SとKのEscape

Neu(ノイ)

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一章:SとK

仲直り 02

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 綴じられていたクロの目がうっすらと開く。

「あああぁぁっ、さっ、サンくっん、か……母さんが、うごっ、動かないんだ! サン君、救急車、を」

苦しい息の中で、クロはうわ言のように叫び、体を横向きにする。
ボクに手を伸ばすが、焦点はあっていない。

「クロ君、落ち着いて。もう大丈夫だ。ちゃんと呼んだから。もうすぐ来るよ」

伸ばされた手を握ると、クロは安心したように息を吐き出した。
少し呼吸も落ち着いてきたようだ。

「ほんとうに? 助かる?」

目を閉ざしてクロに問われる。
何度聞いたことだろう。
何度同じ答えを口にしただろうか。

「ああ、助かるよ」

口にする度に胸が痛んだ。
助からなかった現実を知っているからだ。
あの時、13歳のボクは、何も出来なかった。
助けることが出来なかったのだ。
どの口が助かるなどと言えるのか。
ボクは唇を噛み締めた。
拳を握る。


 そんなボクの心境などお構いなしで、クロは安心したのか、そのまま動かなくなった。
眠りに落ちたようだ。

「いつまで居るんだい? ボクはクロ君を自室に運ばなくてはならないから、用があるなら其処に座っていたら良い」

クロの体を仰向けにし、背中に両腕を入れて抱き上げる。
俗にいうお姫様抱っこだ。


 床に力無く座り込んでいる継生を一瞥し、溜め息を吐いた。
話を聞くまでは帰らないような気がしたのだ。
面倒だが仕方なく声を掛け、クロの部屋まで歩く。
行儀は悪いが足で引き戸を開け、中に入った。




 クロの部屋は、ボクの部屋と造りは一緒だ。
窓際のベッドにゆっくりとクロを横たえた。
布団を掛け遣れば、んっと声を漏らす。
ボクは頬を撫でた。


 いつもこうやって、倒れたクロの顔を見る。
彼は、クロの母親に似ていたし、その反面、憎々しいあの男にも似ていた。
愛しさも過れば、憎しみも過る。

「ごめん、クロ君。ボクが、もっと早くに」

大人に告げていれば良かったのだと、いつになっても消えない罪悪感は口に出来なかった。
気付いていたのに、ボクは何も出来なかったのだ。


 そう、ボクは、クロが虐待を受けていることに、気付いていた。
母親とDVに耐えていることも。
クロが性的な暴行を受けていることも。
ボクはあの悲劇が起こる何年も前から知っていたのだ。




 あれは何時だったか。
クロと出会ってから2年程が経っていた。
小学三年の頃だろう。
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