメルのハンマーが、世界で唯一、アルベールの全力を受け止める「不壊の剣」を産み落とした瞬間――最強ゆえに孤独だった英雄の運命が、狂おしく回り始める。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる