ドーマン・アシヤの異世界見聞録

シュペーマン

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我が名は蘆屋道満

始まりには程遠く、混沌の都市で鬼は泣く

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芦屋道満は自分の現在置かれている危機的状況を打破せんで考えを巡らしていた。


その難題は決してかぐや姫の出す実現不可能な問いではないのだが、道満個人としては無理難題に等しかった。


「魔物の討伐ではいかんのか?」


「でしたら『冒険者』ギルドをご利用下さい」


「薬草回収などは入会試験に出来んのか?」


「申し訳ございません。ここ『商業』ギルドの規則でして。入会規定として定められております」


「ぐぬぬぬぬ……」


震える道満。ここで暴れたところで一文の得にもなりはしない。それどころか指名手配を受け、この世界でも逃げ回る生活になるだろう。


見つめるのはギルドの案内板。そこに書かれている入会規定が大陰陽師を苦しませていた。
【言霊】を用いてもでもどうする事もできない事はあるのだ。




『入会試験について

ギルドの規定に準ずる形の出店を開き、純利益、集客率、顧客満足度のいずれかで合格基準点を満たした場合のみ入会を認める』




要するに入会したければ己の商才を示せという事なのだ。千年生きたとはいえ店を持ったことはない。自身を客観的に見てもその方面に才があるとは思えなかった。しかし『芦屋道満謹製の魔道具』であれば多少接客が手荒であっても客が来ると高を括っていた。


しかし最後の一文が道満の思惑を砕いてしまった。




『ただし公平を期す為、この試験で扱う商品は『食品』とする』




芦屋道満にとって食品など門外漢中の門外漢であった。


昨今料理をする男は少なくないが、千年生きた道満など亭主関白の塊であり、『台所は女の領域』考えている。この試験は決して『料理』を扱うものではない為、果物なりを仕入れ売り捌くのも可能である。しかし道満のこの世界の知識は他人から搾取したものであって、自分の経験ではない為、どの様に取り引きするか等のノウハウは幼子とさほど変わらない。
更に出店である為、目を惹くものでなくてはならないだろう。そうなればやはり料理という選択肢に限られる。


(となるとヤツが必要か)


現状を打破出来る助っ人に心当たりがあるがそれを『召喚』するには、この往来では目立ちすぎる。


「仕方がない、一度出直す。済まなかったな、迷惑をかけた」


「いえいえ、またのご利用お待ちしております」


気にする事もなく、微笑みで返す受付嬢。この国の人間はかなり他者に優しいらしい。


この街に来て、多くの人間の優しさに触れた道満は少しばかり己の過去を振り返った。


(思えばに喜色を向けられたのは久し振りじゃな)


世界中で悪事を働き、天使にまで目を付けられた
道満の自業自得であり、特に愛に飢えていた訳ではないが、与えられるばかりは性に合わないのか懐から飴玉を取り出し、受付嬢に投げ与えた。


「あの…これは?」


「のど飴じゃ、接客ご苦労、喉が荒れん様に舐めると良い」


「アメダマですか?ありがとうございます」


少し発音がおかしい気もしたが、背を向けたまま、手を振り外に出た。




**********


「という訳でワシも冒険者になる事にした」


ラーロット王国第二都市、コートの冒険者ギルドの前、大きな広場前。まだ日の登りきっていない朝の中を翼を生やした亜人達が朝刊を配るために街の空を行き交う中、派手なオネェと頭からフードを被った黒髪の少女の前でそう宣言する道満。


「「えぇ………」」


嫌そうな顔をする二人の式神。主人である道満に対してあるまじき態度であるが、そんなことを気にする者では無いという信頼関係によるものだ。


「なんじゃその顔は!言っておくがワシにかなう者はこの世界にもそう居るとは思わんぞ?」


「そこが心配なのよねぇ、あんた規律とか守りそうも無いし、下手すれば同業者で実験しかねないし?」


「分かります…、主人と繋がってその予想に自信が持てます」


「バカを言うで無いわ!!ワシとて時と場所はわきまえるつもりじゃ!やるならば証拠など残す筈無かろう!」


「やめる気は無いのよねぇ」


頭を痛めるセイラン。この中で最も奇抜な格好をしているが、道満とその式神全員の中で常識人は彼含め数人も居ない。


「と言うよりその助っ人を早く呼ばないんですか」


目深に被ったフードから顔を出し質問するミラ。


「召喚は派手じゃ、大気のマナを大きく乱す。もしそれで何かしらの騒ぎが起きれば、…………いらぬ手間をかけぬ為に先に拠点を設け、結界の中で執り行う事にした。その為の冒険者での資金調達じゃ」


この世界の魔術はどの程度か分からないが、強大な力を持つ式神を召喚すれば何か起こることは必至であると考えてのこと。慎重に事を進めて損は無い。故に町中に式を飛ばし情報収集するのを自粛していたりする。


「あんたの盗品の中から適当に売ればいいお金になるんじゃない?」


「身分証が無ければ売ることが出来んそうじゃ。それにな、初手でそんな派手に動くのは得策ではない。ワシらは異邦人、何があるか分からん。街に慣れるまでは『普通』で過ごすとしよう」


「そう言う事、じゃあさっさと冒険者になりましょうか」


「ところでミラよ、なぜ先程から頭巾を被っておるのだ?そこまで目立つか?」


「はい、私も体験するまで分からなかったけど、『黒鬼』の伝説はかなり身近なものの様です」


自分でも予想していなかった程ミラの外見は人目を惹くものであったため、苦し紛れに顔を隠しているという。これは『黒鬼』に近いと言うだけでなく、彼女自身が整った顔立ちにより種族問わず注文されているからなのだが、そんな事は知る由もない。


「ではさっさと入るか」


道満がそう言った時後ろから声が聞こえた。


「アシヤの爺さんじゃねぇか!」


それは昨日聞いた胴間声。ポーツマス・グルジャンその人だった。


その姿は鎧姿ではない普段着、鎧の時は分からなかった鍛え上げられた身体つきであった。気さくに笑顔な中年がそこにいた。


(…?どうなっておる?)


道満が抱いた疑問。それは術師である為の当然のもの。それにはセイランも気づいているらしく、少し眉をひそめた。


「これはこれは、先日は世話になったのう。おや?今日は仕事ではないのか?」


「昨日は当直でそのまま酒屋にさっきまでいたのさ、ハハハッ」


よく見れば少し目が赤く、酒臭い。ミラは鼻を押さえている。


「あまり無理な酒は身体を壊すぞ?」


「独身中年の心の拠り所なんだ、許してくれよ。…ところで今からギルドに行くのか?」


「そうじゃ。ワシら全員で行くつもりなんじゃが何が留意する点はあるか?」


「げ!爺さん歳考えろよ…、まぁ偶にそういう奴いるけどよ。そーだな、実力を測る実戦形式の試験がある。それを通れなきゃ冒険者には慣れねぇぞ?」


「…………それは『公平を期す為』と言って剣しか認めんのでは無かろうな?」


少し語気を強める道満。やはり商業ギルドでのやり取りが気に食わなかったらしい。


「どうした爺さん、ちょっと怖えぞ!…安心しな、弓でも魔術でも戦えりゃなんでもありだ。…爺さんは魔術師なのか?」


「そうじゃ、これでも故郷ではちっとは名の知れた術師じゃった」


「へぇ…、そいつは楽しみだ。どうせなら審査官の肝を冷やしてやるといいさ。…っと、そういや『鬼珠』もギルドにあるぜ?一緒にやっときな、ちと金はかかるがな」


(まずいですよ!主人!!わたし見かけが黒鬼なだけですよ!?)


焦って教えてもいない念話で道満に訴えかけるミラ。道満は目線を送ると悪い顔になった。


「ほぉ!そうかそうか、それは手間が省けた。これで此奴も己のあり方を知ることが出来るわい」


ニコニコと笑う道満に冷や汗ダラダラのミラ。我関せずと空を見上げるセイラン。


「お?なんだ嬢ちゃん緊張してんのか?」


(不味い!)


慌てたミラはなんとか取り繕おうと返事を返す。


「えぇ!あっ….えっ…」


「なんだよ、そんなに心配か?…………なら俺も付いて行ってやろう!あんたらあんまりもの知らないみてぇだしな!俺がこの街のイロハを教えてやるよ!」


酔っ払い特有のポジティブさにより、ミラは墓穴を掘ることになった。


(うああああああ!)


「カッカッカッカッカッ、では行くとするかな」


翁とオカマと鬼のパーティにおっさんが加わった。


大きな木の扉を開ける。数多の種族が出入りできるよう大きめの幅を取っているのだろう。


中に入ると広いエントランスが顔を見せる。商業ギルドのほうはさながらホテルの様にシャンデリアなど所々に金と品格を表現する小物があったが、冒険者ギルドは一言で実用性に重きを置いている印象を受けた。ソファや装飾の施されたテーブルなどは無く、頑丈さと数の確保を頭に置いた質素で簡素な木のテーブルとイス、所々に明るさ確保のランプが点灯しているだけであった。


そして受付はかなり衝撃的であった。


左端は報酬の受け取り口なのか数人が並んでおり、それを相手するのは少し幼い顔の女性、犬耳を生やした獣人であった。右側も亜人であろうか顔に鱗がついた蛇を思わせる、それでも人間基準では美しい女性が依頼の受注と依頼書の作成に勤しんでいた。


そして、中央のクエスト発行及び冒険者登録係に座っていたのは、……座っているにも関わらず成人男性と頭の高さが変わらない、その腕は隣の受付嬢の胴体と同じ太さの金髪に黒いツノの肌の青い鬼が座っていた。


「ほぉ!さすが冒険者ギルドじゃな、荒くれ者相手の商売じゃ、受付嬢も屈強よなぁ~」


そんなことはない。どう見ても中央に魔王が鎮座している様にしか見えず、他の冒険者もわずかに震えている様に見えなくもない。


「ハハハハッ、爺さんもう目が見えてねぇんじゃないか?あれはれっきとした男でこの第二都市冒険者ギルドのギルド長さ。…………なんであそこに座ってるんだ?」


「あら、なかなか強そうねぇ」


そう呟くセイラン。彼は座る青鬼の強さを見定めていた。


「強そうってあんた、奴は元Sランク冒険者、『豪腕』のガエンだぜ?」


「へぇ~、Sランク冒険者なんて初めて見ましたよ!」


少しテンションの上がっているミラ。


「『えすらんく』というのは冒険者のどの程度おるんじゃ?」


ポーツマスに質問する道満。手に入れた知識に冒険者の階級はあったが、それぞれがどの程度数がいるかを知ることはできなかった。


「現役なら五人しかいねぇよ。全員が国家の一個師団と対等と扱われている。爵位だって貰った奴もいる。ちなみあそこのガエンは…「おい、ポーツマス!俺の話なら俺の前で話せ…」


受付の青鬼がその低い声でこちらに声を飛ばしてきた。響く声に室内の冒険者、依頼人諸々の視線が集まる。


「うっ、うえ~、取り敢えず急いでガエンの元へ行こう!」


ポーツマスは急いで走っていった。その後を道満はついていく。


「オイオイ、お前らは大道芸人か何かか?」


それはこの街のギルド長ガエンが見た道満一行の印象であった。確かにこのメンバーは目立つのが仕事の一つでもある冒険者の中でも一際であった。
受付にも関わらずかなり傲慢な態度だが、彼は元Sランクであり、ギルド長なので誰も文句を言わない。


「いいや?冒険者志望の『るーきー』じゃよ」


「ジジイ、あんたは『ルーキー』じゃ無くて『ベテラン』だろ?」


意味ありげにニヤつくガエン。それを見て笑いかえす道満。


「確かに伊達に長生きはしとらんぞ?、じゃがそれでも冒険者志望は誠よ、何か問題はあるか?」


「いいやなにも?どんな奴でも夢掴める仕事が冒険者だ、俺自身もそうだったしな」


そう言って見せたのは首のアザ。150年に廃止された『奴隷』の首輪の後である。


「しかし、ポーツマス、お前がなんでこんな奴らとつるんでるだ?」


「いやぁ、この爺さんと意気投合しちまってさぁ」


「気をつけろよ、俺はお前がこのジジイに操られてても不思議に思わねーぜ?」


道満を流し眼で見るガエン。


「バカなこと言わないでくれよ!爺さんは大事な用事があってここに来てたりするんだ」


「それは後ろのフード被った女か?」


ポーツマスの目線をたどり、悟ったガエンはミラを指差す。


「えっと……」


戸惑うミラ。ここで顔を晒せば、鬼珠により鬼人族でないとバレてしまう恐怖があった。


「ええぞ、頭巾を取るといい」


しかし道満がそう言った。なにを考えているかわからないが、もう不可逆の流れであることを悟ったミラはフードを外す。


「…………すげぇな、ここまで『近い』やつは初めて見たぞ」


ガエンの厳つい顔が一瞬呆けてしまう衝撃。
黒鬼の伝説は特に鬼人族では今も信仰されている強さなのだ。周りもミラに視線を集める。ざわざわという音が大きくなった。


「此奴のあり方を知りたくてな、こうしてやって来たんじゃ」


嘘は言っていない。ミラは道満が知らない奇跡の塊である為、どう成立しているかを紐解くのは道満がこの世界で生きる目的の一つだ。


「ガハハハッ!おもしれぇ、お前らおもしれぇな!マリーが休みだから仕方なく受付やってたがこれで気分もチャラだ!」


上機嫌になったガエン。その笑い声は館内に響き渡る。


「こんなに気分が良いのは久し振りだ!お前ら俺がまとめて審査してやるからかかってきな!!」


カウンターを乗り出し、道満達を指差す青鬼。


「カカッ、ギルド長自ら審査を名乗り出るとは…………、これはある程度力を出して良いということかな?」


「かますじゃねーか、ジジイ。もし俺の膝をつかせたら俺の権限でCランク冒険者から始めさせてやるよ」


「その言葉、偽りないか?」


「ああいいぜ、なんせ鬼は嘘が苦手でな」







不敵に笑う男、『豪腕』のガエン。
引退したとはいえ未だ衰え知らずのその力はAランクであってもソロでは歯が立たない。






そんな男を道満は【火界呪】でガエンの髪を焼き払う悪魔の所業により、膝を土で汚させることに成功した。




こうして道満一行は本来Gランクから始まるところを大幅に飛び越え、Cランクとして冒険者デビューを果たしたのであった。
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