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18 呪いはかけない
しおりを挟むドミニク様は厭味ったらしいほど慇懃な挨拶をして部屋を出ていった。
扉を閉めた後に外でまたどかどかと音がしたのは、恐らくしっかりと施錠したのだろう。念の為確認してみたが、やはり外に何かがつっかえているようで扉は開かない。
ドミニク様は私を連れて帰らなかった場合、この部屋に来たときペラペラと言っていたシナリオ通り、私とテオドア様が心中したことにするのだろう。テオドア様の誘拐だとユタバイト家だけに傷がつくが、心中となれば王家にも傷がつけられ同罪となるだから。
だから私達は離されず、同室のままなのだろう。加えて私はこんな格好だ。どうとでも捏造できる。
とにかく、今やるべきことは変わらない。
まずはここからの脱出だ。
「テオドア様、具合が悪いところ申し訳ないけれど、もし動けそうなら少し手伝ってくれる?」
毛布に包んだ体を小さくしながら、弟のしでかしたことに打ちひしがれているテオドア様に声をかけた。
「手伝うとは……?」
「ここからの脱出に決まっているでしょ」
「そんな、どうやって……」
「ドミニク様がここは王宮内って言っていたでしょ。上等なベッドがあることを考えると、恐らく王族用の牢屋か、非常時の一時的なシェルターのどちらか。仮に牢屋だと部屋が綺麗すぎるし、物も揃いすぎている。それに扉の鍵は内側から施錠するタイプだから、牢屋にそれはありえない。だとしたら後者。王宮内のシェルターなら、入口以外にも外に通ずる道を隠して作る決まりがあるの。だからそれを探すのを手伝って」
大人しくドミニク様を帰したのも、脱出口があるという一縷の望みに賭けたからだ。
「ユリアーネ様はこの状況に驚いておられないのですか……?」
自分とは違う生き物かのような目でテオドア様が私を見る。
なんと心外なことか。
まずは部屋の装飾品を色々と移動し、どこかに抜け穴や隠し扉を出すスイッチがないかを見ていくことにした。
「驚いたり絶望でもすれば状況が一変するならするけどね。それに体力があるうちに行動しないと、ちんたら絶望してたら状況はまずくなる一方よ」
「お強いのですね……」
「月渡りのときドミニク様があなたに変装しているとわかっていたからね。まんまと薬を盛られてこんなところにいるから格好悪いけど、とにかくあなたより状況の把握が早かっただけ。テオドア様はいつ自分がここに運ばれたかわかる?」
テオドア様は少しふらついたが思ったより足腰はしっかりしている。
毛布のおかげか先程の震えもなくなっているようだ。まだそこまで寒い季節ではなかったことが不幸中の幸いだ。
「僕は月渡りの日、昼食を食べ終えた辺りから記憶がありません。その後はユリアーネ様に起こされるまで眠っていました」
「じゃあ私よりもかなり長く眠らされていたのね。途中で薬を足されたのか、それとも強い薬だったのか……」
ドミニク様は私に対して「量を間違えた」と零していた。
とすれば、本来私もテオドア様のように具合はかなりひどいものになっていたのだろう。それによって私が目覚めるのがもっと遅かったら、テオドア様は今頃手遅れだったかもしれない。
仮にドミニク様が起こしに来たとしても、今のテオドア様のようにフラフラだったら何の反論もできなかったはず。
ドミニク様がミスをしてくれてよかった。
それも不幸中の幸いだ。
「テオドア様、つらいならベッドで眠っていてもいいからね」
「いいえ。弟が引き起こしたことなのに、ユリアーネ様に頼りきっていては自分が情けなさすぎます。手伝わせてください」
顔色は未だひどいものだが、テオドア様のくすんだオレンジ色の瞳は強く光っていた。
後宮に来るまでのオドオドとしていた彼は、もう見る影もない。
「ありがとう。でも少しでも具合が悪くなったらちゃんと休んでね」
「はい。ユリアーネ様も」
一人じゃなくてよかった。
こんなところに一人だったら、それこそメソメソと絶望していたかもしれない。
「ユリアーネ様は寒さのほうは平気ですか? 僕のことは気にせず、つらかったらおっしゃってください」
「薄着のあなたから毛布を奪ってまでではないから、遠慮せずそれは使って。……ったく、攫うならもっと早くしてほしかった。寒い時期の誘拐なんてごめんよ」
「僕はどんな時期でも誘拐されたくないです……」
そりゃそうだ、と二人にして笑いながら手を止めず部屋を物色していく。
飾られている絵画に触れたり裏を覗いてみたり、床に敷き詰められたタイルを叩いて空洞がないかも確認したが、そんなことはなさそうだ。
もちろん壁を叩いて奥に空洞がないかも、一面試してみたがどうやら見当違いらしい。
嫌な考えがよぎる。
もしやここはシェルターなどではなくただの地下室で、ドミニク様がベッドを運んで内装を整えシェルターのように見せたのかもしれない。
シェルターでないことに気付き、絶望する私達を嘲笑うために。
そうなれば脱出口などない。
でも、そんな手間暇かかるようなことをするだろうか。
私達が脱出口を探すかもわからないし、ここがどこだかわからないがあんなベッドや大時計を運んでいれば誰かに見られる危険だってあるというのに。
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