逆ハーレムを作ったけど、護衛騎士が婿候補をことごとく蹴散らしていく件【R18】

冬見 六花

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終 本当の黒幕

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「――――ってなことを、男共は考えていることだろう」

 侍女達に囲まれながら正礼装に身を包み、青みがかった長い銀髪を結われている母が、凛とした声で言った。

 
 今日は女王陛下の快気祝いとして王宮でパーティーが催される。
 私はすでに準備を終え、母の部屋を覗きに来ていてお茶と軽食をつまんでいた。パーティーが始まると豪勢な食事が並べられるが、実際のところ全くといっていいほど食べられないため、今のうちに小腹を満たしておく。

 母はドレスを好まず、昔から騎士のような礼服を纏って祭典へと出る。
 上の年代の者達は、昔を重んじているためその男装のような恰好に眉根を寄せていたらしい。
 だがそういった者達は、何故か早々に隠居し貴族界から次々と姿を消していった。

「ユリアーネ、お前はどうやら私の男運の無さを受け継いでしまったようだな」
「私よりお母様のほうが絶対にひどいと思うけど」
「ハッ、ぐうの音も出んな」

 口元を緩めても、凛とした声は変わらない。
 私は昔から、母の勇ましく凛々しいところが好きだ。
 だから幼少期は、何故あんなのほほんとした父と大恋愛して結婚をしたのか謎で仕方がなかった。

 だが今にして思えば、母は父から逃れられるはずはなかったのだと理解する。
 
 もちろん母自身、父から逃げようなどとは思っていない。二人はどう見ても相思相愛だ。
 だが人好きそうな父の裏の顔を知った今、父が母を諦めることも逃すこともないことをよく知っている。

「床に臥せった私の言葉に、奸才かんさいを奮う夫を可愛らしいと思う私も大概だがな」
「本当の黒幕は誰だったのかは、お父様には言わないでおいてあげる」
「どうだろうな。あいつはあいつで気づいているかもしれないが」

 母がおかしそうに快活な笑い声をあげた。
 だがすぐに表情を戻し、私を見据えた。
 
「あいつほどではないにしても、ヴォルフもなかなかの男だぞ」
「えぇ。わかっているわ」

 私が即答したことに、母は満足気に笑った。

「お前のために手を汚せる者をお前が選んでくれて、私は誇らしい」

 支度が終わった母が、白の礼服を纏って私の前に立った。
 こちらは座っているし、母はただでさえ背が高いのに、高いヒールのおかげでより一層頭をあげるはめになる。
 その母が鋭い瞳で私を見つめた。
 
「気取られるなよ、ユリアーネ。男共が我々に血みどろの手を見せない努力をしていることを、我々は死ぬまで気付かぬ振りをしてやるんだ」
「勿論です。女王陛下」

 愛する人のためにあえて汚いものから目を逸らす。彼らの努力を見ない代わりに、目一杯彼らを愛し甘やかしてあげる。
 それを彼らが望んでいるのだから、応えてやらなければならないのだ。






 すでにパーティーは始まっている。
 会場へと向かうため長い廊下を一人で歩いていると、廊下の端に見慣れた騎士服ではなく、正装姿のヴォルフが立っていた。
 私の傍へ来てからその場に跪き、恭しく手を取った。

「どうか俺に、ユリアーネ様をエスコートする栄誉を賜りませ」
「えぇ、いいわ」

 差し出された腕に手を重ね、遠くから微かに小楽団が奏でる優雅な音楽が聞こえる廊下を歩く。
 すでにヴォルフは護衛騎士ではないため、後宮にいる婿候補達同様パーティー会場にいるはずなのだが、今日は私が彼を寵愛していることを示すために、あえてエスコートをしてもらうことにした。
 正式な王婿となるには、私がヴォルフの子を産まなければならない。

「お綺麗です、ユリアーネ様。本当に」
「ありがとう。嬉しいわ」
「……うまい言い方ができず申し訳ございません。ですが本当にこの世の何よりもお美しいです」

 自分の口下手さを悔やんでいるように、ヴォルフは眉根を寄せた。
 その顔に思わず吹き出してしまい、お腹を抑えて笑ってしまう。

「あなたがツラツラと美辞麗句を言ったら、偽物なんじゃないかって疑ってしまうわ」
「ですが、もっとうまく自分の気持ちを伝えられないものかと」
「言い方なんてなんでもいいよ。あなたがそう思ってくれていることを、私はわかっているのだから」
「ユリアーネ様……」
「っていってもヴォルフの考えがなんでもわかるわけじゃないから、拙かろうが言葉にはしてほしいけどね」

 私達は近い将来夫婦となるのだから。
 そう言うとヴォルフは嬉しそうだが少し複雑そうな顔になった。

「早く、堂々とユリアーネ様の隣に立ちたいです」

 今の段階ではヴォルフは婿候補。私の寵愛を受けているとはいえ、夫とは呼べない。
 それをもの悲し気に言うヴォルフを見て、重ねていた手を離し腕を掴んで顔を引き寄せた。

「大丈夫よ。一年後、あなたは堂々と私の夫と名乗れるから」
「え……」

 呆けた顔で私を見下ろす顔がおもしろくて、ニタリとしたり顔を返した。
 混乱しているようで「え? あ、あの……そ、それはどういう……」としどろもどろになっている。

「あ~、しばらく紅茶が飲めないのはちょっとつらいわ。でもハーブティーで我慢しなくちゃね」
「ユ、ユリアーネ様……!」
 
 驚いたように目を見開き、黒い瞳を輝かせながら満面の笑みを浮かべたかと思うと、私の腰に手を当てグイと体を引き寄せた。
 ヴォルフが何をしたいと思っているのか、言わずとも顔を見ればわかる。

「パーティーが終わるまで我慢できないの?」
「できません。少し、ほんの少しでもいいので……」
「だけどリップが落ちちゃうわ」
「……っ、ですが」

 キスがしたくて堪らないというように眉根が寄るヴォルフが可愛くて、思わず小さく声をあげて笑ってしまうと、思いのほか声が大きかったのか無人の廊下に少し響いた。
 私を抱き寄せたまま、どうすればと悩む姿を楽しんだ後、ヴォルフの礼服のポケットに手を差し込んだ。

「ユリアーネ様?」
「これ、気付かなかったの?」

 ポケットから取り出したのは、私が今使っているリップだ。今日、ヴォルフがこの礼服を着ると知ってから、今つけているものと同じものを予め忍ばせておいたのだ。「あなたもまだまだね」と笑うと、ようやく私の悪戯に気付いたのか、眉を下げながらも嬉しそうにヴォルフが微笑んだ。

「どうか俺に、ユリアーネ様の口紅を落とす栄誉を賜りください」
「もう、大げさね」

 互いに口角が上がった唇はすぐに重なった。
 唇を食み合いながらゆっくりと丹念に味わっていき、舌は合わさってはいないのにどこか淫靡にも感じられるようなキスだ。

「ん……ヴォルフ、もう……」
「もう少しだけ……」
「これ以上はだめ」

 二人の間に一瞬にしてできあがった熱を帯びた空気を払うような、毅然とした声ではっきりと拒否をした。すると案の定、腰を引き寄せていた手がすぐに離してくれた。だがヴォルフの表情は、もの足りなさと拒否された悲しさが入り混じっているのがわかる。

「申し訳ございません……」
「これ以上したらもっとしたくなるでしょ。あなたとのキスは気持ち良すぎて困るのよ」
「っ!」

 悲しみ混じりの表情はすぐに消え去り、頬を染めながら「ではパーティーの後で、ゆっくりと」と妖艶な声で囁いた。
 私達の夜の逢瀬はまだ月渡りだけと決まっているが、キスだけならばパーティーの後に時間を取れるだろう。それに、ヴォルフとのキスで絶対に蕩けているであろう自分の顔は、絶対に誰にも見せたくなどないし、ヴォルフも見せたくないだろう。
 



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