『京之介は苦労が絶えない』

luculia

文字の大きさ
2 / 4

京之介、怒りを抑える。

しおりを挟む
「父上、ちょっと待ってください!私はまだ、数え年(新年が来て一つ年を取る事)十七なのですよ!見合いなど…」

  動揺しながら私は声を荒立てたが、重大な事を思い出す。

  いくら支倉家が地位の低い御家人であっても、腐っても武士なのである。子供の祝言の相手は、両家の親同士が決めるのが世の中の習わしであり常識であった。
  町人のように自由恋愛など出来るはずもなく、当人同士の気持ちは一切関係ないのだ。

  このような重要な事を忘れるとは、私は何という粗忽物なのだろう。
このような事態に陥る事は前からわかっていたのだから、学問や剣術ばかりにうつつを抜かさず…母上のように素晴らしい娘を探せば良かった。

  …まだ、初恋さえしてないのに。

  どんなに悔やんでも後の祭りと知りつつも、後悔の字が頭に浮かんで離れない私の姿をどう解釈したのか父上は、満足そうにうなずきながら、

「そうだったな、そうだったな、お前はまだ『恋のいろは』も何も知らない子供。このように突然だと、心の準備もままならないだろう…誰でも相手の娘がどんな娘で、自分を気に入って貰える心配するものだ。しかしな、お前はそのような事を心配しなくてもいい。 先方は、この見合いにえらく乗り気で…お前の気にしている歳の事も心配しなくてもいい。相手もまだ若く、十五。若い、若い」

「…」

  私は、歳の問題など心配してない!
  何でこうも、父上に振り回さられなければならないんだと、大いに自分の人生を嘆いているのだ!

  色々な思いを心奥に抑え込む私の姿を見ながら父上は、ご機嫌な様子で部屋の隅で控えていた若党の菊市に紋付袴を出すように命じる。
  菊市とは、支倉家に仕えている忠義心の厚い若者で、女手の無いこの家の仕事を一人で切り盛りしてくれている中間(ちゅうげん)だ。

  もう一人、長年仕えていた「余佐」という中間もいたのだが、他人の意見をまるで聞かない父上の性格に嫌気をさし、「お暇を頂きます」と言い残して、この家から出ていってしまったのだ。

  現状、菊市と私と二人、互いを励まし合いながら父上の暴君に耐えているのである。

「京之介」
「…何です?」

  父上に名前を呼ばれても、私はそっぽを向いて答える。

「お前、年を取るごとに、奈津江そっくりになって行くな…」

  その言葉に、私の機嫌がさらに輪をかけて悪くなった。奈津江とは…母上の名前である。
  
  私は、額の青筋をピクリと動かしながら、

「…そんな事、少しも嬉しくありません」
「な、なんて罰当たりな!」

  父上は、天地が引つくり返ったような驚きの顔で私を見た。

「奈津江に似ていて、何処が不満なのだ。言ってみろ!奈津江は、それはそれは綺麗な女だったんだぞ!」
「…」

  私は、わざと顔を隠すため伸ばした前髪越しに父上を睨み付ける。

不満も不満、大不満である。
母上似の女顔のせいで私は、さんざん迷惑をしているのだ。
  
  ちっとも男らしく見えないから、一人で道を歩けば、すぐ男達に絡まれ、喧嘩を売られ…。
  
 人の心の傷も知らず、言いたい放題言うんじゃない…!

  そう心の中で憤慨している間に、菊市の助けを借りて紋付袴に着替え終えていた。最後に大小の刀を左腰に下げれば出来上がりだ。

  身支度した私の姿を確認すると父上は、
無理矢理、私の腕を掴んで玄関の外まで引きずるように歩かせる。

「今日は、当人同士の顔見せ程度だから、私はついて行かない。菊市、お前がついてやってくれ」

  突然名前を呼ばれた菊市は、私の脱いだ着物を手にしながら書院の間から顔を出した。慌てて前掛けを脱ぐと、軽く身支度をして私の側に来る。

  珍しく父上は、玄関先で私と菊市の肩に火打ち石で切火(きりび。人や物を清めるための火花)を掛けてくれた。

  嫌な予感が、胸を襲う。
  案の定、

「さあ、頑張って来い!」

と、含みのある微笑みをその場に残すと父上は、家の障子を勢いよくぴしゃりと閉めた。驚いた私は、反射的に手を伸ばすと障子を開けようとしたのだが…開かない。
  
  今まで抑圧されていた様々な思いが、心の中に広がって行くのを感じた。
拳が、無意識に震える。

私は長年積み重ねられた恨みに支配されながら、勝手場に通じる裏口に回ろうとした。

  これから先も父上の言うことを聞かなければならない屈辱を考えれば、親であったとしても、あの狐顔を思いっきり一発殴って…。

  勘当されてやる!

  しかし、

「…離せ、菊市。行かせてくれ!」
「駄目です。行かせません」
  
  私の行動をお見通しだった菊市は、素早く私の両肩を捕まえた。

「…京之介様。このような事で我をお忘れになられましたら、これこそ旦那様の思う壺でございます。これは試練だと思うのでございます…」

  冷静な眼差しを送る菊市の姿を見て私は、何とか怒りを収める。今まで何度も痛い目にあってわかっているはずなのだ。 

  馬鹿に付ける薬はない、と。

 「見合い」などと大袈裟な事を言っていたが…。
  いつものように好みの女や娘を見つけたが、狐顔の自分では全く興味にされないので、息子を紹介するとか何とか口実を作って相手を油断させる魂胆なのだろう。
  今までにも、私をダシにして妙齢の町娘を自宅に招こうとする前科があるのだ。しかしそれは、未遂に終わったようだが…。
  
  しかし、それだけでは話は終わらなかった。 

その町娘の親がお上に訴えると大騒動となり、息子の私にまで「共犯」と疑惑が掛けられたのだ。今回も、父上は自分の欲望の為に私をダシにしようとしているのだろ。
  
  ただ…。
 「お見合いをする」と、父上が真面目な顔で言ったのは初めての事であった。

  これも父上の企みの一つかも知れない。
  いや、しかし…。

  父上の言葉を信じる訳ではないのだが、日本橋に向う事を私は決めた。

  もしも、本当に「見合い相手」が待っているのなら…。

  顔を拝むぐらいならバチは当たらないだろうと思ったのである。

  我ながらこの気持ちの早変わりに呆れながらも、身を案じて側で見守ってくれている菊市に優しく微笑みかけた。

「菊市、心配をかけてすまなかった。…日本橋へ行こう」


しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)

三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。 佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。 幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。 ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。 又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。 海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。 一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。 事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。 果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。 シロの鼻が真実を追い詰める! 別サイトで発表した作品のR15版です。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

日露戦争の真実

蔵屋
歴史・時代
 私の先祖は日露戦争の奉天の戦いで若くして戦死しました。 日本政府の定めた徴兵制で戦地に行ったのでした。  日露戦争が始まったのは明治37年(1904)2月6日でした。  帝政ロシアは清国の領土だった中国東北部を事実上占領下に置き、さらに朝鮮半島、日本海に勢力を伸ばそうとしていました。  日本はこれに対抗し開戦に至ったのです。 ほぼ同時に、日本連合艦隊はロシア軍の拠点港である旅順に向かい、ロシア軍の旅順艦隊の殲滅を目指すことになりました。  ロシア軍はヨーロッパに配備していたバルチック艦隊を日本に派遣するべく準備を開始したのです。  深い入り江に守られた旅順沿岸に設置された強力な砲台のため日本の連合艦隊は、陸軍に陸上からの旅順艦隊攻撃を要請したのでした。  この物語の始まりです。 『神知りて 人の幸せ 祈るのみ 神の伝えし 愛善の道』 この短歌は私が今年元旦に詠んだ歌である。 作家 蔵屋日唱

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

小日本帝国

ypaaaaaaa
歴史・時代
日露戦争で判定勝ちを得た日本は韓国などを併合することなく独立させ経済的な植民地とした。これは直接的な併合を主張した大日本主義の対局であるから小日本主義と呼称された。 大日本帝国ならぬ小日本帝国はこうして経済を盤石としてさらなる高みを目指していく… 戦線拡大が甚だしいですが、何卒!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...