廃嫡王子の秘密は辺境伯嫡男に暴かれる

森田りよ

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1章

冬休暇

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 冬休暇がはじまった。
 夏や春の休暇と比べればずっと短いながらも、年末年始を家族で迎えるために毎年ほとんどの生徒が帰省する。
 今年もそれは同じで、休暇中も学校に残るのはエロイーズやロジェの姉弟とそれに付き合うクロード、その他ごく少数の生徒だけだった。

 アクセルもできることなら残りたかった。しかし、そんな息子を見抜いていた母から早々に迎えの馬車を寄越されて帰省していた。

 ほとんど無理やり帰らされたにも関わらず、辺境伯の屋敷には人が少なかった。
 いまはアクセルと入れ違いに弟が遊学に行っている。暮らしているのは、国に提出するための税収報告の作成やら年始の式典の準備やらに忙しい母に、ドラジャン辺境伯領私設騎士団の団長として国境にある要塞とを忙しなく行き来する父、昔から離れに住んでいる男だけだった。
 男がいつから離れに住んでいるのかアクセルには定かでなく、また滅多に会うこともない。幼い頃から離れには近付かないようにと言われていた。男のことはただ、父母の古くからの友人らしい、ということしか彼は知らなかった。

 昔から父も母も忙しい人だった。いまも、帰ってきた日の晩餐をともにしたきり、満足に話す時間もない。
 父は一度だけ時間を作って剣術の練習を見てくれたが、彼はこの国で一、二を争う剣士と言われる人物だ。新米の騎士団員にも敵わない自分の相手をさせるのは忍びなく、早々に切り上げてしまった。

 往復で一週間以上を要し、滞在できるのはたったの数日。なんのために帰省させられたのかとモヤモヤしていたアクセルが母の執務室に呼び出されたのは、帰る前日の夜のことだった。

「発つのは明日の朝でしたね」
 ドラジャン女辺境伯は書類に視線を落としたまま、ノックをして入ってきたアクセルに尋ねた。
 アクセルは一人で夕食をとり湯浴みもすましてもう寝ようかという頃だと言うのに、母の仕事はまだ終わらないらしい。
「ええ」
 飴色に磨き上げられた重厚な執務机のうえ。片手でつまめるサンドイッチやカナッペが盛られた皿はほとんど手が付けられた様子がないまま、彼と入れ違いに出ていった執事により下げられた。
 母は読んでいた書類にサインを書き入れるとペンを置き、新たに給仕されたカップに口をつけて深く息を吐き出した。
 アクセルも母にならって、腰掛けたソファのまえ、ローテーブルにおかれた紅茶を一口含む。
「学校には慣れた?」
「親しい友人もでき楽しくやってますよ」
「そう。真面目にやってるのでしょうね。ウルバーノ王国でのあなたの様子を母がなにも知らないと思ったら大間違いよ」
 アクセルは動揺を悟られないよう、そっとカップをソーサーに戻す。遊び歩いていることがバレないようそれなりの成績は取っていたはずだが、やはり母はそれほど甘くなかったようだ。
「さあ。今も昔もなにかを教師に咎められたことはありませんね」
 嘘は吐いていない、とアクセルはうそぶく。昔から要領がよく成績のよい彼に、教員もケチはつけられなかった。

 鋭い瞳で睨みつけてもまったく堪えた様子がない息子に、ドラジャン伯は脱力して話題を変えた。
「……まあいいでしょう。帰省してから書庫にこもって魔術書をあさっていたようですし。どういう風の吹き回しかしら」
「来年度から専科もはじまりますから、予習をと思いまして」
「秋頃には魔術論理学の本をわざわざ送るようにと侍従に命じたとか」
「俺もそろそろ上級学年ですよ。将来を見据え、勉学にもより一層身が入るというものです」
「では、魔術論理学の公理くらい誦じられるのでしょうね」
 ここではじめてアクセルは焦りをあらわにした。ええと、と視線を泳がせる息子に呆れて、ドラジャン伯はまた話題を変える。
「……専科は防衛術を取るのかしら」
「その予定です」
「結界魔法や認識阻害魔法が急激に上達したなんてことは?」
「……上達ですか。いまのところは」

 さきまでの勢いをなくし軽口を叩けなくなった息子に満足したのか、ドラジャン伯は解放してやることに決めたらしい。
「なにかあればすぐに手紙で報せること。――明日は早いのでしょう、もう下がっていいわ」
 アクセルは頭を下げて退室すると、大きく息を吐き出した。そして、ぽつぽつと灯る燭台を頼りに薄暗い廊下を自室へと歩んだ。
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