速度極振りエセ侍の異世界奇譚

シュペーマン

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歓迎と襲来

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「神の奇跡じゃ~~!!」

しわがれた叫び声が村中に響く。近くの野鳥が騒ぎ出す。その声に村人達は驚愕や感嘆、中には少し涙する者さえいる。

その輪の中心にいる長身痩躯の美形サムライは空の瓶を片手に老婆と少女の二人に抱きつかれていた。

「ありがとうございます!ありがとうございます!!お婆様にまであの秘薬を使っていただいて!!」

せっかくのワンピース姿も鼻水と涙でグシャグシャになった顔を映えさせる事は叶わず、似た顔の老婆と並んで奇声をあげている。

(やってしまった……)

佐々木は歓迎の宴で酒を飲んだ結果、いい感じの酔いが回り慎重さを捨て去り気前良く回復薬を使ってしまったのだった。

しかし元々使うつもりでいた為少々他の村人の目を惹く程度で済むはずであったのだが、予想外の事態が起きてしまった。

「長年の農作業で曲がった背中がついぞ折れ、もう二度と歩くこと叶わぬと思っておった…、ありがとう流浪の旅人よ、貴方のお陰でこの老婆は明日からまた大地に立つ事を許された!!」

イノの祖母である老婆は腰が折れ下半身不随になった事を孫に誤魔化していたのだった。佐々木の回復薬はそれを癒し、更には曲がった腰さえも治してしまったのだ。

「しかし薬師のワシも古傷や病気を治す回復薬を見たことがない。非常に興味深い…」

この世界の回復薬は万病に対してそこまで効力がないらしい。殆どが外傷であり、病に対しても体力を回復させ続けての自己免疫に頼るしかないとのこと。

つまり佐々木が行なった事は死にかけていた村の娘を癒し、高価な服を無償で与え、更には高性能な回復薬を気前良く老婆に与え不治の傷を治したことになる。

「ササキは俺たちの村の英雄だ!!」

「凄え!チューズさんが認める強さがあるのに更に金持ちなのかよ!」

「しかもめちゃくちゃイケメンよ!」

「ササキ様~!こっち向いて~!」

夜中であるというのに村人たちの黄色い声が村中に響き渡る。1日も経たぬ間に佐々木はこの村から市民権を得てしまった。

佐々木としては多少顔を繋げれば良かったのだがかなりのオーバーランに戸惑ってしまう。しかし村人の希望の眼差しに「佐々木小次郎」を崩す訳にはいかない。キャラを突き通さなければ変な奴と思われかねない。

「何、折角の宴だ、愛孫の無事を祝えぬというのは余りに不憫!そのような者を捨て置いて酒を煽っても旨いはずがない。なればこの程度の入り目など気にすることではない」

佐々木は酒瓶を掲げそれを一気に飲み干す。出来上がった赤い顔で声を張る。

「飲めや歌えや!今宵の宴はイノ殿の帰還を祝うもの!騒げぬ輩は我が剣のつゆとなれ!!」

いくらチートの身体であっても酒精耐性は低いようだった。

「「「「うおおおおおおお!!!」」」」

そこからはどんちゃん騒ぎ。チューズ達男衆が上着を脱ぎ捨てボディービルを始め、女達は垢抜けたイノに詰め寄る。トビーは既に酒に沈み、佐々木はそれを肴に無駄に強靭な身体に酒を流し込んで行くのだった。

「おいササキ!腕比べといこうじゃねーか!!」

ゆでダコのようになったチューズが机の上に肘をつき右手を突き出す。

「良かろう、男たるもの売られた喧嘩は買わねばなるまい!」

同じく赤い顔の佐々木は袖をまくり、チューズ手をガッチリと掴む。見かけでは丸太のように太い腕のチューズに軍配が上がりそうだが、『佐々木小次郎』にそれはない。

「でりゃああああ!」

「うおお!?」

瞬殺の速度でチューズ手の甲を机に叩きつける。村一番の力があっさり負かされたのを目撃した村人達は更に佐々木もてはやす。

「すげー!あのチューズに勝っちまった!」

「元冒険者の兄貴を瞬殺なんてスゲー!」

「顔も良くて力も強いなんてフザケンナー!」

更に調子に乗った佐々木は大きな酒瓶を担ぎ上げ一気に飲み干した。

「うええええい!!せっちゃはサイキョーらのら!!」

もはや呂律は回らず、千鳥足のまま大声で叫ぶタチの悪い酔っ払いと化した佐々木であったがそれを止められる思考力を持った者はこの宴にはおらず、一緒になって騒ぐばかりであった。

ドシン!

「…………ん?」


突然大地が震えたかのような異音に村人の一人が気づく。既に太陽は沈み、唯一祭りの灯りのみが人々を照らす中、それは突然と現れた。

民家の屋根から顔をのぞかせる程の巨体。闇の中で鋭い金の双眸が低い威嚇音と共に見るものを恐怖させる。

大きな口から覗かせるのは大木すら噛み砕かんとする凶悪な形をした牙、巨腕から伸びる爪は太く、鋭く、生物を殺す事だけに進化したような強者としてのプレッシャーをこちらに叩きつけてくる。

「『山喰らい』だ!なんでこんなところにいるんだよ!?」

「こいつらは《森の賢者》に統率されてたんじゃなかったのかよ!」

「逃げろぉ!」

「助けてくれええ!!」

「グオオオオオオン!!」

一瞬にして宴の雰囲気を破壊し恐怖の坩堝へと変えた山喰らいは魔力を孕んだ雄叫びを繰り出した。

人々はまるで体が痙攣したように倒れこみ呻いている。

「た、助けて…」

「死にたくない」

「いやだ、いやだ…」

「グォ、グォー」

動けなくなった獲物を前に山喰らいはまるで笑っているような声を上げる。

「くそ!酒が回りすぎて動けねぇ…」

村人の中で唯一山喰らいの雄叫びに耐えたチューズであったが足元がおぼつかず、立ち向かおうにもまともに立つ事すら困難になっていた。

誰もが怪物に捕食されるだけの運命に絶望していた。

しかしそんな絶体絶命の現場に不似合いな男が一人いた。

皆地を這うようにうずくまる中、千鳥足で酒瓶を自分の口にひっくり返す酔っ払い。時折「おっとと」と言いながらフラフラの足でなんとか立っているようなそんな男。

自分の置かれている状況すら把握できないほど酩酊した侍は正面の合っていない目で眼前の化け物を見つめる。

(クリムゾントロールの【威圧】じゃん)

その魔物は佐々木の見覚えのある《カオスエイジ》のモンスターであった。

敵全体に行動不能のデバフをかけてくる魔物であり初心者ユーザーには初めての難関となる敵である。

「なつかしゅいな~、ひざしぶりに見たぜ~」

佐々木レベルからしてみれば、彼の適正レベルのダンジョンの敵としてですら出てこなくなるザコであり、【威圧】のレジストはおろか、体力すら削られない自信があった。

しかしここは現実の世界。爛々とした獣の眼に生臭い息、抵抗する間も無く八つ裂きにしてしまうような牙と爪に恐怖しない者はいない。

「ササキさん!早く逃げて!山喰らいなんて国軍案件なんだから!」

村人の誰かが叫ぶ。自身の身の安全よりも今日であった佐々木を心配する優しい者の声であったが、それは佐々木には届かなかった。

「くりむぞんとろ~るだぞ~?まけるわけないじゃ~ん」

泥酔している佐々木にはマトモな思考力というものは残っていなかった。

「あんた!死ぬぞぉ!」

佐々木には村人の叫びが分からなかった。目の前のモンスターは《カオスエイジ》において中級者なら誰でも倒せる敵だろうと。

今の佐々木はゲームと現実の区別がついていなかった。シラフならば怯えて失禁でもかますほどの根性なしであるが今は酒が良い意味で回っていた。

「グオオオオオオン!!」

千鳥足で近づく佐々木にクリムゾントロールがその怪腕で強烈な叩きつけを繰り出す。かすった民家が風圧で砕け、土煙を上げる。

「おせえ」

据わった眼で前方に飛んだ佐々木は素早くクリムゾントロールの懐に入り込み蹴りを打ち込む。

「ぐお!?グガアアアアアア!」

圧倒的な身体能力で繰り出された佐々木の蹴りは怪物の巨体を軽く吹き飛ばした。

クリムゾントロールも理解出来ない状況に混乱してしまう。

「むう、このていどで吹き飛ぶのか~」

邪魔くさそうに距離を詰める佐々木にクリムゾントロールは嫌な記憶が幻視する。

火薬の匂いと聞きなれない機械音、気がつけば同胞が目に見えぬ速さの金属の礫に蹂躙され赤い徒花を咲かせる姿。

恐れて一目散に逃げてきたはずなのになぜ目の前に「同じようなバケモノ」がいるのだ。

「グオア!ガアアアアアアア!!」

クリムゾントロールは突如として佐々木に向かって突進を繰り出す。もう逃げられない、ならば倒すしかない。そんな明解な、そして残酷な結論に行き着いた魔物は狂った様にその巨体で押し潰そうとする。

「うぜ」

佐々木は何かに飽きたように自分の背中の得物に手をかけた。


何かがオカシイ。クリムゾントロールはその奇妙な感覚に疑問を持つ。

なぜだ!なぜなのだ!

なぜ自分は今地面を見つめているのだ?

あの小さいバケモノを轢き殺したのか?

しかし体が言うことを聞かない。

それどころか…少しずつ靄がかかっている…気さえする。

少し疲れたのだろうか…一心不乱に逃げたのだ…腹だって減って…

少し眠たいな…

あとで…かんがえる…ことに…しよ…う…

クリムゾントロールの視界の端には自身の体が映っていたが、それを疑問に思える力は彼にはなかった。



衝突の刹那、佐々木の振り抜いた長刀は分厚い筋肉の塊であるクリムゾントロールの首を一瞬のうちに刈り取った。その速さは誰も知覚できない。気がつけば村を襲おうとしたバケモノの首が吹き飛んでいた。

それは常人の技ではない。達人の域すら飛び越えている。ゆうなれば…英雄。そうとしか形容しようの無い一刀にパニック状態にあった村人誰もが息を飲んだ。

「うにゃ…」

佐々木は大の字に仰向けで倒れこむ。遂に頭まで回ったアルコールが佐々木の意識を刈り取ったのだ。

まるで英雄譚の始まりの様な出来事に、佐々木の知らぬところで、「佐々木小次郎」はこの世界の大英雄としての一歩を歩み始めていた。

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