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「や、やあ!ま、待ってたよ!こ、こっちに、おいで…?」





濃霧漂う神社のような場所。
周りには竹藪が鬱蒼と生い茂っているだけで何もなく、葉が擦り合う音だけが響くほど静かな地。


やしろの入口、5段程高い位置に立つ男は「待っていた」という言葉に反して毛先が少しクルンとした癖のある黒髪は整えられた様子がない。
端正な顔立ちではあるが、男の黒い瞳に虚空のような闇深さが感じられる。その一方でご機嫌取りのようにヘラヘラとしている様子に自信のなさが窺え、長躯を隠すような猫背がそれに拍車をかけている。
ダラリとはだけかけている羽織も、胸元どころか臍まで見えるほど着崩れた浴衣も黒く、解けかけの帯だけが濃灰。


だが何より目がいくのは頭の上にある小さな茶色い丸い耳と、耳と同色だが先端だけが黒い大きくて丸い尻尾だろう。




男を見上げているのは一人の女。
階段から伸びる石畳の上に白い質素なワンピースを着た女のことを、男は良く言えば恍惚に、悪く言えば粘着質に見つめながら先の言葉を言った。

女の栗色の髪は胸までまっすぐ伸びていて、小さい顔の中に納まる大きな目が辺りをキョロキョロと窺っていたが、やがてまっすぐ男に目線を戻した。



「ハアアァァ………♡」



たったそれだけで、男は背筋にゾクゾクとした快感を感じ、熱い息を漏らした。










    ◆









「こ、こっちにおいで?あ、お、お菓子、あるんだ!君のために用意したんだよ!」


僕は会話をすることは慣れていない。
今まではずっと、一方的にしゃべっていただけだったから。


「…あの、ここは?」
「っ!!! あっ……ハァ…♡」


彼女が! 僕に! 話しかけてくれた!!
嬉しい!嬉しい嬉しい嬉しいっっっ!!


すごい…
彼女が僕を見てる。
あの大きく黒い瞳で僕のことを見てくれている。
ずっとずっと傍にいたのに僕を見てくれなかった彼女が僕を見てくれている!



感動する。堪らない。叫びだしたい。
…興奮する。押し倒したい。貪りたい。しゃぶりつきたい。




でもまずは混乱している彼女にいろいろと説明をしてあげなくちゃ。

あぁ、でも戸惑っている様子も可愛いなぁ。
キョロキョロしている姿も可愛いなぁ。
久々に見る彼女の姿もやっぱり可愛いなぁ。
でもあのの彼女もまた可愛かったなぁ。

身悶える僕のことをクリクリとした目で見ている彼女の視線にさらに心の中で身悶え、息遣い以外の居住まいを正して再度彼女に声を掛けた。


「ハァ…ハァ……こ、ここは幽世かくりよだよ。死したモノが来る世界だけど、この場所は神が住むところ…。亡者は普通、ここに来られないけど、で、でも君は、僕にとっての……と、特別、だから、連れてきたんだ……」
「え?あなた神様なんですか?」
「あっ、す、すごい…♡僕の言葉に君が返してくれるなんて……。そうだよ、僕…、神様なんだ。ほ、ほら、早くこっちに来て…?ぼ、僕は君に危ないことなんてしないから………ね?」
「はい」



彼女は迷いなく返事をし、怯えることなくしっかりとした足取りで僕の方へと足を踏み出した……―――



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