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2 ふさわしい者
しおりを挟む「なんなのよ、あれは! ふざけんじゃないわよ!」
自室に着いて早々、胸の内の苛立ちを発散させるかのようにクッションをソファに叩きつけた。
ボスンと柔らかな音がして多少埃が舞っただけで、苛立ちは何一つ解消されやしない。
そもそも私がいくら文句を言ったところで、逆ハーレム作りの話が流れることはない。父は一応相談という形をとったが、これはもう決定事項なのだろう。
とはいえ、はいはいと言われるがままにするわけにはいかない。押し進められようが、否定するというポーズは大事なことだ。そしてもちろん本音を言えば逆ハーレムなんか絶対に作りたくない。
どうにもむしゃくしゃすることを抑えられず、転がるようにソファに倒れた。
「姫様」
傍らでずっと見ていたヴォルフが、窘めるような声で囁いた。
この護衛騎士は基本的に無表情で、声も無機質さを感じるほど硬いが、こうしてプライベートな空間で私に話しかけるときだけはそこに柔らかさを帯びている。
髪から瞳から服から手袋まで全身真っ黒でどう見ても怪しげな男だが、容姿の美麗さと耳心地の良い低声が、彼の不気味さを妖艶なものへと変えている。
私もなかなかに華やかな容姿をしていると自覚しているが、この男はまた違った華やかさだ。男女の性差はあれど、この男に色気で勝てる気がしない。
「甘い物をご用意します。それでほんの少しですが落ち着かれましょう」
「……そうね。頼むわ」
いじけた子供のように答えると、ヴォルフはほんの僅かに口角を上げメイドにお茶の準備をするように命じた。ほどなくしてティーワゴンが運ばれると、ヴォルフが手慣れた様子でお茶を淹れ始めた。
ヴォルフは私専属の護衛騎士だ。
彼とは子供の頃からの付き合いで、彼が騎士としての修行を終えた二年前から傍に置いている。
護衛なのだから当然護衛の仕事だけをすればよいのだが、ヴォルフは執事のような役回りも行ってくれている。今のように騎士服のままお茶を淹れることは、彼にとっても私にとっても日常茶飯事だ。
メイドが淹れてくれるお茶もたまに飲むが、私の好みを完璧に把握しているヴォルフが淹れてくれたお茶が一番美味しい。
「ヴォルフはさっきの話、どう思う?」
お菓子をつまみ淹れてくれたお茶を味わい一息ついてから、後ろにいるヴォルフに問うた。
「一介の騎士の身ではお答えできかねます」
「そんなお堅い答えじゃなくていいのに……ハア、ほんと憂鬱だわ」
ため息が留まるところを知らずに出てきてしまう。
逆ハーレムを築くこと自体嫌だが、憂鬱となるには他の理由もある。
現在シーゲル国は複雑な曲面にある。
代々の王の血を尊び女王である母に付き従う、主に高位貴族に多い「女王派」と、母の代わりに治世を行っている父に従う地方領主が多い「王配派」に、貴族が二分化されつつあるのだ。
父は元々地方子爵家の跡取りだったが、母の立太子パーティーで母に一目で恋に落ち、隣に立ちたい一心で血のにじむような努力を行い、従兄弟に家督を譲って今の地位に就いている。
そんな父が今、正当な血筋である母に代わって治政を行っていることから、父の生家であるディグラン子爵家を始めとした王配派が最近メキメキと力を着けてきて、少々厄介な存在になりつつある。
だがそんな派閥ができているとはいえ父と母の仲はすさまじく良好で、王配である父は王配派ではなく女王派の人間だ。
そのなんとも複雑な立場に苦労していることを知っているから、これ以上私から苦言を呈することはできない。
父は既に後宮入りする者を決めていると言っていた。
それがどれほどの人数なのかはわからないけれど、恐らく王配派は数合わせ程度で、そのほとんどは女王派で固められているはず。
そのこと自体には賛成だが、それによって王配派がとやかく言ってきそうにも思える。
逆ハーレム作りというだけでも気が重いのに、水面下の派閥争いに巻き込まれるかと思うと益々気が滅入る。
将来女王となる身としては、これくらいで音をあげてはいけないのだろうけれど。
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