速度極振りエセ侍の異世界奇譚

シュペーマン

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第一村人発見

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「大丈夫か!?」

佐々木は勢いよく崖を下る。[佐々木小次郎]の体はその圧倒的な身体能力で激しい傾斜を物ともせず、素早く滑り降りた。

倒れた少女は全身を擦りむいており、服の所々が破け、血が滲んでいる。栗毛の頭からは血を流し、片腕は明らかに骨折している。

「くそ!どうしたら…」

佐々木に応急処置の技術などない。と言うよりもこの様な事故現場にまともに頭が働かない。とっさに思いついたのは安全な場所に移動させる事であった。

「おりゃ!!」

佐々木は少女を抱き抱えた状態で降ってきた坂道を逆走する。しかしやはり佐々木の身体は少女一人抱えたところでそのパフォーマンスは落ちず、息つく間もなく駆け上がった。

「取り敢えず家に連れて行こう」

手がふさがっているため足で玄関を強引に開ける。音を聞いてロアが飛び出してきた。

「…なに?それ」

「そこで倒れていたんだ、どうすればいいと思う!?」

「…回復薬か魔法かければ?」

「…………あ」

佐々木はゲームのアイテムが使える事をすっぽりと抜けていた。さも当たり前のことを言ったにも関わらずマヌケな顔を晒す主人にロアは小首を傾げる。

「…確かにまだ回復薬の効力を試していない、ちょうど実験になる」


「実験って…」

ロアは佐々木の考えを自分なりに言い当てたが、彼女の主人はそこまで考えがたどり着いていない。

確かに食材アイテムは食べる事ができたし、拠点製作アイテムも起動した。確かに回復薬だけが使えないと言うのはおかしな話だが可能性はゼロではない。

ロアはストレージボックスを開くと敷き布と全ての回復薬を一本ずつ取り出して持ってきた。

リビングのテーブルを片し、布を敷きそこに少女を寝かせる。

「…じゃあ下級から…」

《カオスエイジ》に存在する体力回復薬は下級、中級、上級、エリクサーの四種類である。低レベルならば下級と中級、佐々木の様な高レベルになれば中級、上級さらにリジェネ効果のある回復薬を使う事になる。エリクサーは言わずと知れた完全回復薬であり蘇生効果までついたアイテムであるが、通称『エリクサー症候群』、『もったいない病』と言われる希少性からあまり使われない不遇アイテムである。しかし実のところ《カオスエイジ》においてエリクサーは調整に失敗しており、いくつか問題点があったりする。

「エリクサーを使えば良いじゃないか」

「…エリクサーは希少品、数が限られてる」

「ウチは自動生産してるぞ?」

「…え?」

ロアがキョトンとした顔をした。この世界に来て1番のリアクションであった。

簡単言えばエリクサーは量産可能であった。高位の錬金術師に複雑な装置、大量の資材を消費したが、前二つは[チビ兄]により解決し、資材も大量ではあったが決して手に入らない様な希少なアイテムはなかったため、一日五本程製作していた。

唯一それに成功した[栄光の開拓者]は高難易度レイド戦に全員が上限までエリクサーを持って戦い、一時はクランの順位を3位まで押し上げたりもした。

しかし大きな戦い以外でエリクサーを使うのはやはり憚られ、現在では1000本以上がタンスの肥やしとなっている。

「…それでもこのニンゲンには過ぎた代物、わざわざ使う必要はない」

「確かにな」

今横になっている少女はどう見ても戦闘員ではない。其れ相応の体力しか持っていないだろう。それにエリクサーには能力向上のバフもあるため、死に際から超パワーを手に入れるどこぞの異星人みたくなられても困る。

ロアがガラス瓶の蓋を外し、少女に振りかける。少女の身体は淡い光に抱かれながらみるみると傷が癒えてゆく。拍動は正常に戻り、肌には赤みが差し始めた。

「…成功、でも臨床例がたくさん欲しい」

そう言うとロアは片手を高く上げる。そして少女の首筋をめがけて手刀を振り下ろした。

「待て!!」

佐々木は慌ててロアを止める。掴んだ腕は佐々木であっても重くギリギリで受け止めた。

「何してんだ!!」

佐々木が声を荒げる。先程ロアがしようとした事に瞬間的に気づいてしまったからだ。

「…まだ他のポーションの効果を見ていない。どうせ治すなら可能な事は済ませておきたい」

平然と言い放つロア。そこに一切の躊躇も感じられない。

「ロア、…お前自分が何言ってるのかわかってるのか!?」

「…私の最優先事項はコジロウとその周囲の安全の確保、…それのどこがいけないの?」

真剣に分からないという様に首をかしげるロア。無表情だが、体の動きで理解できた。

佐々木は頭を抱えた。ロアの取ろうとした行動が余りにも常軌を逸していたからだ。

(考えてみたらロアは人型だけど龍、俺とは別の生き物なんだよな。人間がネズミをモルモットにする感覚でロアは少女を切り刻もうとしたんだ。……こういうのはしっかりと言いつけないと)

佐々木はロアの手を離し正面に向かせる。

「ロア、頼むから守る為以外に生き物を殺さないでくれ」

真剣な表情でロアに訴えかける。ここでしっかりと言い聞かせなければ後でトンデモナイ事になる気がした。

「…私はコジロウの命令に従う。じゃあ実験しちゃだめ?」

「悪いけど今はだめだ」

「…それはコジロウも人間だから?」


そうだよ、と言いながら佐々木はロアの頭を撫でる。本当ならばもっと詳しく言うべきなのだろうが、先程のロアの行動も佐々木を思っての事だったこともあり、強く否定するのも少し違う気がしたのだった。

(子供を育てるってこんな感じなのかな…)

余り人付き合いをしてこなかった為、当然結婚も子供も居ない佐々木であったが、他人を教育するという新鮮な体験にそんな事を思ってしまった。

「……んっ、う~ん」

そんな時、横たわっていた少女が意識を取り戻した。

「あれ?ここは?」

少女はボンヤリと辺りを見渡す。先程まで山道を歩いていたにもかかわらず、今は木の床に眠っていたのだから。

「大丈……グホッ!、……娘よ、気がついたか?」

思わず素の対応をしてしまいそうになった佐々木であったが、瞬間的にロアから横っ腹に一撃を喰らい、[佐々木小次郎]としての対応に切り替える。

「あっ…え!?ここどこですか?」

少女は勢いよく起き上がり、周りをキョロキョロと見渡す。

「落ち着きたまえ、拙者は別におぬしを連れ去った山賊というわけではない。むしろ倒れていたおぬしを助けた恩人ですらある」

板についている演技で話を返す佐々木。少々ウザいが仕様なので仕方がない。会話が成立する事にも驚いたがここで不審がられるわけにはいかない。

「そうだ…あたし崖から落ちて………」

ハッとした表情で自分の服装を見て現状を理解したのか深々と頭を下げる。

「気にすることはない、うら若き美しき乙女の死に際など見るに耐えん。拙者が動いたのはただそれだけの理由よ」

少女は「美しいなんて…」と髪を触りながら顔を赤らめる。忘れているだろうが[佐々木小次郎]は大層な美形であり、それはこの世界でも通用する。

(本当に可愛らしいけどね)

目の前の少女は髪はボサボサでソバカスも目立つが顔は小さく大きくパッチリとした瞳、ぷるんとした唇で綺麗にしてやれば輝くであろうダイヤの原石としての可能性を佐々木は感じ取っていた。

「あれ?でもあたし怪我してない…」

再び自分の体を見渡し、呟く。

「それはコレを使ったからな」

佐々木は下級回復薬を少女に見せる。少女は初め目の前にあるものが理解出来ず、目が点になっていたが、次第に顔が青くなり冷や汗が噴き出しわなわなと震え始めた。

「そ、それは、もしかして回復薬…ですか?」

上ずった声で、震えた指先で瓶を指し示す。

「いかにも」

「うあああああああああああああああああ!!!」

突然の絶叫、佐々木は不意打ちにより頭をクラクラとさせる。ロアは平然と耳を塞いでたじろぐことはなかった。

「…ど、どうされた、娘よ?」

なんとか正気を取り戻して、佐々木は問いかける。

「あたしなんかにこんな高価な回復薬を使っていただき、有難うございますーー!!」

頭がめり込むんじゃないかと思える程その場で平服する少女。佐々木は現状が理解出来ず動揺してしまう。

「…回復薬、そんなに高い?」

ロアが少女に質問する。

「凄腕の冒険者様なら分かりませんけど、普通なら最下級の回復薬でもうちの村の村人が半年は贅沢に生活できます…」

少女はぷるぷると震えながら返答する。ロアは顎に手を置き、佐々木は額に手を当てた。

(いきなりやっちまった)

善意での行動が早速裏目に出てしまった。しれっと情報でも聞き出せればと思っていたのだが目の前の少女は怯えきっている。

「その…あたし返せるようなお金持ってないんです…」

震えながら佐々木を見上げる少女。

「おぬし……名は?」

「す、すいません!あたし、私はイノって言います、近くのメイスの村からやってきました!」

「なぜこの様な山奥に?」

「そ、そのお婆さんが腰を痛めて、それの薬草を取りに…」

「そうか…では、村までの案内と食料を融通してもらう事で手を打とう」

「えっ?その程度で良いんですか?」

イノは困惑する。本来ならば体を求められても断れない様な金額であったのでこの対応は破格と言えた。

「良い、拙者も久方振りに人里に足を運ぶのでな、何かと助言を貰えればこれ幸い」

うまく言いくるめたと内心鼻息を荒くする。しかしイノからすれば譲歩も譲歩であった為、終いには泣き出してしまった。

「すびまぜん…おんどうに…ありがどうございまず」

鼻声で何を言っているのか分からないとハンカチを差し出すと鼻をかみ、一瞬でベトベトにしてしまった。

「まだまだ聞きたいことがある…今はその身を清めてこられよ。ロア…ついて行って上げなさい」

「…分かった」

治ったとは言え泥だらけ血だらけであるイノに風呂場を指差しなが佐々木は言う。このままだとマトモに会話ができなさそうと判断したからだ。

「ありがとうございます!ありがとうございます!」

と何度も頭を下げるイノ。ロアに押されながら奥に消えていった。

「さて、どうすっかなぁ」

大見得を切って、村に行く事にしてしまった事に酷く後悔する佐々木。本来はまだまだ先になると踏んでいたのだが、三日目にしてこの世界の住人と接触するとは思ってもみなかった。

佐々木は頭をガシガシと掻きながら、頭の中で段取りを決めてゆくのだった。
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