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しおりを挟む彼女との出会いは、彼女がまだ7歳の頃。
そのころ、僕は現世で獣として生きていた。
本能のままに食べ物を追い求め、必死な日々。だけどそうやすやすと食べ物は見つからず、常に飢えを感じていた。
本来、僕の種族は雑食で何でもかんでも食べられるのだが、僕は好き嫌いが多く食べられないものが多かった。他のみんなは果実や木の実以外にも虫や小動物も食べていたが、僕は果実や木の実以外受け付けられず、口にしても戻してしまっていた。
偏食で狩りも消極的で不得手な僕は嫌われ、群れを追い出されて1匹となった。
人間からの残飯を求めて人里へと下りたが、どうやら僕らは「害獣」とされているらしくどこへ行っても文字通り叩き出されてしまっていた。
とうとう飢えで動けなくなり意識は薄れ、目の前に迫る死を受け入れているときに、なんとも耳触りの良い声を僕の小さく丸い耳が拾った。
「たぬきさん、大丈夫…?」
幼気なその声が、ひどく自分の中に響いた。
彼女は僕の口元に自分で作ったのであろう歪な形のおにぎりを置いてくれたが、僕はそれを食べることはできず、ゆっくりと意識が暗闇へと呑まれていった。
―――次に目覚めたとき、既にこの場所にいて、人間みたいな姿でいた。
そして誰に教わるでもなく自分が何になったのかを理解した。
神になったこと。
だが末端の末端の末端の神なこと。
今いるこの場所は幽世であること。
それらを唐突に理解した。
僕は神となれたのは、ひとえに最後に傍にいたあの女の子のおかげだ。
たまたま神社の裏で倒れてそのまま死んだ僕の死骸を彼女は臆することなく抱きかかえ、供養のつもりなのか社の中へと入れ、食べることができなかったおにぎりを供物として置いてくれた。
寂れて廃れていた神社にはすでに神がいなく、彼女の行いによって僕はその神社の神となった。
とはいっても現世にあるその神社は未だに廃れていて人も来ない。そのため僕の神力もかなり弱い。
神力とはいろいろあるのだが、人間に対して効力があるもので言うと「縁」を司るもの。簡単に言ってしまえば“縁結び”だ。
神力が強い神は多くの人間の縁を結べるし、反対に切ることもできる。
そして神力が弱い者は少ない人数しか縁を結べないし切れない。
――――そして僕の脆弱な神力は、たった1人の人間の縁しか司ることができない。
それがわかった瞬間、この力はあの子のために使おうと思った。
言うまでもなく、僕を看取り、僕を神にしてくれたあの女の子だ。
あの子が幸せになれるような縁を結んであげよう。
あの子を不幸にす奴との縁を切ってあげよう。
そう決意して、あの子を探しに現世へと向かった。
⚫︎
「おはよう、今日も可愛いね」
現世に来てから人間にとっては長い時間が経過した。
目的の彼女はすぐに見つかり、以来僕はずっと彼女の傍にいる。
彼女から幼児らしさは既に消え失せ、代わりに女らしさが咲き誇っていた。
僕は、四六時中彼女と行動を共にしている。
起きているときは後ろから抱きしめるように、眠っているときは横向きに眠る彼女の正面に寝そべって一晩中寝顔を眺め続けながら、感触はないけど顔や体を撫でる。
彼女に僕は見えていない。
彼女に僕の声は聞こえていない。
彼女は僕のことを知らない。
それをわかっていて彼女の幸せだけを思って傍にいたけど、彼女と過ごすうちに自分の気持ちが少しずつ変わっていった。
僕は、彼女を手に入れたいと思うようになっていた。
「今日も学校に行くの?あそこは危ないよ。君を狙う害虫がいるんだよ?」
朝ごはんを食べる彼女に聞こえていないことを知っていても声を掛ける。
「君は万物の頂点に立つ可愛さを持っているから顔を隠さなきゃ。あぁ、でも顔を隠した君も可愛いよね。丸い頭の形も、薄い耳の形も、首の後ろのホクロも、狭い肩の丸さも可愛いもんなぁ…。どうしよう!君に可愛くないところなんてないから隠しても意味がないや!…あぁ、心配だ」
「…」
「ちゃんと僕が守ってあげるね!この間君に告白してきた不躾な男のことなら安心して?君との縁を切っておいたんだ。あいつはダメだ。あいつ、2日に1回しか風呂に入らないんだ。汚いでしょ?嫌だよね?でも僕が君を守ってあげたからね!君の視界に映って君の綺麗な目を汚すようなことはもうないよ!」
「…」
彼女からの返事はない。
だけど僕はずっと彼女に話しかけた。
話しかけずにはいられないんだ。
可愛くて、愛しくて、好きで、好きで好きで好きで。
この世にもあの世にも彼女以上に可愛いものなんてない。
早く、僕のものにしたい。
「あぁ、早く君が死んでくれたらいいのに………」
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