速度極振りエセ侍の異世界奇譚

シュペーマン

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疑惑と破綻

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昨夜の魔物の襲来から一夜明け、メイス村の人々は精力的に作業を行なっていた。それは壊れた家屋の修復であったり、宴の後処理であったり、倒したクリムゾントロールの解体と大忙しである。

しかしここに厄介な事案が転がっていた。

「おい、ササキ!起きろって!」

柱の様に太い腕のチューズの揺さぶりにも関わらず、寝息を立てているサムライがいた。

彼はこの村の救世主であるが、今の姿はなんとも締まらないだらしない姿であった。

常人には決して捉えられぬ剣の冴え、神速を体現したその一撃はクリムゾントロールの命を易々と刈り取った。

しかし今村人達の目の前にいるのはどうしようもない呑んだくれの姿であった。

酒瓶を後生大事に抱え、冗談みたいに長い刀を掴んだまま大の字に眠っている。そこはベットの上でも、床ですらない。舗装もされていない村の広場である。往来の中心であるこの場所で寝られるのは村人にとっては邪魔でしかない。

「ササキさーん!起きて下さ~い!!」

イノの声掛けにも反応せず時折「むにゃ…」と声を出す程度、村人が皆困ったという表情をしていた。

「とりあえず得物持ったままじゃあぶねーよな」

トビーが佐々木の手から長刀《鴉羽》を外し取る。

「しかしなんだこの剣は?魔剣なのか?」

掲げた刀は妖しく黒い刀身から鈍い光を発している。見たこともない形状の剣といい、普通の剣とは違うだろう。

この世界で魔剣と言えば魔法を付与された剣を指す。一介の冒険者程度では到底手に入らないが、それでも多くのものがそれを理解している。

「俺はこんな禍々しい魔剣見たことねーな」

チューズも興味を持ったのか鴉羽を見つめそう言う。王都で冒険者をしていた男の意見に、皆の視線が鴉羽に向かう。

この剣からあの尋常ではない一撃が繰り出された。いけ好かない軟派男であるが剣の鍛錬は決して不真面目でなかったということはトビーにも分かっていた。

「ちょっと振って…いだっ!?」

トビーが《鴉羽》を振ろうとした瞬間、バチッという音とともに刀は手から離れ、佐々木の元に滑り込んだ。ビリビリとする己の手と転がった刀を交互に見ながら驚愕の表情を浮かべる。

「すげーな、担い手を選ぶのか。バカ息子、人様の商売道具勝手に使ってんじゃねえ!」

「ぶべらっ!?」

腰の入ったチューズの一撃はトビーの顔面を捉え、青年は2日連続で宙を舞う。

《鴉羽》は別にトビーを嫌ったわけではない。これはただ単なる装備レベルにトビーが達していない為の『仕様』である。しかしそんなことを知らない者にとっては驚きの現象でしかない。

「意思を持つ武具とは…王家に伝わる《天地創造の槍》と同じではないか!?」

イノの祖母メザルは《鴉羽》を見つめる。メザルはこの村の生き字引であり、若い頃はチューズと同じく王都に住んでいた。そんなメザルの言葉に村人の中で驚きの声が伝染する。

「あっちは話すらしいがな、それでも価値のある剣である事に違いはないだろうな」

チューズは鴉羽を拾い上げ、井戸の水で軽く湿らせた布で土汚れを取り更に乾拭きする。佐々木から鞘を引き剥がすと、刀を納めた。

「キチンと整備してやれねーで済まんな。こんなもんだが魔剣なら問題ねーだろ」

チューズは佐々木ではなく剣にそう語りかけると優しく角に立て掛けた。

「ササキさんをなんとか起こしたいけど、村の恩人に乱暴なことは出来ないですね」

イノは絶え間なく佐々木を揺さぶり続けているが、未だ目覚める気配はない。

「どきな嬢ちゃん、取り敢えず適当な場所に運んじまおう」

男衆の何人かが佐々木を担ぎ上げようと衣装を掴んだ。

「おい….これ…」

佐々木のはだけた胸元に皆視線が集まる。それは美男子の鍛え上げられた胸板に見惚れたのではなかった。

「これって刻印か?」

「おいおい…なんだこりゃ、どんだけ『悪事』を働いたらこんな風になるんだ…」

村人達のゾッとした表情で見つめる先にあったのは佐々木の体に刻まれたタトゥーである。

もちろん佐々木本人はタトゥーが出来る様な性格をしていない。注射器にビビる男には無縁の代物と言っていいだろう。

これはアバターに設定された外見データである。佐々木のセンスによって設定されたものだが、『追放者の烙印』という名の外見データの通りかなり邪悪なデザインがされていた。

ゲーム内であれば少し設定過多なキャラクターとして見られるが、現実の世界ではそれも違ってくる。

「ササキさんは『犯罪奴隷』だったんですか」

「だが奴隷の枷がないな…逃亡奴隷でもあるのか…」

この世界において体に印を刻む行為は基本奴隷となった者に限られる。神の力を授かった『聖刻印』というものもあるが、目の前の邪悪な彫り物は決して神聖なものには見えなかった。

村人の雰囲気が一瞬にして冷え込む。目の前で呑気に寝ている男は、村を救って入れた英雄であると同時に大悪党であった。そんな矛盾した事実に村人達は怯え出す。

「おい…早く出て行ってもらった方がいいんじゃないか?」

誰かがそう言った。その声も震えながら精一杯出されたものであったが、村人達の言い様のない不安が言葉として形作られた結果、それに賛同するもの達が現れる。

「なんか…怖えぇ」

「村を救ってくれたけど…なぁ?」

「逃亡奴隷を匿ったら俺たちも危ないぞ」

救ってくれた恩はあれど、やはり犯罪者という危険性の前には皆難色を示す。

「皆…、ササキさん…」

最も大きな恩義のあるイノもまた処理し切れぬ感情にオロオロとするしかない。

佐々木は村を救ってくれた恩人。しかし匿えば村人達全員が処罰される事になる。

「…ちげーな」

そんな暗鬱とした雰囲気の中でチューズの声が響いた。

そこには厳しい表情のチューズが立っていた。

「奴隷印っつーのは基本焼き印だ。ササキのそれはややこしいが違うもんだ」

チューズは佐々木のタトゥーを指差しながらそう言うと皆安心した様に胸を撫で下ろした。

しかし中にはまだ疑いを持つ者もいる。

「だがよ、佐々木は極東の国から来たんだろ?なら奴隷印だって勝手が違うかもしれないぞ?」

「ササキの刻印をよく見てみろ。こんな複雑な印をワザワザ彫り込むか?それによ、その国ならそもそも奴隷かすら分からねーじゃねーか」

佐々木の身体に刻まれた紋章はこの世界においてはかなり高度な職人技といえた。

「確かになんか『術式』みたいだよなぁ」

そんな誰かの呟きにピクリと反応する者がいた。

「…ワシもそう思うの、奴隷は王都にいた時至る所で見てきた。これは…奴隷にくれてやるには上等すぎるわ」

メザルは何故か苦虫を噛み潰したような表情でそうボヤくと、くるりと背を向けて歩き出した。

「お婆ちゃん?どこ行くの?」

「なに、老骨には昨日からの騒ぎが響いただけじゃ、少しばかり休んでくるよ」


振り返る事なくイノにそう告げると、少しは早歩きで去っていった。

「私も付いて行こうかな…」

「…嬢ちゃんはササキの介抱手伝ってくれ」

「あっ!はい!」

少しの違和感にイノも歩き出すが、チューズの頼みに反射的に返事をしてしまう。更には立て掛けてあった鴉羽を渡される。

そうしてイノは男達に担ぎ上げられた佐々木の後ろをちょこちょことついて行くのだった。


「…………」

チューズは少し先、メザルの歩いて行った方向を見つめるとため息を一つつく。

「バアさん、気持ちは分からねぇでもないが、ちったぁ隠せよな」

チューズがイノを止めなければ彼女は見てしまう事になっただろう。

それはいつもの孫バカのお婆ちゃんではない。誰も見たことがない、鬼の形相のメザルを。

頭をポリポリとかきながらメザルの後を追うのだった。

「しかしまだ生き残りがいたなんてな…」

熊男には似合わない憂いを含んだ笑いがそこにはあった。

壮絶な勘違いがこの国を揺るがしてゆくのは少し後のお話。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆

「なんなのよ…これ」

冒険者ダミラ・アリスノートは声にもならない悲鳴をあげる。

彼女の眼に映るのは数多の魔物血肉で彩られた現場であった。最早原形を留めているものを探す方が難しいかもしれない。

目の前の惨状に思わず吐き気さえ催してしまう。いつも凛々しい戦士としての立ち姿を見せる彼女だがここまで悲惨な状況もそうはなかった。

「リーダーってほんと運悪いよねぇ~」

少し高い少女の声が聞こえる。体よりも巨大な戦斧と獣の耳を持つ少女がダミラの後からやってくる。

「カーティー、あんたの陽気さが今は羨ましいわ…」

「リーダぁー、これでも私も引いてるんだよぉ?」

いつもは陽気なカーティーも流石に目の前の陰惨な現状に少しトーンが低い…らしい。

彼女達「閃光」は新進気鋭の冒険者であった。登録後すぐさま頭角を現し、経験を積んだ彼女達であったが、この様な凄惨な現場は体験した事のないものである。

「道を間違えた挙句、化け物の痕跡を見つけてしまうなんて流石『悪運』のダミラね」

更に後から出てきたのは修道服を着て杖を持った女性。恵まれた肢体は露出している箇所のない修道服であってもどこか扇情的な雰囲気を醸し出している。

そんな女性のからかう様なニヤリとした笑みは男であればすぐに堕ちてしまうだろう。

「うるさいわよヴィネル、『性女』のあんたに言われたくないわ!」

「なんだ、言い返す気力はあるのね、安心したわ。…あと『聖女』だから、勝手に変な二つ名付けないで!」

「ヴィネルぅ、残念だけど『性女』の方が知名度高いと思うよぉ」

「……ちょっとカーティーさん?その話詳しく」

「酒場のマスターが言ってたよぉ『あの黒い修道服に俺の白…ふゴォ」

しかしその言葉はダミラの手によって防がれる。

「今それはどうでもいいから、索敵を始めましょ」

この場に目の前の魔物の血のプールを作り出した者がいないとも限らない。

更に見た所相手の攻撃手段も分からない。魔物の死体はどれも損壊が激しく、引き千切られた様な、破裂した様な、よく分からないものが多い。

「ダミラさん?私、今とっても大事な確認をしてるの。…邪魔をしないでくださらない?」

「どうせ『エロ尼』とか『神と寝た女』とか『説法(意味深)』とか沢山あるんだからどうでもいいでしょ!」

「それこそ初耳よ!!」

鮮血の現場で言い争いが出来る彼女達は中々に豪胆なのかもしれない。そう大声が森に響いた後、この場には不釣り合いな声が3人の後ろから響く。

「……だれ?」

幼い、それでいて底冷えする様な殺気に満ちた声。一瞬にして3人は固まる。本能が猛烈な警鐘を鳴らす。

後ろにいるのはバケモノだと。

「うおぉぉ…アタシのケモミミが反応しないとは…かなりの強者の予感!」

カーティーに限っては耳と目を小刻みに震わせながら滝汗をかいている。

「…早く答える」

ダミラの背中にショットガンの銃口を押し付けるのはこの地獄に相応しい二つ名を持つ少女。

鮮血龍姫ロアであった。
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