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糸を辿る
しおりを挟む「俺が先導するから貴殿も来てくれ」
「いいけど、何かあったら守ってくれよ。私はそういった方面は滅法弱いんだ」
「当然だ」
「あと、もうルスラルドでいいよ。代わりに私も君のこと遠慮なくヴォルフと呼ぶから」
「わかった。構わない」
階段を下りていったが割とすぐに最下層へとたどりつき、そこからは少々長い一本道の先に扉があるだけだった。壁や天井がすべて黒く塗られているせいでどこまでも深い地下に見えたが、どうやらそうでもないらしい。
ルスラルドが必死に背中にしがみついているせいで少々動きづらいが、足音を立てないよう二人で慎重に進んでいく。
一本道の途中には何もなく、一番奥に一部屋あるだけのようだ。
そしてその部屋の扉の取っ手に、鉄製の棒が引っ掛かっていて、施錠の役割を果たしていた。
あそこに姫様が……?
逸る思いで扉に耳を当ててみると、僅かにだが人の気配がした。ルスラルドに無言で少し下がっていろと伝え、音が出ないようそっと棒を外した。
再び扉に耳を当てたが、気配は先程と変わらない。
振り返ってルスラルドを見て、目線で「一気に開ける」と伝えると、怖がっているようだが大きく頷いた。
ドアを一気に開け辺りを見渡すと、割と広い空間が現れた。
廊下と違って壁は真っ白だが光源がないせいかかなり暗い。
「ヴォルフ! あそこ! テオドア卿だ!」
ルスラルドの指差した先にあるベッドに、テオドアが毛布にくるまりぐったりと倒れていた。
扉の向こうで感じた気配はこいつだろう。辺りに姫様の姿はなく、今入ってきたものとは違う入口がぽっかりと開いていて、冷気が漏れ出ていた。
そのせいか、ここは教会の中よりも気温が低い。
「テオドア卿! お気を確かに!」
「う……っ、ユリア……ネ、さまが……」
顔面蒼白で見るからに衰弱しているテオドアが、ルスラルドに支えられ、渇いた唇から絞り出すように声を発した。
恐らく脱水症状を起こしている。
「姫様がどうした!? 姫様はどこにいる!?」
「時計の、奥……助け、呼びに……ヒ、ヒモの先に、おられるはず……」
先程見た入口に再び目を向けた。確かによく見ると大時計が扉の代わりになっている。
「ユリ、アーネ、さまを……は、はやく、お助け、ください……」
「テオドア卿、もう喋らないほうがいい」
ルスラルドが宥めるように声をかけるが、テオドアは必死に言葉を紡いだ。
「ぼ、僕が、不甲斐ない、ばかりに……申し訳、ございま……っ」
「もう喋られるな。貴殿の我が主に対する忠義に感謝する。あとはゆっくり休まれよ。ルスラルド、テオドア卿を頼む」
「あぁ、もちろんだ」
大時計の奥へと続く廊下に入った途端、辺りは黒に塗りつぶされたかのような常闇へと変わった。
突き当りに着き、足元に重石に踏まれた白い紐を見つけた。紐というより白い布を細く切ったようなものだろう。それを触らないよう気を付けながら奥へと進んでいくが、暗闇のせいで自然と足取りは遅くなる。
「姫様ぁっ!」
叫んでみたが、返事も音もしなかった。
テオドアのあの様子からして、彼は姫様を誘拐したのではなく、一緒に閉じ込められたのだろう。
恐らくそのまま放置して二人が朽ちることを望んだ者がいる。黒幕は別の人間だ。
――――こんな暗く、狭く、寒い場所に姫様を閉じ込めた者がいる。
怒りと憎しみが、自分の中でグツグツと煮えたぎっているのがわかる。
だが今はそれよりも姫様の救出だ。
この白い紐の先に姫様はいる。
きっとご無事なはずだ。
姫様は身も心も逞しい御方だ。大丈夫。きっと、いや絶対大丈夫。
自分に言い聞かせるように真っ暗闇の中を進んでいく。
俺と姫様を繋ぐ、この頼りない糸を辿って。
姫様のお傍にいられるのなら、姫様の操り人形でもなんでもよかった。
俺の糸を姫様が持っていてくれるのなら、それだけで十分だ。――――なんて、そんなわけ、なかったのに。
この地下牢は僅かにだが坂道になっていて、緩やかに地上に近づいているのがわかった。
自分の手すらハッキリと見ることができないこの暗く寒い道を、たった一人で手探りで進んでおられたのかと思うと胸が潰れるような思いになる。
だが次の瞬間、本当に胸が潰れたような思いになった。
紐が途切れていた。
突如地面がなくなったかのような、訳の分からない恐怖が体を襲った。
「姫様! 姫様ぁっ!!」
呼号は虚しく響くだけだった。
急に空気が薄くなったと思うほど苦しくなり、息が荒くなり鼓動が痛いほど早くなる。
途切れた先へ足が縺れながら進むと、道は二つに分かれていた。だが片方から僅かに光が漏れているのが見え駆けだした。
光は僅かに開いている扉から漏れ出ていて、細い人間がかろうじて通れるほどしか開いていなかった。
その隙間から俺は通り抜けることはできなさそうで、押し開けようとするとなかなかの重量があった。
一瞬外の眩しさに目を眇めたが、すぐに目を見開いた。
寒々しい夜着にボロボロのガウンを纏い、脱げかけの男物の革靴を素足で履いた姫様が、ぐったりとした様子で倒れていた。
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