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一章:可愛いキノコ、愛しい殺人鬼
凹凸の巡り合わせ 15
しおりを挟むそしてまた、汚いと叱られる。
要らないガキが汚くしてんじゃないよ、と頬を殴られた。
腕が伸びてくる。
死ね、死ね、死ね、と呪うような母の言葉と共に、腕は伸びてくる。
明紫亜を殴り首に巻き付く手は、母親だったり、母親とセックスをするだけの男のものだったり、その時によって違ったけれど、それは些細な違いで、誰の手であろうが、明紫亜を汚く罵る日常に変わりはない。
汚い自分は不要物で、それだから母は、自分を愛してはくれない。
綺麗にしなきゃ、と思うのに、その部屋には何もなくて、ただ汚い物を垂れ流すしかなかった。
その部屋に閉じ込められるのは、母が出掛ける時で、それ以外は家の中を自由に使ってはいたけれど、毎日のように男を連れ込んでところ構わずセックスをする母がいて、それを見ながら食事をするしかないことも度々あった。
おかあさん、ごめんなさい、あけて、と叫んでも、扉は開かないと学習すれば、叫ぶこともいつしかやめていた。
絶望は果てしなく明紫亜を包むのだ。
それでも、生きたいと強く強く思った。
そして、それと同じだけ絶望は明紫亜を離してはくれない。
ぐううう、ぐるるる、と五月蝿く鳴る腹の音を聞きながら、今度こそ死んでしまうかもしれないと、現実を思い知る。
餓死寸前の自分に助かる道があるだろうか。
このまま母が帰ってこなければ、きっと明日には死んでいるだろう。
そっ、と目蓋を閉ざした。
ひどくひどく、眠い。
目の前が霞んで、心地の良い眠気がやってきた。
「おかあ、さん」
そう呟いて、明紫亜は意識を手放していた。
* * * * * *
うっすらと浮上する意識の中、明紫亜は何かの気配を感じ、恐怖に襲われる。
無意識に其れを払い除けていた。
「司、破、さん? あ、ごめ、ん、なさい」
バシン、と弾かれた司破の手が宙に浮いている。
そこは司破の車の中で、運転席に座る司破が、息を荒くしている明紫亜を表情なく見ていた。
「起きたか。着いたから降りるぞ」
そう告げる司破の腕を、無意識に掴む。
司破さん、と呟いて無表情の顔を見詰めた。
いけないと解っていて、言葉は口を滑り落ちていく。
「殺して、下さい」
縋るように、司破の腕に爪を立てていた。
「ばーか、殺さねぇよ。笑えつっただろうが、この馬鹿キノコ」
腕が、伸びてくる。
愛しい彼の腕は、何故だろうか、嫌悪感を齎さない。
頬を掴まれて、むに、と横に肉を伸ばされた。
すぐに離れていく彼の温もりに、吐息が溢れる。
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