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救ってくれたのは
しおりを挟む「ヴォルフ……?」
「姫様、此度の件に関しての事後処理を、すべて俺にやらせていただけないでしょうか?」
突然の提案に言葉が出ない。
だってヴォルフは『護衛騎士』だ。私のことを思ってくれていることはわかるし、憤っているのもわかる。だけどこの件について対応をヴォルフがするのは間違っている。そんなことはヴォルフだってもちろんわかっているはずだ。
「だめよ」
王族が巻き込まれたことは、王族が対応する。これが至極当然のことだ。そしてもちろん、ヴォルフは王族ではない。
私に療養させたい気持ちはわかるし有難いけれど、ヴォルフにやらせるわけにはいかない。
「いいえ、やらせてください」
「どうして……」
「解決した暁に、俺を姫様の隣に立つ栄誉を賜りたいのです」
またしても言葉を失った。
ヴォルフは苦しそうに顔を歪め、そこが痛いというように自分の胸を強く掴んでいた。
「姫様は以前、俺に自分の幸せを考えてと言ってくださったことがありますよね。……でも俺は、その言葉の意味がわからなかったのです」
「わからない……?」
「俺は、姫様のお傍にいる以外に幸せになる方法を知りません」
幸福の話を、ひどく苦しそうに話している。
「だから俺以外の人が、姫様が、なにをしたら幸せになるのか俺はわからないんです。だから姫様を必ず幸せにすると断言はできません。……でも、それでも、俺は姫様のお傍にいたいんです。姫様の後ろではなくて隣に立ち、守りながらも支えられる、そんな姫様の夫となって幸せになりたいのです……!」
「ッフフ」
悲痛に顔を歪ませ乞うように声を震わせていたヴォルフを見て、思わず笑みが漏れてしまった。もちろんそれはヴォルフの耳にも入り、驚いたように顔を上げた。
「つまりあなたは私を幸せにする方法もわからないし、幸せにできる自信もないけど、今回の件を片付けて私と結婚したいってことね?」
「は、はい……。だから愚かなことを聞きますが、何をしたら姫様は幸せと感じるか教えていただけないでしょうか……?」
「あははっ!」
今度は声をあげて笑ってしまった。
だってこんなの笑うしかない。
目覚める前まで、あの暗闇に呑み込まれて気が狂うかと思ったのに、今や愛おしさで頭がおかしくなりそうなのだから。
「私を幸せにできる方法、知りたい?」
「お、教えていただけるのですか……?」
「私のことを、好きだと言えばいいのよ」
跪くヴォルフに近づくようにベッドの上を移動し、その真っ黒な頭に優しく手を置いた。
「ヴォルフが私を好きだと言ってくれるだけで、私は天にも昇るほど幸せになれるわ」
「好きです、姫様っ……」
その言葉に、ヴォルフの黒い瞳から堰を切ったように涙が溢れた。
それを見られないようにするためなのか、ヴォルフは私の体を優しく搔き抱いてその逞しく長い腕ですっぽりと私を胸に収めた。
「初めてお会いした日から、俺に手を差し伸べてくれたあの日から……ご自身のリボンで俺を引っ張ってくださったあのときから……俺は、姫様のために生きたいと思ったんです」
「うん」
「その気持ちに名前をつけることを恐れていました。姫様はいつか、隣に他の男を立たせる御方だから、望んではいけないと無意識に抑制していたのだと思います」
「うん……」
「気付くのが遅くて、姫様のお気持ちを戯れなどと言ってしまい、申し訳ございません。……愛しています。ユリアーネ様」
声も胸も震えているヴォルフの体に、そっと腕を回し、手が痛まないほどの弱い力で抱き寄せた。
厚手の騎士服の上からも、ヴォルフの速い鼓動の音と振動が伝わってくる。
「ほら、私をこんなに幸せにできたじゃない」
どちらからともなく唇が重なり、少し離れてはまた重ねた。
そこに激しさはなく、互いの唇の柔さを味わうような、幸せを確かめ合うようなキスで体の力が抜けていくほどだ。
ヴォルフは脱力する私を支えるように肩に手を添え、熱い息を漏らした。その目は未だに潤んでいて、眦に触れようと手を伸ばすと、それを制するように包帯が巻かれていない二の腕を優しく掴まれた。
ヴォルフはその手を痛々しく見つめた。
「お守りできず、申し訳ございません」
「十分守ってくれたよ。そんなに自分を責めないで」
「それでも、姫様に怖い思いをさせてしまったことがとても悔しく、腹立たしく思ってしまうのです。姫様にあのような暗闇などいてほしくなかったのに」
その言葉に、暗いというよりも真っ黒なあの空間を思い出し肌が粟立った。
そして目の前のヴォルフを見た。
ヴォルフは私と出会う前、ずっとあんな暗闇で子供時代を過ごしてきていたのだろうか。
あの物置小屋の、小さな窓一つしかない狭い部屋で過ごしていた小さな体の彼を思い出し、目頭が熱くなった。
「ヴォルフッ……もう一度抱きしめさせて……」
「はい。姫様の望むままに」
そしてヴォルフはまた私を強く、でも優しく抱きしめた。
あぁ、なんて温かいのだろう。
そう思ったら、もう止められなかった。
「……ヴォルフ、……少しだけ、弱音、吐いてもいい……?」
震えた声しか、もう出せない。
自分を包む、この温もりの前では「王女」でも「主人」でもなく、ただの「ユリアーネ・シーゲル」になってしまう。
奥の奥にしまい込んだ、一生誰にも見せないでいようと誓った、ただの弱い人間である私を、見せてしまう。
「俺の前でだけなら、いくらでも」
手の痛みでこれ以上強く抱きしめられない私の代わりに、ヴォルフがまた強く抱きしめてくれた。
その温かい胸に顔を埋め、肩を震わせ滂沱した。
「……怖かった、本当にすごく、怖かったの……。ヴォルフ……あなたに会いたくてたまらなかった……」
暗闇にいるのが怖かった。
あそこで誰にも見つからず死んでしまうのではないかと思って怖かった。
ヴォルフも怖かったよね。
誰にも見つけてもらえず、暗闇で過ごす幼い日々はどんなに寂しくて怖かっただろう。
そして私が忽然と消えてしまったことを、どれだけ怖いと思っていただろう。
その恐怖が、今よくわかる。
「言うのが遅くなってしまったけれど、私を助けてくれてありがとう」
「……いいえ。俺を助けてくださったのは、救ってくださったのは、姫様です……」
私のローズピンクの髪に頬擦りしながら、ヴォルフは長い腕を私の腰に絡みつくかのように強く抱きしめた。
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