後輩の屈折した恋心と鈍感な先輩

Neu(ノイ)

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一章:出逢いの春

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 誰かの、あっ、と叫ぶ声と、がっ、と何かがぶつかる音がしたのは、ほぼ同時のことだった。
大木の周りに杭を打ち付けていた神流が音の発生源を窺えば、其処には絶望的な光景が広がっている。
茫然と立ち尽くすも、神流はハッと我に返り花壇に駆け寄った。
一人の女子生徒と一人の男子生徒が、ボールに押し潰されたチューリップを眺めていた。
女子生徒は1年生だろう、ジャージの色が赤色だ。
男子生徒は騒いでいた3年生の先輩だった。

「なんでこんな……」

3年生の腕にはサッカーボールが抱えられている。
恐らく、それを投げ付けたのだろう。
花壇にしゃがみ込み無惨にも潰されたチューリップに手を伸ばす。

「あー、こりゃ……。宮原、スコップ持ってきて。羽李、何してんだ、お前。去年、コイツが育てた花だぞ」
「仕方ねえだろ、フミ。事情があったんだ」

背後から様子を伺いに来た委員長に肩を叩かれて立ち上がる。
羽李(ウリ)と呼ばれた先輩と委員長は顔見知りのようだった。
彼は、バツが悪そうに頭を掻いてはいるものの、謝る気はなさそうだ。
神流の中で、夏木 羽李(ナツキ ウリ)たる人物が敵とインプットされた瞬間である。




 怒りで震える体をどうにか抑えて校舎の裏にある用具室ーー謂わば倉庫ーーから、スコップを持ち出して植え込みまで戻る。
委員長の宅福 史壱(ヤカネ フミイチ)に頭をど突かれて唇を尖らせている羽李と目が合った。
ふっ、と視線を逸らす。
彼を視界に入れるのが不愉快で堪らなかった。

「委員長、持って来ました」
「ああ、宮原。残念だけど、コイツはもう駄目だな。完璧潰れてる。他は大丈夫そうなんだけど、さ」

スコップを受け取りながら、委員長は言いにくそうに花壇へと視線を落とした。
一つだけぐしゃりと潰れてどうにも出来そうにないチューリップがあった。
はい、と頷くも、その後は言葉が続かなかった。


 本来、神流は植物に興味はなかったのだが、去年何となく引き受けた委員会で、一年間植物を育てたり世話をすることで、彼の心に何か優しい想いが芽生えたのだ。
親に決められたレールの上をただ歩いて来ただけの神流は、初めて自分の意志で事を為した。
他人からすれば些細なことではある。
それでも、神流にとっては意味のある、とても大事なことだった。


 ぐしゃり、と胸の奥で何かが壊れる音がする。
たかがチューリップ一輪、されど一輪。
謝りもしない先輩を、神流は拒絶することを選んだ。
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