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真っ黒い安堵
しおりを挟む次の瞬間目を覚ますと、見慣れた自室のベッドの天蓋が目に入った。
喉がひどく渇いていて空咳をした途端、視界の隅に黒いものが動いた。
「姫様っ!」
目の下に真っ黒な隈を作るほど見たこともないほど疲れ切ったヴォルフが、今にも泣きそうな、というより泣いている顔で私を覗き込んでいた。
「ご、ご無事ですか!? 俺のことがわかりますか!? いや、えっと、な、何か飲まれますか? それとも何か召し上がりますか?」
「……お水、飲みたいわ、ヴォルフ」
そう答えるとたったそれだけでヴォルフは目を赤くした。
目が覚める前までいた、あの暗闇と同じ真っ黒な出で立ちなヴォルフを見て、泣きそうなほど安堵している自分がいた。
「ぬるい水です。ゆっくり、飲んでください」
コップを受け取ろうとして手を伸ばすと、肘下から指先まで両手に包帯が巻かれていた。それを意識した途端、布団がかぶっていて見えないが、足先にも包帯が巻かれていることに気が付いた。
そのせいで物がうまく掴めなくなっているため、コップにはあまり水が入っておらず、三杯も水を飲んだ。
「テオドア様は……?」
喉が潤い、倒れ込むように枕に頭を預けながらヴォルフに尋ねた。
「ご無事です。強い薬を服用したことと脱水症状からかなり衰弱していて、まだ話せる状態ではないようですが、命に別状はありません」
「そう、よかった……」
ヴォルフは複雑そうな顔をした。
恐らく私が真っ先にテオドア様の心配をしたことを不満に思っているのだろう。
「温かいものが食べたいから用意を頼める?」
ヴォルフは慌てて食事の用意をするよう命じた後、まずはこれをと言って果物を差し出したため大人しくブドウを食べることにした。空腹すぎて空腹を感じていなかったが、ぶどうを二粒ほど食べたところでむしろ空腹を覚えた。
その後すぐさまミルク粥が運ばれ、ベッドの上で侍女に食べさせてもらうと、胃の中がじんわりと温まった。
食事の間もヴォルフは付き添い、食事を終えて二人きりになってから、私の現在の症状を私よりも痛そうな表情で話してくれた。
私とテオドア様は二日間行方不明になっていて、ヴォルフが私を見つけてくれてからさらに二日が経っているらしい。
あの探索のせいで手の爪はほぼ全て剥がれていたことに加え、両手足はひどい凍傷になっていたらしい。特に手はあと少し遅かったら壊死する可能性もあったという。
完全に回復するには、数ヶ月はかかるそうだ。
「本当に申し訳ございません。姫様……」
「ヴォルフが謝ることなんて一つもないよ。それに手も足も治ると聞いて安心したわ」
問題ないと伝えるために笑みを見せたが、ヴォルフの目は私の手に注がれていた。その痛ましいものを見る表情は、自身の不甲斐なさを悔いているようだった。
「私がいない間の王宮の動きを教えてくれる?」
手から視線を外すために尋ねたが、ヴォルフの表情は晴れなかった。
「……姫様、今は静養に集中なされたほうが……」
「でも気になってゆっくり休めないわ。いいから話して」
躊躇いながらも、ヴォルフは私を助けるまでの顛末と、先日行われたという会議の内容を詳細に説明してくれた。
それを聞いて、推測していたものが確信となった。
「今回の一件は、ディグラン子爵とドミニク様の二人によるものだったのよ」
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