YELL~未来からのメッセージ~

ブックリーマン

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第2章・第1節:出会いと別れ

彼女の右手

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電車内には様々な広告がある。

 ”自分の市場価値を知りたくないですか?”
 ”エンジニアの最後の楽園 フリーランス独立支援フロンティア”

その中でも特に最近、この手の広告が競うように視界に入ってくる。
明らかに、”転職”や”独立支援”関係の広告が目に入るようになった。

今まではあまり気にしていなかったが、片岡に会ってから余計目に入るようになったのだろう。

社会人となって数年経ったが、まだ若手の自分にどんな市場価値があるのだろうか。
太田や片岡は、自分と同じくらいの年齢で次の道を考え始めたと言っていたけれど、冷静に考えてまず自分は彼らとは違う。同じように進んだからといって彼らと同じように成功するとは限らない。

彼らの言葉を、真に受けて良いものだろうかと、思考はぐるぐると回る。

「ねぇ、コウ!」
「話聞いてる?」

「あぁ、聞いてるよ。聞いてる」

「もう。パパは、お仕事忙しくて、ママのお話は上の空なんでちゅねー」
自分のお腹にポンポンと手で問いかけるように、少しいじけるように話しかけた。

真新しいマタニティマークが彼女のバックの持ち手からぶら下がる。

「そんなことないよ。ちゃんと聞いてるよ」
「名前でしょ?今考えてたんだよ。ほらー、こっちの方がさ画数がいいんだよ」
”最初の贈り物 名前辞典”というタイトルの本を奈々美の方に開いて見せた。

この春、コウノトリは孝一と奈々美に大きなサプライズを運んでくれた。

これからは 1人の社会人としてではなく、いやそれ以上に父親としても頑張らないと。
気持ち新たに新生活を始めようとしていた。


俗に言う”できちゃった結婚”ということもあって
「仕事のようには完璧ではないんだなぁ」と、からかってくる同僚もいたが、
桃田さんは「恥ずかしい事なんてないから、堂々としてれば良い」とお祝いを伝えてくれた。

学生の頃から付き合っていて両家公認の仲だった事も幸いして、両親への報告も穏やかに進んだ。
彼女がより大切な存在となった。

寝るだけのために帰っていた会社の寮を出る時、安倍が池田の誘いで久しぶりに3人で飲みに行った。

「俺ら二人は、”時間だけ”はあるから、いつでも誘ってください」
「愚痴とか、なんでも聞くので言ってくださいね」
子供のこと、身重の奈々美のことを思えば、当分そんな時間はないだろうが二人の気持ちが嬉しかった。

「ありがとう」
「また、飲みに行こう」
同じ寮でも、研修が終わってしまえば顔を合わすのは少なかったが、二人と同じ寮で過ごした日々は大切な時間だった。


「明日、お母さんとベビーベッド見に行ってくるね」
「あぁ、ほんと。助かるー。よろしく言っておいてね」
なにかと気にかけてくれる奈々美の両親の存在が本当にありがたい。

男の自分が家族のためにしっかり稼いでくればよい。
それが幸せの形なんだろう。どこか古い、よく言えば古風な考えが孝一にはあった。

 ”転職して収入アップ!”

別の広告が目に入った。

今の給与は納得感はあったが、業界の中では大手に比べれば薄給であった。
同期の中では、すでに何人か会社を離れているものもいる。

自分も乗り遅れないように、しっかりと時期を見定めていかないといけない。
幸せには責任が伴う。守るべきものをしっかりとこの手で守るため、自分がしっかりしないといけない。本を持っている右手にも力が入る。

優先席に座る奈々美の右手を孝一は優しくギュッと握った。
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