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25 白の裏側
しおりを挟む揺蕩うような夢見心地に包まれて、眠りにつくことができないでいた。
腕の中に眠る愛しい人の雪白のような肌に際限ない劣情を覚えるが、それを必死に宥め、滑らかな肩に唇を落としてから布団をしっかりとかけてあげる。
姫様が好きだという気持ちを、自分は今までどうして気が付かないでいられたのだろうか。
真っ暗闇の中に輝く光のように、絶対に見落とすことなどないほど、自分の心の中にしっかりと存在していたというのに。
「姫様と俺は、結ばれたんだ……」
ぽつりと漏らした自分の言葉が、じわじわと染み込んでいく。
あの狭く暗い部屋に呪縛されていた俺を、姫様は解き放ってくれた。
だけど俺は、その瞬間からまた縛られた。
姫様は俺の手足も、命も、すべて雁字搦めに捕えて離さない。
そのことに幸福を感じ、一生縛られていたいと本気で思っていた。
なのにあなたが俺に心をくださるから、俺が姫様に縛られるだけじゃ足りなくなってしまった。
姫様が、俺に縛られてほしい。
縛られてくれなくちゃ。
寝顔を見つめながらゆったりとしたリズムで髪を撫でていると、僅かにまつ毛が震え瞼が開く。
淡い青の瞳が眠そうにぼんやりとしている。その美しさについ見惚れた。
「まだ起きているの?」
眠いせいで幼気さを覚える声が可愛らしい。
「なんだかもったいなくて……。まだ朝は遠いのでどうぞお休みください」
「えぇ。……ヴォルフ、こっちにおいで」
とろんとした表情でそう言った姫様は、言葉に反してご自身が俺のほうへとすり寄ってきた。
そして俺の背中に手を回し、子供をあやすように優しく擦ってくれた。
「あなたが傍にいると、あたたかいわ……」
小さくそう呟くと、すぐにまた寝息をたてた。
腕の中に感じる熱をしっかりと抱きしめながら、僅かに身を屈めてローズピンクの髪に顔を埋めた。
どうして容易く、俺をこんなにも幸福にしてくれるのだろう。
この方を守るためなら、この時間を守り続けるためなら、俺はなんだってしよう。
邪魔する者は全員排除すればいい。
俺にとってユリアーネ様がいない暗闇に放り出されることは、死と同義なのだから。
「はい。君の番」
王配殿下の執務室。バルコニーに置かれたティーテーブルの上に豪奢なチェス盤が置かれ、俺と王配殿下はチェスを行っていた。
人畜無害そうな笑みで王配殿下が笑む。
その笑みを剥がしたら、狡猾で粘着質な執着心を孕んでいるなど、夢にも思わないほど穏やかに。
「子爵は君が自ら追放をしたんだって?」
「はい。四肢を切り落とし、西の樹海に置いてきました」
シーゲル国の西は広大な樹海が広がっている。
そこは死の森とも呼ばれ、一度入れば二度と戻って来られない立ち入り禁止区域だ。その森を抜けると隣国へと行けるが、人間の足で隣国へと無事にたどり着くことはまず不可能だろう。
そもそも、奴には既に足などないのだが。
「へぇ、驚いた。君は本当に優しいんだね」
「優しい……ですか」
「僕なら目玉もとるかな」
盤上の駒でも取るかのような、なんとも軽い口調で言い放った。
そして殿下は本当に俺の黒い駒を取り、そのマスに自分の白い駒を置いた。
――――……あぁ、何故そうしなかったのだろう。
姫様を殺そうとし、心的外傷を作った男に、姫様以上の暗闇を浴びせたまま朽ちさせればよかった。
だがもう遅い。奴はすでに野犬か何かの腹の中だろう。
すでに捨てたモノなどどうでもいいと、頭の中ですぐに後悔を掃き捨てた。
傍らにいた年嵩のメイドが、空になった殿下のカップに紅茶を注ぎ、すぐにその場を辞した。
そのメイドには見覚えがあった。
「彼女は薬事に長けていてね。月蕩酒はもちろん、他にも色々調合できるから重宝しているんだ」
俺の視線に気が付いた殿下が、お茶の香りを楽しみながら、優雅に言った。
今回の一件は、すべて王配殿下が裏で糸を引いている。
おかしいと思ったのは、今回の逆ハーレム計画と呼ばれるものを聞いたときからだ。
イテラ病の後遺症のことは本当だ。
だが水面下で派閥争いが苛烈している中で後宮を作り、しかも王配派が不満を覚えるような人選をしたとすれば、どう考えても何らかの事態が起きると思うはず。
しかもこの方は、女王陛下と姫様を至高としている。
後継問題があるとはいえ、何故姫様を渦中に放り込むようなことをしたのか、見当がつかなかった。
「君は、ユリアーネが歩く道の石を拾って、あの子が転ばないようにしたいと思っているんだろ?」
殿下が白の駒を動かし、黒の騎士を取った。
その質問には答えなかったが、殿下はそれを是として受け取った。
「護衛騎士にとってはそれが正解だ。だが私は父親だからね。私の役目はユリアーネが躓く石を小さくしてあげて、立ち上がる術を持たせることだ」
「だからあえて、あの誘拐事件を引き起こされたのですね」
少し責めた言い方になってしまったのも仕方ない。
だがすべてが王配殿下の策略通りなら、姫様があんな目に合うことなどなかったはずだ。憤ってしまうのも無理はない。
「愚人は時に突拍子もないことをするから困るね。盤上にいろと言ったのに。……まあこの場合、愚かというより彼の信仰心を侮っていたのかな」
あの教会に姫様を連れだしたのはドミニクだ。
彼は王家を崇拝し、姫様をあそこで眠らせ、本物の神にでもしたかったという。
あの教会は遥か昔のユタバイト家の者が、王族の青を祈るために建てたもので、テオドアをそこに眠らせようとしていたのも、ある種の情だろう。青になれなかった彼を青に染めて眠らせようという、はた迷惑な情だ。
ほら、君の番だよ。と急かされ駒を動かした。
だがそれを見た後殿下は一度お茶に口をつけ、演技がかっているほど優雅に白の女王を動かし「チェックメイト」と唱えた。
彼の王は一マスも動いてはいない。
やる前から負けることはわかっていた。
時折こうしてチェスをするが、一度たりとも勝ったことはないし、接戦に持ち込めたことすらないのだ。
すると早々にチェス盤を片付け、今度は違うボードゲームを取り出した。
「実はリバーシが一番得意なんだよね。君はルール知ってる?」
「はい。やったことはありませんが」
「そうかそうか。ならやろう」
中央の四マスに黒と白の駒を置き、無言でゲームが始まった。
殿下の狙いは、恐らく王配派筆頭であるディグラン子爵の失墜だったのだろう。
だからあえて敵方を懐に招き入れ、彼らが蛮行を犯すことを待っていた。
……いや、蛮行を犯すよう誘導した。
俺に後宮内にいる者の取捨選択権を渡したのは、王配派を切り捨てていくことにより、新国王派を動かすことだ。
王配派の有力貴族が消えていくことに新国王派は業が煮え、姫様が自分を選んでくれないことに憤りを覚えていたドミニクを取り込み、今回の運だよりの杜撰な誘拐事件を起こした。そしてたまたま誰にも見られず、誘拐を果たしたのだ。
だが、見ていなかったからこそ姫様の発見が遅れてしまった。
当初は王配殿下が行けと命じたあの避難室に姫様を連れていくよう操作していたはずなのに、ドミニクによって別の場所へ連れて行かれてしまった。
それが王配殿下の唯一の誤算だった。
だが結果として、すべては殿下の思惑通りに終着した。
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