1 / 9
1.
しおりを挟む「や、やあ!ま、待ってたよ!こ、こっちに、おいで…?」
濃霧漂う神社のような場所。
周りには竹藪が鬱蒼と生い茂っているだけで何もなく、葉が擦り合う音だけが響くほど静かな地。
社の入口、5段程高い位置に立つ男は「待っていた」という言葉に反して毛先が少しクルンとした癖のある黒髪は整えられた様子がない。
端正な顔立ちではあるが、男の黒い瞳に虚空のような闇深さが感じられる。その一方でご機嫌取りのようにヘラヘラとしている様子に自信のなさが窺え、長躯を隠すような猫背がそれに拍車をかけている。
ダラリとはだけかけている羽織も、胸元どころか臍まで見えるほど着崩れた浴衣も黒く、解けかけの帯だけが濃灰。
だが何より目がいくのは頭の上にある小さな茶色い丸い耳と、耳と同色だが先端だけが黒い大きくて丸い尻尾だろう。
男を見上げているのは一人の女。
階段から伸びる石畳の上に白い質素なワンピースを着た女のことを、男は良く言えば恍惚に、悪く言えば粘着質に見つめながら先の言葉を言った。
女の栗色の髪は胸までまっすぐ伸びていて、小さい顔の中に納まる大きな目が辺りをキョロキョロと窺っていたが、やがてまっすぐ男に目線を戻した。
「ハアアァァ………♡」
たったそれだけで、男は背筋にゾクゾクとした快感を感じ、熱い息を漏らした。
◆
「こ、こっちにおいで?あ、お、お菓子、あるんだ!君のために用意したんだよ!」
僕は会話をすることは慣れていない。
今まではずっと、一方的にしゃべっていただけだったから。
「…あの、ここは?」
「っ!!! あっ……ハァ…♡」
彼女が! 僕に! 話しかけてくれた!!
嬉しい!嬉しい嬉しい嬉しいっっっ!!
すごい…
彼女が僕を見てる。
あの大きく黒い瞳で僕のことを見てくれている。
ずっとずっと傍にいたのに僕を見てくれなかった彼女が僕を見てくれている!
感動する。堪らない。叫びだしたい。
…興奮する。押し倒したい。貪りたい。しゃぶりつきたい。
でもまずは混乱している彼女にいろいろと説明をしてあげなくちゃ。
あぁ、でも戸惑っている様子も可愛いなぁ。
キョロキョロしている姿も可愛いなぁ。
久々に見る若い彼女の姿もやっぱり可愛いなぁ。
でもあの老年の彼女もまた可愛かったなぁ。
身悶える僕のことをクリクリとした目で見ている彼女の視線にさらに心の中で身悶え、息遣い以外の居住まいを正して再度彼女に声を掛けた。
「ハァ…ハァ……こ、ここは幽世だよ。死したモノが来る世界だけど、この場所は神が住むところ…。亡者は普通、ここに来られないけど、で、でも君は、僕にとっての……と、特別、だから、連れてきたんだ……」
「え?あなた神様なんですか?」
「あっ、す、すごい…♡僕の言葉に君が返してくれるなんて……。そうだよ、僕…、神様なんだ。ほ、ほら、早くこっちに来て…?ぼ、僕は君に危ないことなんてしないから………ね?」
「はい」
彼女は迷いなく返事をし、怯えることなくしっかりとした足取りで僕の方へと足を踏み出した……―――
1
あなたにおすすめの小説
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
黒騎士団の娼婦
イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。
異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。
頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。
煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。
誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。
「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」
※本作はAIとの共同制作作品です。
※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
強面夫の裏の顔は妻以外には見せられません!
ましろ
恋愛
「誰がこんなことをしろと言った?」
それは夫のいる騎士団へ差し入れを届けに行った私への彼からの冷たい言葉。
挙げ句の果てに、
「用が済んだなら早く帰れっ!」
と追い返されてしまいました。
そして夜、屋敷に戻って来た夫は───
✻ゆるふわ設定です。
気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる