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諦めていない
しおりを挟む会議の後、散々探した後だがまた後宮を探すことにした。
何かしていないと気が狂う。それに後宮は範囲で言えばかなり広く、使われていない建物も多い。先日の王族専用避難室のように入口がわかりづらいものとなっていたのなら、さらに捜索は困難だ。
闇雲に探しても見つかるとは思えない。でも、闇雲だろうと探さなければ見つからない。
もし、俺と姫様が本当に糸で繋がっていたら、こんな思いはしないのに。
姫様が俺に首輪をつけて、そこに繋がる紐をいつも持っていてくだされば、姫様がどこかへ行かれても俺もついていけるのに。
姫様は生きておられるだろうか。それとも……。
それを考えたくなくて、馬鹿な妄想でそれを打ち消していく。そうしないと足元から崩れてしまいそうになるからだ。
「あっ、あなたは……」
急に気の抜けるような声がして顔を上げると、後宮最年長の上級婿であるルスラルドが供も付けずに一人で立っていた。
「確か、殿下の護衛の……」
「ヴォルフ・クラムロスと申します」
会話をするつもりはないため、最低限の挨拶と礼をしてその場を去ろうとしたが、「あの……」と呼び止められた。
「もしや殿下をお探しですか?」
「えぇ、もちろん。……何かご存知なのですか!?」
語気を強めてルスラルドに迫ると、整った顔立ちを戸惑わせた。
「あ、いえ。殿下のことは何も存じません」
すぐさま否定され、見るからに肩を落とした。
当然といえば当然だ。すでに姫様がいなくなってもう二日。何か知っているのならば真っ先に進言しているだろう。後宮の誰も来ない裏庭で一人ふらついているわけがない。
「ただ、ちょっと気がかりなことがありまして」
「そうですか。では自分は姫様を捜さねばなりませんのでこれで失礼します」
「あっ、ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」
とっととこの場を去ろうとした俺をルスラルドが慌てて止めた。
「ビックリしたぁ。あなた、殿下以外興味がないにもほどがありますよ」
「姫様が行方不明となられているのです。それ以外の些事に時間を使いたくなどありません」
「確かに殿下のことは何も知りませんが、テオドア卿の居場所ならわかるかもしれません!」
「それを早く言え! 案内しろ!」
思わず声を荒げたが、ルスラルドは気にした様子はなく「こっちです」と言って先導し始めた。
テオドアが姫様を連れ去ったのか、それとも二人共が何者かに連れ去られたのかは定かではないが、テオドアを見つければ、そこと同じもしくは近くに姫様がいる可能性が高い。
もし前者なのだとしたら地獄を見せてから地獄に落とす一択だが、後宮で姫様と話をしていた様子からして悪事を働くようには見えなかった。だがガワが善人でも中身は悪魔など、あり得る話どころかありきたりな話だ。
とにかく、俺の最優先は変わらない。
上級婿と王女の護衛が一緒にいることの不自然さから人目を忍ぶように進んでいったが、どんどん人目がなくなってきた。一応道は舗装されているがそれもかなり前のようで、この辺りにはもうずいぶん手入れがされていないことが窺えた。
「それにしても何故貴殿はテオドア卿の居場所をご存知で?」
「月渡りの日の夕方、この辺りでレンガ色の髪を持つ男性を運ぶ者達を見かけて、ついていったんです。場所だけ突き止めてすぐ引き返しましたけど」
「……月渡りの日の夕方?」
それはおかしい。
姫様は月渡りの相手にテオドアを選び、部屋まで入ったことをあの年嵩のメイドが目にしている。
それなのにルスラルドの話を信じるのならば、テオドアは月渡りが行われる前からすでに連れ去られていたということになり、辻褄が合わなくなる。
となるとルスラルドが見たレンガ色の髪の人間はテオドアではないということか……?
「それなら何故すぐに誰かにそれを言わなかったのです?」
「袋に入れられていて髪くらいしか見えなかったんです。だから内内で始末した人を処理しているんだと思ったんですよ。王宮で人を処理するなんてよくあることだし、レンガ色の髪も珍しいわけではありませんから、あれがテオドア様とはその際思わなかったんです」
「なら尚のこと何故今になってこのようなことを?」
国民への公表はさておき、城内で姫様達がいなくなったことを隠しておくことは難しく、月渡りの翌日に正式に後宮内にも伝えられたはずだ。
その間、何か情報収集でもしていたのだろうかと思い尋ると、ルスラルドはなんでもないことのように答えた。
「知らなかったんですよ。テオドア様までいなくなったことを」
「話を聞いていなかったと?」
「聞かされていなかったんだ。うちの使用人は皆私のことがお気に召さないらしいから、基本無視されてるんで。だから今だって一人でいる」
なんでもないことのようにサラリと言った。
後宮入りする際、基本的に実家から慣れ親しんだ使用人を連れてくる。
だがルスラルドの使用人は皆家から連れてきた者は一人もおらず、下級貴族から新たに雇った者ばかりと聞いている。
家の中でお荷物とされてきた年嵩のぼんくら息子だというのに、家柄だけで上級婿となれるルスラルドに対し、彼らは行き場のない不満があるのだろう。連絡事項を伝えないというのは一種の鬱散だ。
「じゃあ何故今頃知ったんです?」
「今は殿下とテオドア卿のことで話が持ち切りです。歩いているだけで話が舞い込んできたんですよ」
もし彼らがテオドアがいなくなったことをルスラルドに伝えていたら、迅速にテオドア探しができたと思うと、俺のほうが腹立たしくなる。
「情けない話をしてすみません。まあ私は人生を諦めた人間なので、何を言われても構わないんですがね」
「諦めてはないと思うが」
案内してもらうため、ずっと俺の前を向いて歩いていたルスラルドが初めて振り返った。
足は止めずにいてほしいと思い、俺は止まらずルスラルドを数歩追い抜かした。
「貴殿はテオドア卿がいなくなったと聞いたとき、そのまま知らぬ存ぜぬができたはずだ。だが諦めず今こうして俺を案内してくれているだろ」
ルスラルドは何も言わずに俺を見つめていた。
「貴殿は姫様に対して何の悪感情を抱いていないとわかっていた。だから俺も貴殿に何もしなかった」
「何もしなかったって……何か悪感情があったら君に何かされてたってこと?」
少々呆れているような物言いだ。
だが今しがたまでの硬い口調はなく、柔らかい。
「姫様の前に転がる小石は事前に排除するのが俺の使命だ」
「なるほど。じゃあはじめの頃よりだいぶ後宮が涼しくなったのは、小石がたくさんあったわけだ。で、私は小石とも思われなかったってわけだ」
「姫様は貴殿の絵を綺麗とおっしゃられていた」
ルスラルドもようやく歩みを再開し、すぐに俺を追い抜いた。
「姫様の目に、姫様が綺麗とおっしゃられるものがあるのはよいことだ」
「殿下でもお世辞の一つは言うだろうさ」
「もちろんだ。だが姫様は賛辞と世辞の区別をつけておられる。そして貴殿は、姫様の目を彩ることができる才を持っている」
「君は何が言いたいんだ……?」
ルスラルドは小さくため息を吐いた。だがそこには苛立ちが見受けられず、息を整えているかのように思えた。
「俺はただ、諦めたと宣うその人生を、姫様の目を彩る色として捧げればいいと言っているだけだ」
姫様は特段絵が好きというわけではない。だが綺麗なものがお好きだ。
これから先も背筋を張って前を向いて勇ましく進んでいくであろう姫様の傍に、その御心を和らげるものがあればいいと思う。きっとそれは俺にはできないことだから。
ルスラルドは一瞬目を丸くしたが、何がおかしいのか小さく笑ってまた前を向いた。
「まあ、殿下のお傍にいて君らを観察するのも悪くないかもね」
その背中は、先程よりもまっすぐ伸びているように思えた。
「ここだ」
たどり着いた先にあったのは、今にも朽ちてしまいそうなほど古い廃教会だった。
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