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一章:可愛いキノコ、愛しい殺人鬼
オリエンテーション 18
しおりを挟む倉本の本宅には、父親の希望で定期的に通ってはいた。
司破は不倫の末に出来た子供で、倉本の家に足を踏み入れるのは好きではなかった。
その日は携帯で倉本に呼び出され、渋々と赴いたのだ。
家の者に案内され、とある部屋の前で立ち止まる。
開け放たれた襖の向こうでは、彼女が全裸で鎖に繋がれていた。
体中を精液で汚し、目は虚ろだった。
「ねえ司破君。彼女、ボロボロになっちゃったよ? どうする? コレ、返して欲しい? お兄ちゃんにお願い出来たら、返してあげるけど。他の男に抱かれた女は、もう要らない?」
くすくす、と笑い心底楽しそうに双眸を眇める男に、司破は何の感情を抱くこともなかった。
溜息を吐いて首を横に振る。
「最初から要らなかった。好きにしたらいい」
どうでも良かった。
其処に愛があった訳ではない。
彼女が泣き喚いていても、特に何も感じはしなかった。
倉本は満足気に、あは、と笑う。
「やっぱり、そうだよねえ! 司破君が彼女作るとかさあ、有り得ないじゃない? だって司破君、愛なんて抱いたことないでしょ。人を愛せない男が彼女作ったって言うから、確かめてあげたの。良かったね、彼女さん。君、最初から愛されてなかったんだよ? 気付いてなかった? そんなの嘘だよね? 愛なんか感じたことなかったよね? それでも良かったんでしょ? 体だけでも繋がりたかったんでしょ? でもね、そういう考え、なんて言うか知ってる? 淫乱、淫売、売女。そんな女が人の可愛い弟に、手ぇ出しちゃダメだよ?」
口調は優しい響きで語るのに、この男が発する言葉には狂気を感じる。
首輪の巻かれた細い首に、倉本の指が食い込んでいくのを目に、程々にしろよ、と声を掛けて踵を返した。
倉本はその後も、違う方法で司破に嫌がらせをし、その度に倉本の本宅に入れと言ってきた。
司破に普通の生き方など出来はしない、と解ったような顔で告げ、倉本は笑う。
兄弟で暮らそうよ、ととぼけた笑顔で宣う彼を、司破は心底嫌っていた。
司破に守るものがなかった時は、それでも、何をされたところで、煩わしいだけだった。
あのサディストのことだ。
明紫亜の体質で彼を弄び、体質の原因となったであろう出来事を調べ上げ、ネチネチと詰るに違いない。
それはとても、明紫亜には酷なことだろう。
夢にうなされた明紫亜の、助けを求める顔が脳裏に浮かんだ。
彼の過去になど興味はない。
過去がどうであれ、明紫亜が明紫亜であることに変わりはないのだ。
けれども、その過去が彼を縛っていると言うのなら、司破も知る必要があるのだろう。
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