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一章:傲慢王子は呪われ奴隷を飼う
奴隷と水浴び 05
しおりを挟む速打ちする心臓を服の上から押さえ、薄っすらと涙の浮かぶ眼で少しだけ高い位置にある青年の顔を睨み付ける。
「名前は、何と言う?」
「高貴なお方に、名乗る名など、ない。言ったでしょ? 奴隷だって。僕はただの奴隷だ。王子様が気に掛けるような人間ではない」
嘲笑を貼り付けた顔で青年の手から逃れようと更に体を小さくするも、髪を撫でていた手が下にと降りてきて、長い指が頬を撫でた。
メシアは他人に触れられている事実に「ひっ」と喉を鳴らし双眸を限界まで開く。
恐怖から止まらない震えで歯がカチカチと音を立てていた。
「俺が王子だと、何故そう思った?」
頬から更に下がった指に顎を掬われ上向かせられる。
冷たい青年の目と視線を合わせられ、メシアは耐え切れずに涙を溜めた両目を瞬かせた。
ぼろり、と一粒溢れた涙は、一度溢(あふ)れてしまえば止める術もなく次から次にと落ちていく。
静かに問われ、メシアは深呼吸を繰り返し、涙を流したまま小さく口を動かす。
「貴方のように豪奢な身形をしたお客人は、幾らスノーレェィン家のお客様でも珍しい。王族に匹敵する身分の方だと判断した。それにその紋章、王族の中でも王様と王子様のみが身に着けることを許されているものでしょ? 王様にしては若いから王子様だと思った。それだけ。間違っていたなら謝る。だから本当にお願い。もう、触んないで」
メシアの視線が青年の胸元に施されている刺繍に向いた。
一見、王国の紋章と変わらないが、細かい部分で違っている。
それはカピルタ王国を治める王と王子にのみ許されたる紋章であった。
青年は目を見張り、震えて涙をしっとりと流す少年を凝視する。
「……この紋章を知っていたか。奴隷の身分で知れる教養ではないぞ? 本当に奴隷なのか?」
疑いの目を向ける青年に、メシアは自嘲した。
未だに顎を掴まれたままで、せめてもの抵抗とメシアは目蓋を閉ざす。
「一年前からアンクとして生きている。アンクになる前にスズコ様から教えて貰ったんだ。領主様の奥様だよ。彼女ならば知っていて当然だろ?」
少し強い口調で言い切ると、顎から青年の手が離れていくのが解った。
ゆっくりと目を開ける。
青年は既に立ち上がっていた。
もう誰にも触られていないことに安堵し、メシアも緩慢な動きで立ち上がる。
「信じて貰えたようで良かった」
軽く湿った髪は、もふり、とキノコの形に戻りつつあった。
メシアは青年が触れた箇所に手を伸ばし、まるで温もりを消すかの如く撫でていく。
髪から自身の顔に手を移動させ、頬と顎と順に撫でた。
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