白眼従者の献身と、辺境伯の最愛について

kei

文字の大きさ
21 / 40
【1】

閑話

しおりを挟む
(クリストフside)

 雲ひとつない青空が広がり、庭先にある木々が地面に色濃く影を落としている。
 その上を荒々しく一つの影が通り過ぎてすぐ、パンと甲高かんだかい破裂音が響く。

「くそっ」
「まだまだでござりますな」

 目元に黒い布を巻いたアルードは構え踏み込んだ体勢のまま、目の前にいる小柄な老人・タロ老師に悪態をついている。アルードの手元にあったはずの木刀は、宙を舞い、はるか後方の芝生へと突き刺さっていた。

「今度こそぜってぇ一撃いちげきぶっこめられたと思ったのにっ」

 余程よほど悔しかったらしくアルードは乱暴な動きで地面に座り込んだ。

「おやおや、に向かって物騒ぶっそうなことをおっしゃいまする」
「はぁ? その気でやれって言ったのは老師だろうが」
「そのようであっても、殺気を漏らしてしまうようでは半人前ですぞ」
「ちっ」

 視界のない状態での訓練は、視力以外の感覚器官、聴覚、嗅覚、触覚などを最大限に使用して失った感覚を補う必要がある。それが戦闘となれば相当な精神力が必要なり、訓練といえど長い時間は肉体的疲労にもつながる。
 老師に悪態をつきながらも、全身から流れる気怠さが隠しきれておらず、肩が大きく上下に動いている。
 そのことは近くにいるタロ老師が一番分かっていることだろう。

「老師っ! もう一回だっ」

 息がみだしながら、再戦を宣言するアルードをタロ老師は笑った。

「ほっほっほ。アルードさまは本当にお若い。ですが、このタローは老人でございまする。小休憩をいただきたいく存じます」
「そうか、それもそうか」

 勢いをがれたアルードは少し動きを止めて思案したのち理解したらしく、神妙な顔をしてうなずく。

「じゃあ、すこし休んだら再開するからな!」

 アルードはその代わりと言わんばかりに、タロ老師に訓練再開の約束を取り付けた。遊びの約束でもするように無邪気な表情を浮かべているアルード。その姿がなんだか眩しく見えてしまうのは僕だけではないはずだ。
 タロ老師は手のかかる孫との会話を楽しむかのように、ほっほっと笑い声を上げてから返事をしていた。

あい、わかりました」
「絶対だからなっ」
「もちろんでございまする」

 タロ老師に念押しで確認をしたアルードは安心したのか、全身の力が抜くように芝生の上にだらりと寝転がった。本人にその自覚がなくとも、疲労が蓄積していることは明白めいはくである。
 そんなアルードの様子を見ていたタロ老師はふと顔を上げて、こちらに向かって小さく頭を下げた。
 僕の視線に気づいていたようだ。手を振り返して、返事とする。
 殺気などなくてもタロ老師は人の気配を感じとることができるのだから、何枚も上手うわて手練てだれである。
 このことをアルードが知れば、もっと悔しがっていたに違いない。そして「休憩などいらない」と豪語していたかもしれない。ただでさえ酷使している、その身体をけずり減らしても。

「そんなに無理しなくてもいいのに…」

 窓辺から庭の様子を見ていた僕は思わずそう呟いてしまった。
 アルード本人から「訓練に集中できないから」と近くにいることは拒否されてしまった上に、一緒に訓練をと提案しても「お前には領主の息子としての仕事があるだろう」と正論を返されてしまった。そのため、こうして時折、遠くから様子を見ることしかできない。
 独特の口調をしているタロ老師は海を越えた、遥か遠くにある東の小さな島国出身らしく、体術に特化したシノビだと言う。そのシノビは夜闇の活動にも長けていることから、視力を失ってしまったアルードには最適な指導者だった。今もこうして、アルードは訓練に夢中になっている。

「はぁ」

 ある日突然、我が家にやってきたアルード。
 その珍しい髪色から他国から誘拐されてきたのではないかという疑惑と、違法労働窟で虫の息ながら生き残った子供だったためだ。領内の孤児院では治療は難しく、また他国の子供であった場合の危険回避もあったが、僕は、一目見た瞬間、アルードに惹かれていた。見た目か、その命の灯火が消えそな儚さか……今でもその理由をうまく説明することができない。
 最初は遠慮していただけかもしれないが、その言葉遣いは貴族の子供と言ってもおかしくないほどであった。
 だけれど、元気になればなるほど、口の悪さがこぼれるようになった。その変化に、周囲は顔を顰めていたけれど、僕は愛しく思ってしまったんだ。

 アルードは子供の頃から大人ぶっていて、実際その言動で周囲の大人を困らせていた。かと思えば、今のように子供みたいに、物事に熱中し過ぎる時もある。

 しかしながら、その熱中ぶりは異様とも言える。
 楽しいからおこなっている、その部分もあるのはアルードの表情からもわかるけれど、それよりも僕には、生き急いでいるようにしか思えなかった。
 幼い頃から、大したお世話をしたつもりもないが、救った父ではなく、息子の僕と一緒にいることを自ら希望した。最初は両親とも怪しんではいただろうけど、いまや家族に等しい存在となっているし、周りに毛を逆立て、警戒している人間に、こんなにも慕われてイヤな気分になる人間はいないだろう。

 それにーー自分を返り見ることなく主人を守るなんて、どんなに忠義を果たした人間でも簡単にできることじゃない。運よく命が助かったとしても、その身に一生残る傷を負えば尚更、忠義はいつしか憎しみに変わってもおかしくない話だ。心のほころびは、簡単に闇にとらわれてしまう。

 だけど、アルードは変わらずに僕の名を呼び、その固くしまった唇をゆるやかに上げる。
 僕と一緒にいるためにと、どんなに厳しい訓練にもいどみ、努力を惜しまない。

 ねぇ、アルード。僕は心配だよ。
 決してたくましいとは言えない小柄な体で主人ぼくを守る姿はいつしか、本当に命を落としてしまうんじゃないかと。
 僕が血で死ぬのは運命だから仕方がないけれど、関係ないアルードを巻き込んでいるんじゃないか、手放してあげた方が本当はいいんじゃないかと。
 夜を照らす月のように輝いていた眼差しが今は曇ってしまったとなげく人がいるけれど、僕には真珠のように見えるよ。どんな宝石にだって負けてはいない。
 心配と言いながらも、身を焦がしてくれる君の行動が嬉しいと思う、こんな主人をどうかーー

「クリストフ様、お時間です」

 気づけば執事長のジャルディーがかたわらにたたずんでいた。
 彼はまた違った意味で、気配を消すことに長けている。

「ありがとう」

 頂上にあった太陽はすこし落ちて、心地よい風が流れている。頬を撫でる風にうながされるようにアルードの方へ視線を流せば、アルードは芝生の上で寝転がったままだった。目をこらせば胸がゆっくり上下に動いている。そのまま寝入ってしまったようだ。
 ジャルディーにアルードをもう少し寝かしてあげるよう、タロ老師への言付ことづけを頼み、その場を離れた。


 アルードが仕えるに相応ふさわしい主人として、僕は僕なりにむくいよう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

劣等アルファは最強王子から逃げられない

BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。 ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

悲恋の騎士と姫が転生したら男子高校生だったんだが、姫は俺を落とす気満々だ

つぐみもり
BL
《第一部 翠河の国の姫は押しが強い》 かつて俺は、滅びゆく王国で姫君に忠誠を誓い、命を落とした―― ……はずだったのに。 転生したら、なんで俺が男子高校生やってんだ!? しかも、クラスの陽キャトップ・周藤智哉(すどうともや)は、どう見ても前世の姫君その人。 顔も声も、距離感バグってる性格もそのまま。 今度は身分差も掟もないからって、攻略する気満々で迫ってくるのやめてくれ! 平穏な現代ライフを送りたい陰キャ男子(元騎士)と、全力で落としにかかる陽キャ男子(元姫)の、逆異世界転生BLギャグコメディ! 「見つけたぞ、私の騎士。今度こそ、お前を手に入れる」 「イイエナンノコトカワカリマセン」 忠義も身分も性別も全部飛び越えて、今日も逃げる俺と追いかける姫(男子高校生) 《第二部 熱砂の国からの闖入者》 郁朗と智哉は、前世の想いを飛び越え、ついに結ばれた。 そして迎える高校二年生、健全な男子高校生同士として、健全な交際を続けるはずだったが—— 「見つけたぞ姫! 今度こそお前を手に入れる!」 「もしかして、あいつは!?」 「……誰だっけ?」 熱砂の風と共に転校してきた、前世関係者。 千隼と翠瑶姫の過去の因縁が、また一つ紐解かれる。 ※残酷描写あり

届かない「ただいま」

AzureHaru
BL
いつも通りの変わらない日常のはずだった。 「行ってきます。」と言って出て行った貴方。1日が終わる頃に「ただいま。」と「おかえり。」を笑顔で交わすはずだった。でも、その言葉はもう貴方には届かない。 これは「優しさが奪った日常」の物語。

捨てられた生贄オメガ、魔王城で極上の『巣作り』始めます!~不眠症の魔王様、私のクッションで爆睡して溺愛モードに突入~

水凪しおん
BL
「役立たずのオメガ」として冷遇され、血も涙もない魔王への生贄として捨てられたリノ。 死を覚悟して連れてこられた魔王城は、寒くて硬くて、居住性最悪のブラック環境だった!? 「こんなところで寝られるか!」 極限状態で発動したオメガ特有の『巣作り本能』と、神業レベルの裁縫スキルが火を噴く! ゴミ同然の布切れをフカフカのクッションに、冷たい石床を極上のラグマットにリフォーム。 すると、不眠症で常にイライラしていた魔王ザルドリスが、リノの作った「巣」のあまりの快適さに陥落してしまい……? 「……貴様、私を堕落させる気か」 (※いいえ、ただ快適に寝たいだけです) 殺されるどころか、魔王様に気に入られ、気付けば城中がリノの虜に。 捨てられた生贄オメガが、裁縫一つで魔王城を「世界一のマイホーム」に変える、ほのぼの逆転溺愛ファンタジー!

最強βの俺が偽装Ωになったら、フェロモン無効なのに狂犬王子に求愛されました~前世武道家なので物理で分からせます~

水凪しおん
BL
前世は日本の武道家、今世は平民β(ベータ)のルッツ。 「Ωだって強い」ことを証明するため、性別を偽り「Ω」として騎士団へ入団した彼は、その卓越した身体能力と前世の武術で周囲を圧倒する。 しかし、その強さと堂々とした態度が仇となり、最強のα(アルファ)である第一王子・イグニスの目に止まってしまった! 「お前こそ俺の運命の番だ」 βだからフェロモンなんて効かないのに、なぜかイグニスの熱烈な求愛(物理)攻撃を受ける日々に突入!? 勘違いから始まる、武闘派β×最強王子のドタバタ王宮BLファンタジー!

囚われた元王は逃げ出せない

スノウ
BL
異世界からひょっこり召喚されてまさか国王!?でも人柄が良く周りに助けられながら10年もの間、国王に準じていた そうあの日までは 忠誠を誓ったはずの仲間に王位を剥奪され次々と手篭めに なんで俺にこんな事を 「国王でないならもう俺のものだ」 「僕をあなたの側にずっといさせて」 「君のいない人生は生きられない」 「私の国の王妃にならないか」 いやいや、みんな何いってんの?

彼はオタサーの姫

穂祥 舞
BL
東京の芸術大学の大学院声楽専攻科に合格した片山三喜雄は、初めて故郷の北海道から出て、東京に引っ越して来た。 高校生の頃からつき合いのある塚山天音を筆頭に、ちょっと癖のある音楽家の卵たちとの学生生活が始まる……。 魅力的な声を持つバリトン歌手と、彼の周りの音楽男子大学院生たちの、たまに距離感がおかしいあれこれを描いた連作短編(中編もあり)。音楽もてんこ盛りです。 ☆表紙はtwnkiさま https://coconala.com/users/4287942 にお願いしました! BLというよりは、ブロマンスに近いです(ラブシーン皆無です)。登場人物のほとんどが自覚としては異性愛者なので、女性との関係を匂わせる描写があります。 大学・大学院は実在します(舞台が2013年のため、一部過去の学部名を使っています)が、物語はフィクションであり、各学校と登場人物は何ら関係ございません。また、筆者は音楽系の大学・大学院卒ではありませんので、事実とかけ離れた表現もあると思います。 高校生の三喜雄の物語『あいみるのときはなかろう』もよろしければどうぞ。もちろん、お読みでなくても楽しんでいただけます。

処理中です...