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三文芝居
しおりを挟む「殿下が何をおっしゃっているか……」
「あなたとテオドア様、顔は確かに似ているけれど、慣れれば違いはよくわかるのよ。髪の色を同じにしても十分見分けられる。それに、テオドア様は私のことを『殿下』ではなく『ユリアーネ様』と呼ぶのよ」
「なっ!?」
まだ状況がわかっていない様子のテオドア様に「なんと無礼な……」とでも言いたげな鋭い眼光で睨みつけた。
後宮内で名前を呼ぶことを許しているのはテオドア様だけだ。
ドミニク様は私が誰にも名前を呼ぶことを許していないと思っていたのだろう。
「それにテオドア様は不器用なんかじゃない。むしろ手先が器用な方だから刺繍を嗜んでおられるわ」
「刺繍……だと……?」
女の趣味である刺繍を楽しむテオドア様への糾弾をするかと思ったが、ドミニク様は顔を歪ませただけだった。
昨夜、テオドア様に扮したドミニク様が「殿下」と呼んだ時点でおかしいとは思っていたし、こちらに伝わってくるほど緊張していた様子も、私に入れ替わりがバレないかという恐れからくるものと思っていた。
指摘しようとも思ったけれど、それをやめたのは私だ。
あのとき、もうどうでもいいと思ってしまったのだ。
もうドミニク様でもいい。誰でもいい。
ヴォルフじゃないのなら、相手なんて皆同じだ。
そんな自棄を起こしてあの場で指摘しなかったから、こんなことになってしまった。
ドミニク様の思惑はどうせ私に自分の子を産んでほしいというものだから、私に実害は及ぼさないだろうと高を括っていたのだ。
私のせいで、テオドア様まで巻き込んでしまった。
だから私は、テオドア様を守る義務がある。
「あなたが私達をここに閉じ込めたのよね?」
これは質問というより最終確認だ。
ドミニク様が私達を殺そうとしているのならば、目覚める前にどうとでもできたはず。
だが先程私を助けに来たという芝居を打ったところを見ると、少なくとも先程までは私のことは助ける意志があったということになる。
私一人ならその芝居に乗じてここを出ようとしただろうが、今は弱ったテオドア様がいる。私が芝居にのり彼を今回の誘拐犯に仕立て上げれば、テオドア様はすぐさま拘束され、最悪即処刑されてしまうだろう。恐らくその手筈も整えているはず。
ならばと思ってドミニク様の三文芝居をあえて見抜いたが、それが好転しているのかはわからない。
するとドミニク様が不思議そうに私を見ていることに気が付いた。
「……殿下はわりかしお元気なのだな。……量を間違えたのか?」
「今なんて?」
「いいえ?」
聞き返しはしたが、ハッキリ聞こえていた。
量、というのは私とテオドア様に盛った薬のことだろうか。
今回のことで気になるのは、ドミニク様がいつ薬を盛ったのかだ。
恐らく薬は月蕩酒に入っていた。だがそれは王宮で用意し、メイドが持ってきたものだ。
彼女は部屋の中のすぐそばにあるテーブルに、月蕩酒とグラスを置いて退出した。月蕩酒をグラスに注いだのはドミニク様だが、彼がテオドア様と入れ替わっていたことに気付いていたから、私は彼から目を離さなかった。そんな中でグラスに薬を入れたとはどうにも考えづらい。
なら彼が王宮内にスパイを侵入させたということだろうか。
……いや、それも考えづらい。王族の口に入れるものを管理する人間は、その素性を徹底的に調べられる。
だとすると買収か。だが後宮に入った婿達は容易に王宮内には入れないから、買収する機会などないはず。
それに月渡りで彼が行った入れ替わりにしても、私達をここに運ぶにしても、人の目をかいくぐられるものなのだろうか。
次から次へと疑問が湧くが、とにかく今はドミニク様がどうやってこんなことをしたのかを聞き出すのは二の次だ。
ここから二人共無事に出ることを最優先にしよう。
すると開き直ったように、大げさなため息をドミニク様が吐いてみせた。
「えぇ、そうですよ。どうせ殿下は愚兄を選ばれると思っていましたしね」
どうやら私にあまり好かれていない自覚はあったらしい。
「……それで、ドミニク様は私達をここから出してくれるのかしら?」
「それは今からする私の質問に対しての、殿下のお答え次第です」
ドミニク様が恭しく腕を組み、低い声で尋ねた。
「私を王婿としてお迎えくださいますか?」
「愚問ね」
すぐさま答えると、ドミニク様はわかりきっていたように渇いた笑みを浮かべた。
「そうですね、愚かなことを聞きました。やはり高貴な血があろうとも野蛮なものが入ってしまったから、ご賢明な思考ができないのですね。残念です」
「私を殺すつもり?」
「まさか。私が殿下に手をかけるはずがありません。殿下にはここで儚くなるまで静かにお待ちいただきたいのです」
自らの手を汚さないことが、自身を汚しているとは思わないのだろうか。
いや、思わないのだろう。
「なら、私のことは置いていっていい。だけどテオドア様だけでも出してあげることはできない? あなたのお兄様なのよ」
「ユリアーネ様!」
「お優しいですね、殿下は。……でもできません。そいつがいたら私の邪魔になる」
無情なまでの即答だった。
だがドミニク様はこんな短絡的な考えをする人だっただろうか。青い血崇拝が強い人ではあったが、だからこそ王族を害そうなどという発想自体思い浮かばない人にも思える。
彼が何か画策するとすれば、どうにかして私の王婿になろうとすることだろうに、まさかこんな私を殺そうとするまでに考えが至ってしまうとは少々信じられない。
だが実際に事を起こしているし、本人が言っているのだから疑いようはない。
彼は私を殺して王位継承権を得るつもりだ。
今の段階で王となるべく母を弑逆してしまうより、私を消して後継者問題を浮上させ、王族と血の繋がりのある自分を王としたほうが遥かに楽だ。
テオドア様が邪魔というのは、ユタバイト家のどちらを王太子とするかのもめ事を事前に潰しておくためだろう。
「ドミニク、馬鹿な真似はよせ。せめてユリアーネ様だけでもここから出してくれ!」
「テオドア様、もう何を言っても無駄よ」
ドミニク様を説得しようとするテオドア様を窘めた。
今ここで説得に応じる気持ちがあるのなら、彼はこんなことはじめから決行していないはずだ。
だがここで説得を止めたのは、ある種私がドミニク様を見捨てたものになる。
それをわかっているのだろう。毛布に包まるテオドア様は愕然としていた。
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